東京はまだ梅雨入り前ですが、リング誌8月号が届きました。

といっても、ポストに届くプリントバージョンではなく、デジタルバージョンです。
aug-2022-cover-308x432-1
女子ボクシング史上最大のメガファイトをアマンダ・セラノと戦ったケイティー・テイラーが単独カバー。

単独カバーした女性は2016年1月号のボクシング転向を発表したロンダ・ラウジー、2016年12月号の五輪2大会連続金メダルを獲得したクラレッサ・シールズに続く、リング誌史上3人目。 

それに充分値するインパクトの大きいイベントでした。




今夜のご紹介はFROM THE ARCHIVE。


タイトルは「20年後のメンフィス・ミスマッチ」。あれからちょうど20年が経とうとしています。

Lennox Lewis vsMike Tyson 
   
Saturday 8, June 2002
The Pyramid, Memphis, Tennessee, USA   

tyson-lewis-w-logo-770x522

【リング誌】当時の王者レノックス・ルイスと挑戦者マイク・タイソンのヘビー級対決。両者のキャリアはまったく異なる段階での激突だった。

2度の大番狂わせを起こされたルイスは、伝説のトレーナー、エマニュエル・スチュワードの指導のもと、ボクシングとパンチャーとしての完成度を高め、ワインのように熟成していた。

一方のタイソンは、激しいジムワークに集中できず、そのキャリアに上積みはなかった。

Authentic SuperFight=本物のスーパーファイトと銘打たれたこの試合は、2ラウンド以降、ルイスが優勢に試合を進める。

ジャブでタイソンを打ちのめし、両目の周囲を切り裂いた。8回、ルイスは強烈な右をアゴに打ち込み、凄惨な形で試合は終了した。




▶︎▶︎▶︎ オッズは2−1でルイス。タイソンはキャリア初の明白なアンダードッグでリングに上がりました。

ジョージ・フォアマンを恐れて対戦から逃げていたタイソンは、ルイス戦も恐怖に震えていました。長身で屈強なジャバーはタイソン・キラーです。

1月の発表記者会見ではパニックを起こしてルイスのガードマンに殴りかかりました。

この事件で、ネバダ州アスレティック・コミッションがタイソンのライセンスを発行せず、ラスベガスで予定されていた試合は中止に。

タイソンの思い通りになるかと思いましたが、ビッグマネーを生むタイソンは逃がしてもらえません。

舞台はテネシー州メンフィスに移されリセットされてしまいます。〝死刑執行〟が少しだけ先伸ばされただけのタイソンが練習に集中できるわけもありません。

恐怖のために練習に身が入らず、マリファナで心を落ち着かせる日々…。

これまでのキャリアでまともな実力を持つ大きな選手はトニー・タッカー(タイソンが勝利した最強の旬の強豪)でしたが、体重は同じ。タイソンは「小さいが重い」ヘビー級ボクサーでした。

しかし、タッカーよりも大きく、タイソンよりも重いのが当たり前の〝スーパーヘビー級時代〟のフロントランナー、ルイスの前ではタイソンは弱々しい時代遅れの小さく軽いヘビー級でした。しかも、度を超えたハートの弱さです。

ナンバリングシステムが染み付いたワンパターンの攻撃、バスター・ダグラスに見切られたヘッドムービングの癖…それらはとうとう最後まで治ることはありませんでした。

それしか、すがるものがなかったのです。

第1ラウンド、明らかにルイスは警戒して硬くなっていました。もし、タイソンにアリやホリフィールドの鋼鉄の勝負根性があれば、番狂わせを起こせたかもしれません。

当時の私はフォアマンから逃げ、ルイスを怖がってると書かれても日本で戦ったタイソンに思い入れがありました。

「タイソン、頑張れ。強い奴に勝て!」と応援してましたが、例の記者会見の報道を読んで完全に幻滅してしまいました。

そして、戦うのが怖くて大嫌いなのに莫大な借金を支払うためにリングに上がらなければならないタイソンがかわいそうでなりませんでした。

ルイスに殴られ腫れた顔で「再戦したい」と言わされているのも、本当にかわいそうでした。