私が世界のボクシングに惹きこまれたのは、FOUR KINGSの電撃を受けたからでした。

クイーンズベリールールが発表された1867年を近代ボクシングの曙とすると、1980年代はすでに100年以上の歳月が流れていました。

この100年、当たり前ですがヘビー級の時代でした。そして、1960年代から米国ボクシングは凋落の坂道を下り始めるとはいえ、その60年代と70年代をリードしたのはモハメド・アリでした。

衛星放送によって世界中に放映権が売られ、クローズドサーキットによって巨額のファイトマネーが保障され、そして何よりもボクシングを超越した社会的・国際的なアイコンでもあったアリが存在した時代を「下り坂」と呼ぶのは強烈な抵抗があります。

しかし、それはアリがあまりにも偉大だったということで、ボクシング全体のステイタスは明らかに沈降していきました。

アリが完全にリングから降りた80年代、ヘビー級はアリのコピー、ラリー・ホームズが鈍重な挑戦者を相手に防衛戦を重ねるだけの退屈なリングに成り果てていました。

試合米国ボクシングは真っ暗闇の谷底に滑り落ちるはずでした…。
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モントリオール五輪金メダリスト、シュガー・レイ・レナードはホームズやマイケル・スピンクスよりも艶やかなカリスマ性を持っていましたが、アリの穴を埋めることなど出来るわけがありません。

所詮はウェルター級の俊英です。

しかし、このボクシング最大の危機に直面したメインイベンツやトップランクなど米国の大手プロモーターとリング誌は、足並みを揃えたマーケティングを展開します。

「パウンド・フォー・パウンドの概念からはスピードとパワーが高次元で結晶したウェルター級やミドル級のボクサーの方が鈍重なヘビー級よりも優れている」。 

PFPはボクシング黄金時代に、完璧なスタイルを披露したシュガー・レイ・ロビンソンを賞賛するために広められた手形でしたが、それはロッキー・マルシアノらヘビー級のスター選手の陰に隠れたロビンソンへの慰めの意味もありました。

「PFPといってもヘビー級より弱いんでしょ」。

PFPを冠したロビンソンとレナードの違いは、ロビンソンは後から付けた慰めでしたが、レナードは最初からPFPという手形をかざしてリングに上がっていたということです。

正確にはレナード「たち」でした。

現在のリング誌PFPを見渡すと①カネロ・アルバレス(スーパーミドル級)、②オレクサンダー・ウシク(ヘビー級)、③テレンス・クロフォード(ウェルター級)、④井上尚弥(バンタム級)、⑤ジョシュ・テイラー(ジュニアウェルター級)、⑥エロール・スペンスJr.、⑦ファン・フランシスコ・エストラーダ(ジュニアバンタム級)、⑧ワシル・ロマチェンコ(ライト級)、⑨井岡一翔(ジュニアバンタム級)、⑩タイソン・フューリー(ヘビー級)。

同じヘビー級で2位のウシクと10位のフューリーが戦うとなると、10位が圧倒的有利と見られることは間違いなく、PFPって一体なんなの?という素朴な疑問はさておき、PFPファイターは様々な階級から優れたファイターが選ばれています。

PFPファイター同士の戦いが滅多に見られないのは無理もありません。

レアケースとはいえ「フリオ・セサール・チャベスvsパーネル・ウイテカー」「フロイド・メイウェザーvsマニー・パッキャオ」のような1位vs2位の激突もありました。

ただ、当たり前ですがトップに立ったファイターが次々と総当たりで激突するなんて、狂喜乱舞な奇跡はありえません。

この10年のPFPキングをリング誌のBEST FIGHTER POLLで振り返ると2002〜03年:ロイ・ジョーンズ、2004年:バーナード・ホプキンス、2005〜07年:フロイド・メイウェザー、2008〜10年:マニー・パッキャオ、2011〜14年:メイウェザー、2015〜16年:ローマン・ゴンザレス、2017年:ゲンナディ・ゴロフキン&テレンス・クロフォード(同点)、2018年:ワシル・ロマチェンコ。

BEST FIGHTER POLLがリストラされてからは〝猫の目電子版PFP〟の〝多数月〟で2019〜21年:カネロ・アルバレス。

PFPキングが激突するなんて異常事態はまず起こりえません。幸運にもそんな奇跡が起きたとしても「ロイvsホプの2戦」はもちろん「メイvsパック」も最高のタイミングで拳を交えたとはとても言えません。

もし、最高のタイミングで激突したとしても、そのマッチアップでおしまいです。そして、最も大事なこと「その試合は面白かったか?」という点でも、近年のキング対決は物足りないものがあります。
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では、FOUR KINGSは?

まず、文字どおり、キングが四人が覇を競ったのです。それも全盛期に。

「レナードのために用意された」はずのBEST FIGHTER POLL。その第1回1980年のキングは、大番狂わせでレナードを破ったロベルト・デュラン、2位レナード。

1981年はトーマス・ハーンズ、2位レナード、3位マービン・ハグラー。

1982年はレナード。

そして1983〜86年まではハグラー。

この四人が総当たりで激闘を繰り広げたのです。

試合までのワクワク感は半端じゃありません。

そして、肝心の試合も痺れるほど面白かったのです。