今年4月9日。村田諒太がロンドン五輪に続いて、メジャーの夢を見せてくれました。
帝拳に所属するホルヘ・リナレスも軽量級ながら、ライト級でアウエーの英国で大きな爪痕を残し、世界で最も歴史のあるボクシング専門誌ボクシングニューズ誌のPFPにも名前を刻みます。
欧米の眼中にあるクラスで、最も大きな波を起こしたのは村田の一択です。
しかし「プロ限定」で、リナレスのように日本のジム所属というフィルターを通すと…私にはオルベック・ナザロフしか浮かびません。
1966年8月30日にキルギス・ソビエト社会主義共和国で生まれたナザロフは、10歳でボクシングを始め、アマ153勝12敗。
世界選手権やワールドカップでメダルを獲得した、心技体ボクサーの全てを兼ね備えたサウスポーでした。
1989年、ペレストロイカの波に乗って、ベル協栄と参議院議員アントニオ猪木が手を組んでソ連のトップアマ6名と契約。
メディア向けの注目↑↑↑は前年のソウル五輪1988でライトウェルター金のビチェスラフ・ヤノスキー(右端)と、レノックス・ルイスをノックアウトした実績を持つビチェスラフ・ヤコブレフ(左端)の「Wビチェスラフ」。
もちろん、二人とも紛うことなきトップ中のトップアマでした。
しかし、ボクシングファンは翌1990年2月に行われた6人揃い踏みのデビュー戦「ザ・ペレストロイカ ファイト」の時点で32歳のヤノフスキーと、29歳のヤコブレフよりも、23歳のユーリ・アルバチャコフがプロでも途轍もないファイターになると確信していました。
「ザ・ペレストロイカ ファイト」は6人とも予定通りにKOデビュー。
B席(5000円くらいでした)で観戦した私は「日本でこんな素晴らしいイベントを見る幸運は多分死ぬまで一度もない」と直感しました。
確か、最高額のリングサイドA席は1万円でしたが「なんで5000円ケチってしまったんだろう」と後悔しながら「ボクシングって本当に面白いなあ」と一人、両国のホルモン焼き屋で余韻に浸ったのを思い出します。
フシ穴にしては、そのときの直感はいまだに間違っていません。
「試合(シングル)」としてなら、村田とトリプルGの試合を生観戦できてたら、間違いなく生涯最高だったでしょうが、「イベント(アルバム)」になると「ザ・ペレストロイカ ファイト」の物語性なんて、他にありえません。
とはいえ、当時は「アルバム」として見るには生観戦するしかありませでした。その意味で、イベント丸ごとお届けしてくれる、現代のネットストリームは最高です。
WOWOWも最高ですが、あれはコース料理のメインディッシュをいきなり食わされるようなものです。
もちろん、物語に富んだイベントなんてなかなかありつけませんし、メガファイトのPPVイベントになるとメイン以外は駄菓子を並べるようなラインナップも珍しくありません。
「メインディッシュだけで十分」という人が多いのも、よくわかります。
ペレストロイカとはなんだったのか!?なんて難しい話は置いて、ソ連からやって来たリアルディール、その中でも欧米の人気階級で傑出したパフォーマンスを見せたナザロフを、蘇らせます。
ナザロフは、後楽園ホールや有明、大阪でも生観戦できました。私にとって、マニー・パッキャオに並んで相性の良いアイドルでした。
プロボクシングで、防衛回数やら複数階級制覇やら数字の評価は後回しにされます。
「いつの誰に勝ったのか?」。それが全てです。
パッキャオが評価されてるのは「史上唯一の8階級制覇」ではありません。「4つのディケイドで世界王者 」ですらありません。
そんな「数字」は弱い相手なら容易に達成できるからです。そして、現代は明らかに弱い王者が存在します。
「いつの誰に勝ったのか?」。それが全てなのです。
