フロンティア時代の伝説的な無法者、ビリー・ザ・キッドを射殺した拳銃が銃器の落札価格としては史上最高額となる603万ドル(約6億6000万円)で、今日落札されました。
44口径のコルト製シングルアクションのリボルバー(回転式拳銃)で、ビリー・ザ・キッドを射殺したパット・ギャレット保安官が所有していたもの。
グリップ部分はかなり使い込まれているものの、拳銃の状態は非常に良好というとおり、公開された写真は140年前の拳銃には見えません。
ビリー・ザ・キッドは1881年7月14日、ニューメキシコ州でギャレット保安官に胸部を撃たれて死亡。まだ21歳の若さでした。
This is an undated photo of a painting of “Billy the Kid,” western outlaw of the late 19th century also known as William H. Bonney. (Associated Press)
伝説のガンマンを撃ち殺したという物語はあるにせよ、大量生産された古い拳銃に6億6000万円もの価値などありえません。
パンデミックで世界中のだぶついた投機マネーが現代アートや骨董品などのオークションに流れる構図にはうんざりしますが、 ビリー・ザ・キッドと聞くと高校時代に引きこもって映画や音楽に逃避していた甘酸っぱい記憶が蘇ってしまいます。
The Left Handed Gun(左利きの拳銃)=1958年/監督アーサー・ペン/主演ポール・ニューマン) 、Pat Garrett and Billy the Kid(ビリー・ザ・キッド21歳の生涯)=1973年/監督サム・ペキンパー/主演クリス・クリストファーソン)…寂れた映画館で見た〝フロンティアの伝説〟。
そして、今でもときどき聴くビリー・ジョエルの「ピアノマン」(1973年)に収録されている「さすらいのビリー・ザ・キッド - The Ballad of Billy the Kid」。
♬Well, he never traveled heavy; yes he always rode alone〜そうさ彼は大きな荷物は持たずに旅をした。そしていつも独りきりだった。
https://www.youtube.com/watch?v=Fb_LNXYRc-o&t=75s
ビリー・ザ・キッドが亡くなったのは1881年、まだクイーンズベリールールが発表(1867年)される前のことでしたが、もう少し生まれるのが遅かったならフロンティアの無法者ではなく恐ろしいほど強いボクサーとしてその名を遺していたかもしれません。
西漸運動が太平洋に達してフロンティアが消滅したのが1890年。キッドは太平洋を見ることなくこの世を去りました。
そういえば、後年、伝説の保安官ワイアット・アープがボブ・フィッツモンズvsトム・シャーキー(1896年)の世界ヘビー級タイトルマッチのレフェリーを務めたこともありました。



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