陸上競技でも野球でも「フォーム」や「メカニクス」という言葉が、選手の練習や、コーチの指導の中で当たり前に使われています。
どちらも、大きな意味では同じですが「フォームは全く違うけどメカニスクはよく似ている」なんてことがよくあります。
二つの言葉を使い分けるとしたら「フォーム」は見た目の動き、「メカニクス」は体重移動など目に見えない動きです。
宗教的に言うと「フォーム」はかりそめの肉体、「メカニクス」は魂です。
少年時代から野球や陸上競技・長距離に熱中してきた私も「フォーム」や「メカニクス」に神経を使っていました。
極言してしまうと、スポーツの指導とは「フォーム」や「メカニクス」の指導であると言い切っても差し支えないでしょう。
理想の「フォーム」、正しい「メカニクス」は普遍的であるように思えますが、短い時代で変節してきました。
「フォーム」や「メカニクス」が最も変節したのはランニングですが、第1回は野球のピッチャー。
私が「将来プロ野球選手になる」と勘違いしていた中学時代から、憧れていた高校から声がかからずヤサぐれていた高校時代、日本最高の投手は江川卓でした。
大谷翔平や佐々木朗希と、江川はどちらが速かったのか?
スピードボールPFPです。
読売時代の江川の投球はスピードガンで計測されていましたが、現在とは精度が違うだの、当時は初速計測だっただの、色々言われて公正な比較はできません。
しかし、大谷や佐々木の方が「スピードは速い」という仮説に異論を挟む人はオールドファンでも極めて少数派でしょう。
それでも、江川のストレートと、大谷や佐々木のストレート、どちらが打者にとって打ちにくいか、あるいはどちらのボールが打者の胸元でホップするか、となると「絶対に江川だ」と譲らないオールドファンが現れます。
最新AIの解析で現役時代の江川のストレートの回転数は2750回/分で、大谷の2528回や佐々木の2520回を明白に上回ると「羽鳥慎一モーニングショー」(昨年11月)などで取り上げられましたが、江川の回転数はあくまでAIによる推測の域をでません。
江川ら80年代までの投手と、現代の投手では、目に見えない「正しいメカニクス」はさておき、「理想のフォーム」でも大きな違いがありました。
本人は手元で伸びるボールの秘密について「指では弾かずに石を川の向こう岸投げるように」と、指の使い方だと語っていますが、当時の野球中継でよく指摘されていた江川をはじめ投手の好不調を見極める材料の一つに「右膝の汚れ(左投手なら左膝)」がありました。
江川も右膝をマウンドの土に右膝を付けるまで体を沈み込ませ、その下半身からの反動を使ってボールを投げ込んでいました。
今の投手は、80年代の頃は〝下半身を使わない悪い投げ方〟と注意されることもあった、外国人流の「立ち投げ」が主流で、右膝を汚す投手はほとんどいません。
右膝を汚すまでに体を沈める投法がボールの回転数に影響していたのかどうかはわかりません。
私は少ない投手経験しかありませんが、レベルの低い中では「回転が垂直のいわゆる綺麗な真っ直ぐを投げる」と言われていました。江川らの膝を沈み込ませるメカニクスを意識していました。
一方で、立ち投げのメリットは上半身のパワーを効率よくボールに伝えることができるだけでなく、大きな踏み出し、広いスタンスで投げられる、つまりは打者に近いところでボールをリリース出来ることもあります。
これは、「右膝汚し投法」の曖昧な利点とは違い、誰の目にも明らかな利点です。
さらに、MLBの固いマウンドにならって日本でも固いマウンドが増えてゆくと、膝を叩きつけるように沈めるフォームは怪我に繋がりかねない危険な投げ方になってしまいます。
「右膝汚し投法」は、柔らかい土のマウンドという大前提がまずありきのフォームで、もはやとっくの昔に絶滅した化石投法です。
それでも、あの当時の投手のフォームは格好良かったんです。
体を折ってボールを持った右手を背中から左腰まで回してキャッチャーのサインを覗き込む江夏豊や江川のセットポジション前の動作も色気があって格好良かった。
それなのに、いざ自分が若い子を指導する立場になると、最新の理論を勉強して、江川の右膝話など一切口にしないようになってしまいます。
そんな泣く泣く封印せざるを得ない、懐古主義にまみれた古武術的な思い出を発散してゆく、新シリーズです。
若い子との関わりさえなければ「江川最強」「薄底シューズ最速」と喚き散らして譲らないのですが…。
どんどん続いていきまっせ。
どちらも、大きな意味では同じですが「フォームは全く違うけどメカニスクはよく似ている」なんてことがよくあります。
二つの言葉を使い分けるとしたら「フォーム」は見た目の動き、「メカニクス」は体重移動など目に見えない動きです。
宗教的に言うと「フォーム」はかりそめの肉体、「メカニクス」は魂です。
少年時代から野球や陸上競技・長距離に熱中してきた私も「フォーム」や「メカニクス」に神経を使っていました。
極言してしまうと、スポーツの指導とは「フォーム」や「メカニクス」の指導であると言い切っても差し支えないでしょう。
理想の「フォーム」、正しい「メカニクス」は普遍的であるように思えますが、短い時代で変節してきました。
「フォーム」や「メカニクス」が最も変節したのはランニングですが、第1回は野球のピッチャー。
私が「将来プロ野球選手になる」と勘違いしていた中学時代から、憧れていた高校から声がかからずヤサぐれていた高校時代、日本最高の投手は江川卓でした。
大谷翔平や佐々木朗希と、江川はどちらが速かったのか?