帝拳に所属するホルヘ・リナレスも軽量級ながら、ライト級でアウエーの英国で大きな爪痕を残し、世界で最も歴史のあるボクシング専門誌ボクシングニューズ誌のPFPにも名前を刻みます。
欧米の眼中にあるクラスで、最も大きな波を起こしたのは村田の一択です。
しかし「プロ限定」で、リナレスのように日本のジム所属というフィルターを通すと…私にはオルベック・ナザロフしか浮かびません。
1966年8月30日にキルギス・ソビエト社会主義共和国で生まれたナザロフは、10歳でボクシングを始め、アマ153勝12敗。
世界選手権やワールドカップでメダルを獲得した、心技体ボクサーの全てを兼ね備えたサウスポーでした。
1989年、ペレストロイカの波に乗って、ベル協栄と参議院議員アントニオ猪木が手を組んでソ連のトップアマ6名と契約。
メディア向けの注目↑↑↑は前年のソウル五輪1988でライトウェルター金のビチェスラフ・ヤノスキー(右端)と、レノックス・ルイスをノックアウトした実績を持つビチェスラフ・ヤコブレフ(左端)の「Wビチェスラフ」。
もちろん、二人とも紛うことなきトップ中のトップアマでした。
しかし、ボクシングファンは翌1990年2月に行われた6人揃い踏みのデビュー戦「ザ・ペレストロイカ ファイト」の時点で32歳のヤノフスキーと、29歳のヤコブレフよりも、23歳のユーリ・アルバチャコフがプロでも途轍もないファイターになると確信していました。
「ザ・ペレストロイカ ファイト」は6人とも予定通りにKOデビュー。
B席(5000円くらいでした)で観戦した私は「日本でこんな素晴らしいイベントを見る幸運は多分死ぬまで一度もない」と直感しました。
確か、最高額のリングサイドA席は1万円でしたが「なんで5000円ケチってしまったんだろう」と後悔しながら「ボクシングって本当に面白いなあ」と一人、両国のホルモン焼き屋で余韻に浸ったのを思い出します。
フシ穴にしては、そのときの直感はいまだに間違っていません。
「試合(シングル)」としてなら、村田とトリプルGの試合を生観戦できてたら、間違いなく生涯最高だったでしょうが、「イベント(アルバム)」になると「ザ・ペレストロイカ ファイト」の物語性なんて、他にありえません。
とはいえ、当時は「アルバム」として見るには生観戦するしかありませでした。その意味で、イベント丸ごとお届けしてくれる、現代のネットストリームは最高です。
WOWOWも最高ですが、あれはコース料理のメインディッシュをいきなり食わされるようなものです。
もちろん、物語に富んだイベントなんてなかなかありつけませんし、メガファイトのPPVイベントになるとメイン以外は駄菓子を並べるようなラインナップも珍しくありません。
「メインディッシュだけで十分」という人が多いのも、よくわかります。
ペレストロイカとはなんだったのか!?なんて難しい話は置いて、ソ連からやって来たリアルディール、その中でも欧米の人気階級で傑出したパフォーマンスを見せたナザロフを、蘇らせます。
ナザロフは、後楽園ホールや有明、大阪でも生観戦できました。私にとって、マニー・パッキャオに並んで相性の良いアイドルでした。
プロボクシングで、防衛回数やら複数階級制覇やら数字の評価は後回しにされます。
「いつの誰に勝ったのか?」。それが全てです。
パッキャオが評価されてるのは「史上唯一の8階級制覇」ではありません。「4つのディケイドで世界王者 」ですらありません。
そんな「数字」は弱い相手なら容易に達成できるからです。そして、現代は明らかに弱い王者が存在します。
「いつの誰に勝ったのか?」。それが全てなのです。

コメント
コメント一覧 (1)
まさにその通り、いつの誰に勝ったか?
これで評価が変わりますね
そういった意味では同じ井上尚弥でもキャリア
後半のドネアに勝った井上よりも
無敗のフルトンに勝った井上の方が評価できる
んですよね
フシ穴の眼
が
しました