時計台。

そう聞いて真っ先に思い浮かぶのは、札幌の時計台でしょうか。

いま、時計台を頼りに時間を確認する人は、ほとんどいないと思われます。

小中学校の校舎によく時計が埋め込まれているのは、スマホも腕時計も持たない生徒が体育の授業中などに時間を確認するため、ここでいう「時計(台)」は、その建物の利用者・利用者というより、不特定多数の通行者に時間をお知らせする時計を持つ建物のことです。

誰もが腕時計やスマホを持つ今の時代、建物に時計台を設置したり、壁面に時計を埋め込むのは装飾の意味以外はありえません。
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現在の東京駅は開業(1914年=大正3年)当時の建物を2012年=平成24年に復原したものです。

北口と南口、それぞれのドームに丸い時計が仕込まれています。

大正時代、かつてはこの時計で時刻を確認する人も多かったのでしょうが、平成・令和の時代は単なるお飾りになっています。

その東京駅南口のすぐ斜向かいに立つのが東京中央郵便局。

今は、高層のJPタワーの足元にやはり復原版の中央郵便局がこじんまりと建っています。

ガラス張りの高層ビル、その土台のように鎮座している白い壁の建物が中央郵便局復原版です。
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この、復原版中央郵便局も壁面に印象的な時計を持っています。
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東京駅が「時計埋め込み式」に対して、こちらは壁面に数字と長針・短針を直接打ち込んだ「打ち込み式」。

これはこれで味わいがあります。

1941年=昭和16年まで、郵便局と東京駅を結ぶ地下通路には鉄道郵便物を乗せて往復するトロッコ軌道が走っていたそうです。

全国から東京へ、東京から全国への手紙を載せたトロッコが地下線路をガタゴト往復する…レトロでのどかなムードですが、1941年といえば12月に太平洋戦争が起きた年。

首都の空気は米国との開戦で、私たちには想像もできない緊張で張り詰めていたことでしょう。

東京駅も中央郵便局も当時の建物とは違いますが、忠実な復原版、昭和16年の日本人が戦争拡大の渦中に見上げた建物と外観はほぼ同じです。

ちょうど80年前に、彼らはどんな気持ちでこの時計を見つめていたのでしょうか。

よくよく考えると今だって、何もかもがうまく行ってるわけではありません。

それどころか、未来に対して非常に不安な気持ちが膨らむばかりです。

いつの時代でも、そこに生きてる人にとっては必死のパッチ、つまずいたり転んだり、毎日いろんなことと格闘しながらちょっとずつ前に進んでいるのです。


なんだか真面目な話になってしまいましたが、今の時代、飾り物としての役割しかない「時計(台)」のお話です。