スピードボールPFPです。
読売時代の江川の投球はスピードガンで計測されていましたが、現在とは精度が違うだの、当時は初速計測だっただの、色々言われて公正な比較はできません。
しかし、大谷や佐々木の方が「スピードは速い」という仮説に異論を挟む人はオールドファンでも極めて少数派でしょう。
それでも、江川のストレートと、大谷や佐々木のストレート、どちらが打者にとって打ちにくいか、あるいはどちらのボールが打者の胸元でホップするか、となると「絶対に江川だ」と譲らないオールドファンが現れます。
最新AIの解析で現役時代の江川のストレートの回転数は2750回/分で、大谷の2528回や佐々木の2520回を明白に上回ると「羽鳥慎一モーニングショー」(昨年11月)などで取り上げられましたが、江川の回転数はあくまでAIによる推測の域をでません。
江川ら80年代までの投手と、現代の投手では、目に見えない「正しいメカニクス」はさておき、「理想のフォーム」でも大きな違いがありました。
本人は手元で伸びるボールの秘密について「指では弾かずに石を川の向こう岸投げるように」と、指の使い方だと語っていますが、当時の野球中継でよく指摘されていた江川をはじめ投手の好不調を見極める材料の一つに「右膝の汚れ(左投手なら左膝)」がありました。
江川も右膝をマウンドの土に右膝を付けるまで体を沈み込ませ、その下半身からの反動を使ってボールを投げ込んでいました。
今の投手は、80年代の頃は〝下半身を使わない悪い投げ方〟と注意されることもあった、外国人流の「立ち投げ」が主流で、右膝を汚す投手はほとんどいません。
右膝を汚すまでに体を沈める投法がボールの回転数に影響していたのかどうかはわかりません。
私は少ない投手経験しかありませんが、レベルの低い中では「回転が垂直のいわゆる綺麗な真っ直ぐを投げる」と言われていました。江川らの膝を沈み込ませるメカニクスを意識していました。
一方で、立ち投げのメリットは上半身のパワーを効率よくボールに伝えることができるだけでなく、大きな踏み出し、広いスタンスで投げられる、つまりは打者に近いところでボールをリリース出来ることもあります。
これは、「右膝汚し投法」の曖昧な利点とは違い、誰の目にも明らかな利点です。
さらに、MLBの固いマウンドにならって日本でも固いマウンドが増えてゆくと、膝を叩きつけるように沈めるフォームは怪我に繋がりかねない危険な投げ方になってしまいます。
「右膝汚し投法」は、柔らかい土のマウンドという大前提がまずありきのフォームで、もはやとっくの昔に絶滅した化石投法です。
それでも、あの当時の投手のフォームは格好良かったんです。
体を折ってボールを持った右手を背中から左腰まで回してキャッチャーのサインを覗き込む江夏豊や江川のセットポジション前の動作も色気があって格好良かった。
それなのに、いざ自分が若い子を指導する立場になると、最新の理論を勉強して、江川の右膝話など一切口にしないようになってしまいます。
そんな泣く泣く封印せざるを得ない、懐古主義にまみれた古武術的な思い出を発散してゆく、新シリーズです。
若い子との関わりさえなければ「江川最強」「薄底シューズ最速」と喚き散らして譲らないのですが…。
どんどん続いていきまっせ。

コメント
コメント一覧 (2)
この様に戻したとしたら、昨今目に余るほどにインコースに覆い被さる様な位置でバッターボックスに入る強豪高の打者たちは、速球およびインコースへのボールを恐れて、立ち位置が外側に変わり、昔の高校生とそれほど変わらないレベルの打撃しか出来なくなる可能性もあるのかなと考えることがあります。
技術面の進化、育成法の進化は声高に唱える一方で、用具面や環境面での恩恵によって、昔よりも楽に、悪く言えば下駄を履かせてもらった事は考慮しない論調は非常に多いとも感じます。考えるだけの知能がないのかもしれませんがね。
フシ穴の眼
が
しました
現代は140km/hを投げる高校生も増え、それを見極めて打つのも増えた。
周りが見えないオールドファンにとって江川は、譲れない伝説になっている。
フシ穴の眼
が
しました