日本史上最大の決戦。
もちろん、それは「何を基準にするか?」によって変わります。
「それ」が「社会に認知されている」というのなら、ボクシング一択になります。
試合の「レベル」という点では「ファイティング原田vsエデル・ジョフレ」の2連戦しかありえません。
初戦(1965年)と再戦(1966年)が行われた時代は、一団体10階級時代。
世界に一人しかいない世界王者は例外なく強い。世界ランカーに弱い奴はいない。そんな当たり前のことが、当たり前だった時代では、PFPなどという妄想やマヤカシは必要ありませんでした。
それでも、後年になってリング誌が各ディケイドPFPの60年代のキングに選んだのはジョフレ。原田は5位。
当時、リング誌PFPが存在していれば、ジョフレ初戦前でも原田はトップ10入りしていたかもしれません。そして、ジョフレ初戦の勝利では少なくとも5位以内、再戦で返り討ちにした時点で1位だったことは疑いようもありません。
原田は史上初のフライ・バンタムの2階級制覇(リング誌などは「盗まれた判定」と断じ「実質フェザー級までの3階級制覇」と評価してくれています)を成し遂げ、日本人唯一のモダーン部門での殿堂入り、しかも一発殿堂。
この偉業を超える日本人ボクサーはいつ現れてくれるのでしょうか?
では、「日本列島を熱狂の渦に巻き込んだ」という点では?
これは、力道山で異論はないと思います。
視聴率の測定方法などが現代と違うため、単純比較はできないものの、歴史の1ページである「街頭テレビ」に群がっていた群衆が見ていたのはニュースでも紅白歌合戦でもなく、力道山の試合でした。
人々を熱狂の渦に巻き込む、その磁力の発露となるカリスマ性、という観点ではアントニオ猪木やジャイアント馬場は論外、ファイティング原田をも優に凌ぐ存在でした。
わかりやすい数字、「テレビの視聴率」(オンライン調査開始の1977年9月26日〜)という点では、具志堅用高がハイメ・リオス戦でマークした43.2%が最高です。
しかし、この「具志堅」には、数字こそ及ばなかったものの「事実上の1位」と認めるしかない強力な対抗馬が二つも存在します。
まずは、瞬間視聴率は43.0%で、「具志堅」に0.2%後塵を拝した2003年大晦日の「曙vsボブ・サップ」。
史上初めて〝表番組〟の紅白歌合戦の視聴率を超えたのです。この「紅白破り」は、未だに格闘技に限らずどんな番組でも成し遂げることが出来ていない大偉業です。
「具志堅vsリオス」が紅白と正面衝突して、43.2%なんてありえなかったでしょう。
そして、ボクシング最後の国民的英雄・具志堅から没落一途を辿っているマーケットで、2009年という時代に43.1%と0.1%差に激しくチャージした「亀田興毅vs内藤大助」。
ボクシングの人気と社会的地位が低迷する時代背景を考えると、明白に具志堅を凌駕したと言えます。
さて、そして…。
「日本史上最大の決戦」というからには、一般紙でスポーツ扱いされているかという「社会的認知」や、具体的な尺度がない「熱狂の渦」とか、正月の箱根駅伝が象徴的なように人々の興味の大きさと乖離することもある「視聴率」は、最大の決戦を決める参考材料にしかなりません。
最大の決定条件は「興行規模」です。
もちろん、それは「何を基準にするか?」によって変わります。
「それ」が「社会に認知されている」というのなら、ボクシング一択になります。
試合の「レベル」という点では「ファイティング原田vsエデル・ジョフレ」の2連戦しかありえません。
初戦(1965年)と再戦(1966年)が行われた時代は、一団体10階級時代。
世界に一人しかいない世界王者は例外なく強い。世界ランカーに弱い奴はいない。そんな当たり前のことが、当たり前だった時代では、PFPなどという妄想やマヤカシは必要ありませんでした。
それでも、後年になってリング誌が各ディケイドPFPの60年代のキングに選んだのはジョフレ。原田は5位。
当時、リング誌PFPが存在していれば、ジョフレ初戦前でも原田はトップ10入りしていたかもしれません。そして、ジョフレ初戦の勝利では少なくとも5位以内、再戦で返り討ちにした時点で1位だったことは疑いようもありません。
原田は史上初のフライ・バンタムの2階級制覇(リング誌などは「盗まれた判定」と断じ「実質フェザー級までの3階級制覇」と評価してくれています)を成し遂げ、日本人唯一のモダーン部門での殿堂入り、しかも一発殿堂。
この偉業を超える日本人ボクサーはいつ現れてくれるのでしょうか?
では、「日本列島を熱狂の渦に巻き込んだ」という点では?
これは、力道山で異論はないと思います。
視聴率の測定方法などが現代と違うため、単純比較はできないものの、歴史の1ページである「街頭テレビ」に群がっていた群衆が見ていたのはニュースでも紅白歌合戦でもなく、力道山の試合でした。
人々を熱狂の渦に巻き込む、その磁力の発露となるカリスマ性、という観点ではアントニオ猪木やジャイアント馬場は論外、ファイティング原田をも優に凌ぐ存在でした。
わかりやすい数字、「テレビの視聴率」(オンライン調査開始の1977年9月26日〜)という点では、具志堅用高がハイメ・リオス戦でマークした43.2%が最高です。
しかし、この「具志堅」には、数字こそ及ばなかったものの「事実上の1位」と認めるしかない強力な対抗馬が二つも存在します。
まずは、瞬間視聴率は43.0%で、「具志堅」に0.2%後塵を拝した2003年大晦日の「曙vsボブ・サップ」。
史上初めて〝表番組〟の紅白歌合戦の視聴率を超えたのです。この「紅白破り」は、未だに格闘技に限らずどんな番組でも成し遂げることが出来ていない大偉業です。
「具志堅vsリオス」が紅白と正面衝突して、43.2%なんてありえなかったでしょう。
そして、ボクシング最後の国民的英雄・具志堅から没落一途を辿っているマーケットで、2009年という時代に43.1%と0.1%差に激しくチャージした「亀田興毅vs内藤大助」。
ボクシングの人気と社会的地位が低迷する時代背景を考えると、明白に具志堅を凌駕したと言えます。
さて、そして…。
「日本史上最大の決戦」というからには、一般紙でスポーツ扱いされているかという「社会的認知」や、具体的な尺度がない「熱狂の渦」とか、正月の箱根駅伝が象徴的なように人々の興味の大きさと乖離することもある「視聴率」は、最大の決戦を決める参考材料にしかなりません。
最大の決定条件は「興行規模」です。




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