禁断の領域へ。

何度も引退を口にして、性懲りも無くリングに舞い戻るグレートは珍しくありません。

マニー・パッキャオもその1人です。
20210819

「もう引退したほうが良い」「晩節を汚すな」。そんなお節介に聞く耳を持たなかった驚異の頑固者たちのお話は、このブログでも何度もご紹介してきました。

https://fushiananome.superknova.org/archives/20027593.html

https://fushiananome.superknova.org/archives/14419614.html

https://fushiananome.superknova.org/archives/26513691.html

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その代表はボブ・フィッツモンズです。

1903年11月、サンフランシスコのメカニック・パビリオン。

ボブ・フィッツシモンズは世界ライトヘビー級王者ジョージ・ガードナーに挑戦しました。

そのとき、フィッツシモンズは40歳。パッキャオやバーナード・ホプキンス、ジョージ・フォアマンらを知る現代のボクシングファンにとっては驚くべき年齢ではないかもしれません。


“I guess that I have done pretty well for an old man,” 

試合には勝ったものの、往年のエネルギッシュなパフォーマンスは影を潜めていました。それでも、40歳の新王者は「年寄りにしては上出来だろう」と胸を張りました。
そして、1903年という時代を忘れてはなりません。アメリカの平均寿命が50歳以下であったことを考えれば、ミドル〜ヘビー〜ライトヘビーを辿った史上初の3階級制覇が、年齢との戦いにも打ち克つことで達成されたことがよくわかります。

まだ記憶に残っていたベアナックルの拳闘屋たちは、70代まで殴り合ったジェム・メイスら高齢でも戦い続けました。

そのDNAがフィッツモンズにも流れていたのでしょう。

その通りに、フィッツモンズはその後10年も戦い続け、最後の試合は50歳のときでした。

ジャック・ジョンソン、ジャック・ブリトン、ウィリー・ペップ…あまたのグレートが、40歳を過ぎてもリングに上がり続けましたが、世界王者にはなれませんでした。

年老いてリングに上がることと、トップレベルで戦い大きな果実をもぎ取ることは、常識的にはリンクしません。

40歳を超えてから偉業を達成した選手は、ほんの一握りしかいません。

だからこそ、彼らの名前は忘れてはならないのです。