北京が熱く盛り上がっている中で、いきなりタイムマシンに乗って30年前から今まで、10年刻みで世界と日本のリングをザザザザ〜っと、振り返っちゃいます。
1992年。もう30年も前のことです
BWAAがSugar Ray Robinson Award(Fighter of the Year)に選出したのは世界初挑戦でWBA/WBC/IBFヘビー級王者イベンダー・ホリフィールドを破って3団体統一王者に就いたリディック・ボウ。
リング誌選定BEST FIGHTER POLL(年間PFP)は①パーネル・ウィテカー、②フリオ・セサール・チャベス、③テリー・ノリス、④ジェームス・トニー、⑤マイケル・カルバハル、⑥ホリフィールド、⑦バディ・マクガート、⑧ロイ・ジョーンズ、⑨オルランド・カニザレス、⑩リカルド・ロペス。
マイク・タイソンが化けの皮を剥がされ、チャベスが全勝レコードを伸ばし続けていた時代。
カルバハル、カニザレス、ロペスとバンタム級以下の超軽量級のグレートもPFPに顔を出しています。
日本リングの中心は、前年1991年にグレグ・リチャードソンを撃破したWBCバンタム級のストラップをつかんだ辰吉丈一郎(大阪帝拳)。
やはり、前年に柳明佑の連続防衛記録をストップしたWBAジュニアフライ級王者・井岡弘樹(グリーンツダ)が再び輝きを取り戻すなど、大阪が二人の世界王者を抱える〝浪速の春〟を迎えていました。
では、完全な西高東低だったか?といえば左にあらず。
東京の協栄がまだ大きな勢力を保っており、4月には鬼塚勝也がタノムサク・シスボーベーを疑惑の判定で下してWBAジュニアバンタム級王者に。
ユーリ・アルバチャコフ(海老原)、オルズベック(グッシー)・ナザロフ、スラフ・ヤノフスキーの〝ペレストロイカ〟三人衆も協栄お抱えでした。
そこから10年、2002年。
Sugar Ray Robinson Awardに輝いたのはバーノン・フォレスト。
シェーン・モズリーからWBCウェルター級のクラウンを奪うと、再戦でも返り討ち。
BEST FIGHTER POLLは①ロイ・ジョーンズ、②オスカー・デラホーヤ、③タイ:マルコ・アントニオ・バレラ、③タイ:バーノン・フォレスト、③タイ:バーナード・ホプキンス、⑥フロイド・メイウェザー、⑦レノックス・ルイス、⑧コスタヤ・ジュー、⑨エリック・モラレス、⑩シェーン・モズリー。
10年前からPFPに踏みとどまっているのはロイだけ。そして、バレラにメイウェザー、モラレス…マニー・パッキャオの香りがしてきました。
ボクシングマガジン2月号の「世界の顔」では福田直樹がマニー・パッキャオ(当時はボクマガでも「パキャオ」でした)を取り上げて「米国のアジアの軽量級に対する見方を変えた」「首都マニラでの祝勝式典でアローヨ大統領が祝辞を述べた」と巨星誕生の瞬間を切り取っています。
2002年の年明けで、日本人世界王者は、WBAジュニアバンタム級のセレス小林ただ一人。
星野敬太郎、佐藤修らがスタンバイ、西岡利晃はアキレス腱断裂の怪我と、ウィラポン・ナコンルンプロモーションの前に七転八倒していました。
そして10年前の2012年。
アジアの軽量級への偏見を変えたパッキャオは、驚天動地のジュニアミドル級まで8階級制覇を果たしましたが、この年はティモシー・ブラッドリーにWBOが〝誤審〟を認める議論を呼ぶ判定で敗れ、宿敵ファン・マヌエル・マルケスには衝撃のKO負け。
キャリア初の1勝もできなかった1年になってしまいました。
この年のSugar Ray Robinson Awardはノニト・ドネア。(格が一つ二つ落ちるリング誌のFighter of the Yearはマルケスでした)。
BEST FIGHTER POLLは①フロイド・メイウェザー、②アンドレ・ウォード、③ファン・マヌエル・マルケス、④セルヒオ・マルチネス、⑤ノニト・ドネア、⑥マニー・パッキャオ、⑦ウラジミール・クリチコ、⑧ビタリ・クリチコ、⑨ティモシー・ブラッドリー、⑩カール・フロッチ。
※このブログでは、ドネアがPFP3位のランキングを載っけたことがありましたが、あれは猫の目の様に変わる電子版で、ここで取り上げているBEST FIGHTER POLLは、リング誌の経営悪化から2016年でリストラされた〝年間PFP〟です。
⑧ビタリ・クリチコ…国際ニュースを独占しているウクライナ問題で「キエフのクリチコ市長」と目にする機会が増えていますが、複雑な思いです。
