ヨルデニス・ウガスは携帯電話を耳にあてたまま、何も言わずに黙っていた。

あまりにも大きなチャンスに巡り会えたこの幸運に、この歓喜に永遠に浸かっていたい、そんな気分だったのだ。

電話の相手は、黙ったまま何も答えないウガスに戸惑ったように、もう一度尋ねた。

「マニー・パッキャオとの対戦を受けるのか?」。

35歳のキューバ人は、ようやく口を開いた。

「イエス」。 

試合の11日前のことである。 
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ウガスとパッキャオは同じイベントで、違う相手と戦う予定だった。

「それだけでもとんでもない幸運だと喜んでいた。パッキャオのPPVだ。T−Mobileアリーナのメガイベントに出場できるんだ。それが、もっとどでかい幸運が舞い込むなんて。パッキャオに勝てば、自分に何が起こるのかはプロボクサーなら誰もがわかってる」。


パッキャオと戦える…それはどういうことか?


ジョシュア・クロッティは旧知のマネージャーからの〝その電話〟を信じられなかった。「そんな冗談はやめてくれ」と一度は電話を切った。しばらく、ネットニュースをエゴリサーチしていると、そのニュースを見つけて、やっと本当のことだとわかった。ガーナのグランマスターはキャリア最高の環境で、最高の練習を積んでリングに上がった。

アントニオ・マルガリートはボブ・アラムに「感謝の気持ちはリングで示す。リングの上で死ぬ気で戦う」と誓い、それを実行した。やはり、キャリア最高の練習を積んでリングに上がった。

HBOのボクシング番組でメインを張り、すでに100万ドルファイターだったティモシー・ブラッドリーはパッキャオ戦が決まると、ローカルながらテレビ局が特別番組を制作、ロードワークに出ると多くの人から声援を受けたことに驚く。もちろん、キャリア最高の練習を積んでリングに上がった。


「パッキャオと戦える」。それはすなわち、大きな宝くじで一等を当てるのと同じことだった。カネだけではなく、自分の名前も大きく売れる、という点では宝くじを当てる以上の幸運だ。
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日本時間木曜日に行われた記者会見では、ウガスを無視するように「クロフォードやカネロとは戦わないのか?」という飛躍した質問も。「カネロは大きすぎる。どの階級でやるんだ?」。敗北のシグナルかも知れません。

パッキャオが戦う予定だったエロール・スペンスJr.がネバダ州アスレティック・コミッションの検査で網膜裂孔が見つかり、試合を諦めざるをえなくなったのはスペンスの人生で最も残念な事件だったが、それは世界中のボクシングファン にも言えるだろう。

スペンスとウガスでは、名前のインパクトが違いすぎる。

奇しくも、ウガスの対戦相手ファビアン・マイダナも練習で目を負傷(目尻をカット)し、宙に浮いた生きる伝説の対戦相手はスムーズに決まったのだ。

ウェルター級でリング誌6位、ESPN5位にランクされるウガスは、北京2008のライト級銅メダルに輝くと「華やかな米国リング」を夢見て亡命。

「小さなボートでまる二日間も波の中で翻弄された。ここで死ぬんだと、何度も思った」。

メキシコの支援者を頼り、亡命キューバ人のコミュニティがあるマイアミに辿り着くことができた。

スポンサーの資金が厚いわけがなく、とにかくカネがなかった。マクドナルドのハンバーガーやアップルパイが一番のご馳走だったが「マイアミに生き着いただけでも奇跡。生きてボクシングが出来るだけでありがたかった」。

2010年にアトランタでプロデビューを飾るが、この年にパッキャオはマルガリートをメッタ打ちにして史上唯一の8階級制覇を成し遂げる。

実は、このマルガリート戦、ダラスカウボーイズ・スタジアムのリングサイドにウガスが座っていた。トップランクは有望なアマエリートとの契約書を持って、ウガスをテキサスに招いていたのだ。

亡命キューバ人に求められるのは「破竹の連勝街道」。

しかし、18戦して15勝7KO3敗。

「完全無欠・エリートアマのキューバ人」の看板が揺らぐと、トップランクは契約を解除。2014年5月〜2016年8月まで2年以上のブランクを作ってしまい、ウガスは引退を真剣に考えた。

しかし、2016年8月にカムバック。

そのきっかけは「私の人生を変えてくれた」(ウガス)という、亡命キューバ人の親友からの激励と資金提供だった。

「必ずチャンスが来る。そのときに備えろ」。

その言葉をかけたのは誰あろう、メジャーリーグ最速投手、あのアロルディス・チャップマンだった。

必ずチャンスが来る。その通りだった。いや、チャップマンが思ってた以上のとんでもないチャンスが転がり込んだ。

チャップマンはウガスがアマチュア時代に倒したテレンス・クロフォードらの名前を出し「あんなのが世界チャンピオンなんだぞ。お前ならもっと強いチャンピオンになれる」と、カムバックを後押ししてくれた。

その後は強豪も相手にしながら12戦11勝1敗、唯一の黒星は階級最強候補の一人ショーン・ポーターを相手にスプリットデジションを落としたもので、非常に内容の濃いものだった。

もちろん、パッキャオと戦うのに、対戦相手の質を持ち出すのは野暮を通り越して、ヤブヘビにもほどがある。

それを一番理解しているのは35歳のキューバ人かも知れない。

「パッキャオは史上最高のファイターだろう。エイドリアン・ブローナーやキース・サーマンを追いかけ回す姿を見ると、このファイターと戦うのかと身が引き締まる思いだ」。

「ただ、私は今が全盛期。伝説に勝てば地軸が変わるんだ。ファン・マヌエル・マルケス、ティモシー・ブラッドリー、ジェフ・ホーン、彼らは人生が大きく変わった」。


35歳のウガスも、キャリア最高の練習を積んで、最強のモチベーションでリングに上がることは、疑いようがない。

逆に言うと、マニー・パッキャオは、生涯最高のモチベーションでリングに上がってくる、目の色を変えた階級屈指の実力者と戦い続けてきたのだ。



現在のオッズはパッキャオ2/7(1.29倍)、ウガス11/4(3.75倍)。リング誌の20人専門家予想も、19-1で生きる伝説に軍配が上がっている。

ファン予想に至っては、一方的にパッキャオ有利。

もし、この試合がパッキャオ最後の試合となるなら、やはりアンダードッグ、つまりパックマンとしてスペンス戦というのが最高だったようにも思えてしまう。

残念ながら、この試合はウガスがアンダードッグ。

しかし、それもまた、パッキャオの最期にふさわしいように思える。

現在のボクシングシーンで、ウガスは最も栄光に飢えたボクサーだ。そして、途轍もない対戦相手を引き当てた。



まるで、若き日のパッキャオのように。