高円寺駅・阿佐ケ谷駅・西荻窪駅が、今年7月15日で開業100周年を迎えていたそうです。
知らなんだ。
私も中央線とは30年以上のお付き合い。最も思い入れのある沿線です。


最近では中野辺りに取引先の企業や大学が集まり、半年に2〜3回は中央線に乗ってます。
この沿線には、特別な愛着があります。
思い出がいっぱい詰まっています。というか、今も詰め込み中です。
大学生の頃、私はテイタム・オニールに少し似た女子大生と付き合ってたのですが、彼女の自宅の最寄りが吉祥寺駅。
そうそう、西荻にはハーンズ(日本人)もいました。ハーンズは東大ボクシング部、当時関東6部とかでしたが、そこは個人競技、国体にも出場する強打のファイターでした。
まさに〝黄金のバンタム〟ならぬ〝黄金の東大〟。
ハーンズは早稲田大学の文学少女と付き合っていて、彼女は阿佐ヶ谷に住んでいましたから、彼らと遊ぶのも主に中央線。
Wデートなんて全く性に合わないことを何度かした理由が、自分でもよくわかりません。
青春とは、本人にとってもきっと謎なんです。
文学少女の棲家のすぐ近くにカラオケスナックがあって、4人にで乗り込み、文学少女が早稲田の女友達まで呼んで大騒ぎすることもありました。
2000円でサントリーオールドが飲み放題、適当なおつまみがお任せ的に出てきて、おそろしくリーズナブルなカラオケスナックでした。
阿佐ヶ谷は「ホープ軒」や、今は亡き「げんこつらーめん」など、当時からラーメン激戦区。
「げんこつ」の力士らーめんという怒涛の大盛りをハーンズと食べたことがありました。
減量中は果物一つで何日かしのぐハーンズは胃袋も小さいイメージがあったのに、私と同じくらいのペースで完食。
そういえば、荻窪にあった靴を脱いで上がるミニシアターで「スケアクロウ」を見たこともありました。
「ぴあ」を見ながらテイタムあたりが「面白い映画ない?」と聞いて、私が「スケアクロウ、やってるやんけ!」と連れて行ったんだと思います。
阿佐ヶ谷のカラオケもラーメン屋も、荻窪のミニシアターも、今ではどの辺りにあったのかも、正確に思い出せません。
あ、げんこつらーめんは北口商店街にあったはず。
それでも、今も存在してるとは思えません。あったら、嬉しい驚きです。
もう、あの頃には戻れないのです。
青春の定義などあるわけないのですが「もう戻れない」そんな時代を青春と呼ぶのかもしれません。
親になってからで思い出しても、子どもが一緒に遊んでくれていた時代は間違いなく、青春でした。
中学、高校、大学と子どもが成長、どんどん親離れしていくのは嬉しいだけでなく、寂しさもあります。
もう戻れない〝あの頃〟が青春です。
その意味で…。いつでも簡単に〝あの頃〟に戻れる高校や大学のほんの一部の友人たち。彼らと過ごした〝あの頃〟は、本当は青春ではないのかもしれません。
先日、高校時代のそんな友人たちも含めた飲み会で、引退する力士のように、みんなからハサミならぬバリカンを入れてもらって坊主にしてもらった頭を「結構伸びてくるなあ」と撫でながら、そんな青春論を思いました。
話は飛びますが、坊主頭はスッキリするし、洗髪も簡単、今更ですが最高です。
会社や仕事先の面々からは「何かしでかしたんですか?」と、猛省しなければならない大失態を犯したと思われてるようですが、そんなんちゃうわい!