ヘビー級史上でも屈指の王者だったと思います。本当に強かった。
BWAAがSugar Ray Robinson Award(Fighter of the Year)に選出したのは世界初挑戦でWBA/WBC/IBFヘビー級王者イベンダー・ホリフィールドを破って3団体統一王者に就いたリディック・ボウ。
リング誌選定BEST FIGHTER POLL(年間PFP)は①パーネル・ウィテカー、②フリオ・セサール・チャベス、③テリー・ノリス、④ジェームス・トニー、⑤マイケル・カルバハル、⑥ホリフィールド、⑦バディ・マクガート、⑧ロイ・ジョーンズ、⑨オルランド・カニザレス、⑩リカルド・ロペス。
マイク・タイソンが化けの皮を剥がされ、チャベスが全勝レコードを伸ばし続けていた時代。
カルバハル、カニザレス、ロペスとバンタム級以下の超軽量級のグレートもPFPに顔を出しています。
日本リングの中心は、前年1991年にグレグ・リチャードソンを撃破したWBCバンタム級のストラップをつかんだ辰吉丈一郎(大阪帝拳)。
やはり、前年に柳明佑の連続防衛記録をストップしたWBAジュニアフライ級王者・井岡弘樹(グリーンツダ)が再び輝きを取り戻すなど、大阪が二人の世界王者を抱える〝浪速の春〟を迎えていました。
では、完全な西高東低だったか?といえば左にあらず。
東京の協栄がまだ大きな勢力を保っており、4月には鬼塚勝也がタノムサク・シスボーベーを疑惑の判定で下してWBAジュニアバンタム級王者に。
ユーリ・アルバチャコフ(海老原)、オルズベック(グッシー)・ナザロフ、スラフ・ヤノフスキーの〝ペレストロイカ〟三人衆も協栄お抱えでした。
そこから10年、2002年。
Sugar Ray Robinson Awardに輝いたのはバーノン・フォレスト。
シェーン・モズリーからWBCウェルター級のクラウンを奪うと、再戦でも返り討ち。
BEST FIGHTER POLLは①ロイ・ジョーンズ、②オスカー・デラホーヤ、③タイ:マルコ・アントニオ・バレラ、③タイ:バーノン・フォレスト、③タイ:バーナード・ホプキンス、⑥フロイド・メイウェザー、⑦レノックス・ルイス、⑧コスタヤ・ジュー、⑨エリック・モラレス、⑩シェーン・モズリー。
10年前からPFPに踏みとどまっているのはロイだけ。そして、バレラにメイウェザー、モラレス…マニー・パッキャオの香りがしてきました。
ボクシングマガジン2月号の「世界の顔」では福田直樹がマニー・パッキャオ(当時はボクマガでも「パキャオ」でした)を取り上げて「米国のアジアの軽量級に対する見方を変えた」「首都マニラでの祝勝式典でアローヨ大統領が祝辞を述べた」と巨星誕生の瞬間を切り取っています。
2002年の年明けで、日本人世界王者は、WBAジュニアバンタム級のセレス小林ただ一人。
星野敬太郎、佐藤修らがスタンバイ、西岡利晃はアキレス腱断裂の怪我と、ウィラポン・ナコンルンプロモーションの前に七転八倒していました。
そして10年前の2012年。
アジアの軽量級への偏見を変えたパッキャオは、驚天動地のジュニアミドル級まで8階級制覇を果たしましたが、この年はティモシー・ブラッドリーにWBOが〝誤審〟を認める議論を呼ぶ判定で敗れ、宿敵ファン・マヌエル・マルケスには衝撃のKO負け。
キャリア初の1勝もできなかった1年になってしまいました。
この年のSugar Ray Robinson Awardはノニト・ドネア。(格が一つ二つ落ちるリング誌のFighter of the Yearはマルケスでした)。
BEST FIGHTER POLLは①フロイド・メイウェザー、②アンドレ・ウォード、③ファン・マヌエル・マルケス、④セルヒオ・マルチネス、⑤ノニト・ドネア、⑥マニー・パッキャオ、⑦ウラジミール・クリチコ、⑧ビタリ・クリチコ、⑨ティモシー・ブラッドリー、⑩カール・フロッチ。
※このブログでは、ドネアがPFP3位のランキングを載っけたことがありましたが、あれは猫の目の様に変わる電子版で、ここで取り上げているBEST FIGHTER POLLは、リング誌の経営悪化から2016年でリストラされた〝年間PFP〟です。
⑧ビタリ・クリチコ…国際ニュースを独占しているウクライナ問題で「キエフのクリチコ市長」と目にする機会が増えていますが、複雑な思いです。
ヘビー級史上でも屈指の王者だったと思います。本当に強かった。



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