「ストロングスタイルなんてアメリカで聞いたこともないけどなあ、ふふふ」。

ジャイアント馬場が笑うまでもなく、それがアントニオ猪木とその側近が作り上げた造語であることは小学生でもわかっていました。

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プロレスとは、トドのつまりは「世間との戦い」です。

「プロレスは八百長だから卑しい」という、世間の目との戦いです。

しかし、それはどんなに頑張っても勝ち目のない戦いです。

なぜなら、プロレスは〝八百長〟だから。

真剣勝負と誰もが信じて、NHKも生中継していた力道山の時代にはもう戻れません。

八百長だとバレたから、NHKも大新聞も全く扱わなくなったのですから。

世間との戦いに勝つには「八百長ではない」と証明する必要がありましたが、そもそもが〝八百長〟なのにそれをボクシングと同じ〝真剣勝負〟だと騙るのは見るに耐えない嘘です。

前田日明がやったリングスはまさに、見るに耐えない姑息な嘘でした。WOWOWが見切りをつけたのも当然です。

猪木が見せたモハメド・アリ戦は真剣勝負だったとはいえ、壮大な嘘でした。

アリ戦を通行手形に進撃した異種格闘技路線は「八百長ではない」ことを証明するだけでは飽き足らず、真剣勝負に住むビッグネームをプロレスのリングに引っ張り上げて「プロレス最強」を唱えるという、嘘にもほどがある嘘でした。

嘘にもほどがある嘘。

わかりやすく言い換えると、それこそがプロレスの本質です。

リングスは八百長で、姑息な嘘で塗り固められたプロレスでした。

馬場が「ストロングスタイル」を「ふふふ」と笑い、異種格闘技戦についても「結局はプロレスじゃないか」と語ったとき、彼らの間に固い氷のような確執を見る思いがしたのは私だけではないでしょう。

しかし、馬場の言葉は「寛至、プロレスやってるな」という強烈なシンパシーでした。

本当に確執や憎悪があれば、新日本プロレス立ち上げで金銭面に困窮した猪木に、馬場がカネを貸しますか?

猪木も心底憎悪する相手にカネを借りに行きますか?

もちろん、彼らの間に何のシコリも無かったとは思いません。

当たり前です。それが〝兄弟〟というものです。

お花畑でいちゃいちゃするカップルが、些細なことでスピード離婚するような浅はかな関係ではありません。

「プロレスは八百長」という、勝ち目がないはずのあまりにも巨大な問題に立ち向かった二人。

それも「いや実は八百長でして、でもまあ八百長ではなくショーと考えていただければ幸いです」なんて告白するのは禁じ手。

私が、今のプロレスにもう一つ惹き込まれない理由は、「もう嘘は通用しない。正直にプロレスと向き合おう」という姿勢に共感できないからかもしれません。

もちろん、今のプロレスの魅力がそこにあるのはわかりますが、私には彼らが「最大の敵」との戦いを自ら放擲してしまったように見えてしまうのです。


「プロレスなんてどうせ八百長でしょ」。

そんな世間の声に、馬場は「見る人が決めたらいい」と静かに話し、答えを出しませんでした。

猪木は「プロレスが最強」と、その答えを絶叫して見せました。

静の兄と、動の弟。

実は言ってることは全く同じことでした。

当たり前です。

それが〝兄弟〟というものです。