ゲンナディ・ゴロフキンは、シュガー・レイ・ロビンソンの伝記を読んでプロボクシングの世界に触発されました。

マディソン・スクエア・ガーデンやヤンキースタジアムに大観衆を集めて出色のパフォーマンスを魅せたシュガー・レイの伝説は、少年時代のゴロフキンの胸に米国リングへの憧憬を膨らませていったのは想像に難くありません。

しかし、米国の大手プロモーターはカザフスタンというどこにあるのかすら誰も知らないアジアの国のボクサーに興味を示すことはありません。

ドイツのUniversum Box-Promotionと契約、2006年にプロデビューしますが、フェリックス・シュトルムやセバスチャン・ズビクらドイツ人選手との待遇の差は明らか。

彼らとはスパーリングの機会を持てたものの、それは最初の1回だけ。

ゴロフキンは「シュトルムをスパーリングでノックアウトした」という噂は「ありえない、スパーリングは練習、そこまで相手を追い込まない」と否定していますが、シュトルムらが絶望的な力量差を痛感したのは疑いようがありません。

ゴロフキンは彼らへの挑戦を熱望しますが、交渉すら開始されませんでした。

米国や英国、日本という肥沃なリングは、強くなければ君臨できません。しかし、強いだけではダメなのです。日本では軽量級も歓迎されますが、米国と英国では無視されるかメガファイトの前座がせいぜいです。

ゴロフキンは人気のミドル級で十分な実力が認められていました。「強い」という条件は満たしていましたが、メキシコ人でも米国人でも英国人でも日本人でもないカザフスタン人は、富裕国のリングにとって招かれざる客でした。

「強いだけではダメ」というのは、そういう意味です。

そして、さらに不幸なことにゴロフキンは強すぎました。

ボクシングは薄汚いスポーツです。摩訶不思議なことに、招かれざる客は「強すぎてもダメ」なのです。もし、ゴロフキンがメキシコ人だったなら…そのアナザーワールドのボクシングファンはカネロ・アルバレスをジュニアミドル級に引きこもったボクサーとして記憶し、フリオ・セサール・チャベスJr.も世界王者になれなかったでしょう。

それでも、2010年8月14日にミルトン・ヌネスを1ラウンドでノックアウト、WBA暫定王座を獲得します。

すでに「GGG警報」は世界中に鳴り響き、ゴロフキン恐怖症のシュトルムは、スーパー王者に格上げされる形で団体内統一戦を回避。

WBCのPFPファイター、セルヒオ・マルチネスもフリオ・セサール・チャベスJr.やミゲール・コットとのビッグマッチを優先、IBFタイトルにも絡めないまま、2012年までに5つの防衛戦を全て破壊的なKOで片付けます。

注目度の高い階級で圧倒的な勝利を重ねるGGGですが「対戦相手の質が低すぎる」ため〝表向きの〟世界評価は低いまま。対立王者やビッグネームが対戦を敬遠するのですから、当然といえば当然です。

「弱い相手、萎縮した相手に圧勝してるだけで本当はそこまで強くないのでは?」。マイク・タイソンやナジーム・ハメドにも囁かれた楽観的な見方は、ことGGGに関してはほとんどありませんでした。

タイソンの相手のように萎縮しきってるわけではなく、ハメドのようにメキシコの強豪から恥ずかしいほどあからさまに逃亡したわけでもなかったからです。

そして、何よりもアマチュア実績に裏付けされた高度な技術を持っているにもかかわらず、ビッグドラマショウと銘打たれた凶暴なスタイル、プロアマ通じてダウン経験ゼロというフィジカルの強さ、そして何よりもカザフスタン人という商業的には重すぎる十字架は、ビッグネームが「警報は敏感に耳にするが、その姿は見えないふりをする」のも仕方がありません。

「凶暴なだけで技術的には一面的」ならまだ付け入る隙があります。「強打者には付き物のガラスの顎」なら、まだ勇気を振り絞って戦えます。

あるいは、全盛期のマニー・パッキャオのように病院送りにされる可能性が高くても破格の報酬と世界的な注目が保障される相手なら、ビッグネームたちは大勝負のリングに喜んで上がったでしょう。

GGGとの対戦は、病院送りにされる引き換えの報酬も注目もあまりにも低すぎたのです。

ただ、公正なメディアはゴロフキンを取り上げ続けます。

GGGが「The Ring100(リング誌PFP100傑)に初登場するのは2013年1月号、いきなり29位にランクインされました。

「アマチュア世界選手権でルシアン・ブテを衝撃的なKOで沈めた時点で、その実力がプロでも最強だと誰もが認めていた。プロで誰に勝ったのか?という基準ではこの順位が残念ながら精一杯だ」。

「セルヒオ・マルチネス(4位)やダニエル・ギール(22位)の順位はゴロフキンより強いという意味ではない」。
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そして、その年の11月号では初めての単独カバー。

TOUR DE FRANCE(ツール・ド・フランス)にひっかけた「A TOUR DE FORCE IN ANY LANGUAGE〜World traveler Gennadiy Golovkin will knock you out in any ring in any country」とヘッドラインして特集を組みました。

世界的に人気の高いミドル級で多くの専門家やファンが最強王者と考えているのに、米国や英国の大舞台が用意されない不遇に同情し「(米国や英国、メキシコのビッグネームが戦おうとしないなら)そのパワーを世界中を旅して見せつけるまでだ。ゴロフキンはどこの国にでも行って、誰が相手でもぶっ倒す。」。

「GGGはエリートアマだが、フリオ・セサール・チャベスの再来だ。輝かしいアマチュアキャリアに、ミドル級というチャベスにないスペックを持っているにもかかわらず、米国に彼の居場所を作れないというのは私たちの恥だ」。 

The Ring100は2014年から19位、10位、4位、3位と順位を上げ、2018年についに首位に立ちました。
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このとき、連続KO防衛記録はダニエル・ジェイコブスにストップされ、全戦全勝のプロキャリアもカネロ・アルバレスによって引き分けが記録されていました。

負けていたという専門家もいたジェイコブス戦、ペーパー上とはいえ引き分けのカネロ・アルバレス戦、いずれもGGGが限界や経年劣化の兆候を見せた2試合でした。

「それでもゴロフキンがNo.1。敗北したジェイコブスのランキングは29位→24位、カネロは8位→6位と順位を上げたのはゴロフキン相手に大健闘したからだ」。

この時期、経営難から月刊体制が瓦解したリング誌は廃刊の危機まで囁かれ、ページ数も激減。

ボクシングファンを楽しませてきた様々な企画がリストラされ、1月号恒例のThe Ring100もGGGが1位になった2018年を最後に消滅してしまいました。

GGGの前の1位はローマン・ゴンザレス。

リング誌読者の中には「軽量級のボクサーが1位、カザフスタン人が1位。そりゃボクシングが廃れるのは当たり前」と嘆く人も少なくありませんでした。

それは、確かに、そうなのかもしれません。

そして、2019年には米国のボクシングファンにとって全く興味のないリンダ・ラウジーや井上尚弥を単独カバーするなどリング誌は「致命的に迷走」(リング誌読者)してゆきます。

しかし、経営体制を刷新、月刊体制に回復した現在はカネロ・アルバレスと過去のレジェンドをカバー、特集しながら、弱々しいながらも再離陸の途上です…。