それにしても、この最高のヘアスタイルが反省と結び付けられているのはおかしな話です。
肉のホルモンや、マグロのトロなんかも昔々は捨てらてたとも言います。
坊主頭もホルモンやトロと同じです。
いっそハグラーみたいにスキンヘッドにしたら、もっと気持ちいいでしょう。そうなると、シャンプーなんて小賢しいモノともおさらばじゃ。
知らなんだ。
私も中央線とは30年以上のお付き合い。最も思い入れのある沿線です。


最近では中野辺りに取引先の企業や大学が集まり、半年に2〜3回は中央線に乗ってます。
この沿線には、特別な愛着があります。
思い出がいっぱい詰まっています。というか、今も詰め込み中です。
大学生の頃、私はテイタム・オニールに少し似た女子大生と付き合ってたのですが、彼女の自宅の最寄りが吉祥寺駅。
そうそう、西荻にはハーンズ(日本人)もいました。ハーンズは東大ボクシング部、当時関東6部とかでしたが、そこは個人競技、国体にも出場する強打のファイターでした。
まさに〝黄金のバンタム〟ならぬ〝黄金の東大〟。
ハーンズは早稲田大学の文学少女と付き合っていて、彼女は阿佐ヶ谷に住んでいましたから、彼らと遊ぶのも主に中央線。
Wデートなんて全く性に合わないことを何度かした理由が、自分でもよくわかりません。
青春とは、本人にとってもきっと謎なんです。
文学少女の棲家のすぐ近くにカラオケスナックがあって、4人にで乗り込み、文学少女が早稲田の女友達まで呼んで大騒ぎすることもありました。
2000円でサントリーオールドが飲み放題、適当なおつまみがお任せ的に出てきて、おそろしくリーズナブルなカラオケスナックでした。
阿佐ヶ谷は「ホープ軒」や、今は亡き「げんこつらーめん」など、当時からラーメン激戦区。
「げんこつ」の力士らーめんという怒涛の大盛りをハーンズと食べたことがありました。
減量中は果物一つで何日かしのぐハーンズは胃袋も小さいイメージがあったのに、私と同じくらいのペースで完食。
そういえば、荻窪にあった靴を脱いで上がるミニシアターで「スケアクロウ」を見たこともありました。
「ぴあ」を見ながらテイタムあたりが「面白い映画ない?」と聞いて、私が「スケアクロウ、やってるやんけ!」と連れて行ったんだと思います。
阿佐ヶ谷のカラオケもラーメン屋も、荻窪のミニシアターも、今ではどの辺りにあったのかも、正確に思い出せません。
あ、げんこつらーめんは北口商店街にあったはず。
それでも、今も存在してるとは思えません。あったら、嬉しい驚きです。
もう、あの頃には戻れないのです。
青春の定義などあるわけないのですが「もう戻れない」そんな時代を青春と呼ぶのかもしれません。
親になってからで思い出しても、子どもが一緒に遊んでくれていた時代は間違いなく、青春でした。
中学、高校、大学と子どもが成長、どんどん親離れしていくのは嬉しいだけでなく、寂しさもあります。
もう戻れない〝あの頃〟が青春です。
その意味で…。いつでも簡単に〝あの頃〟に戻れる高校や大学のほんの一部の友人たち。彼らと過ごした〝あの頃〟は、本当は青春ではないのかもしれません。
先日、高校時代のそんな友人たちも含めた飲み会で、引退する力士のように、みんなからハサミならぬバリカンを入れてもらって坊主にしてもらった頭を「結構伸びてくるなあ」と撫でながら、そんな青春論を思いました。
話は飛びますが、坊主頭はスッキリするし、洗髪も簡単、今更ですが最高です。
会社や仕事先の面々からは「何かしでかしたんですか?」と、猛省しなければならない大失態を犯したと思われてるようですが、そんなんちゃうわい!
それにしても、この最高のヘアスタイルが反省と結び付けられているのはおかしな話です。
肉のホルモンや、マグロのトロなんかも昔々は捨てらてたとも言います。
坊主頭もホルモンやトロと同じです。
いっそハグラーみたいにスキンヘッドにしたら、もっと気持ちいいでしょう。そうなると、シャンプーなんて小賢しいモノともおさらばじゃ。
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