誰にでも、思い入れのあるアスリートがいるでしょう。

多くの場合、その理由は彼らがまだ若い学生時代からその才能と活躍を目にしてきたからです。

甲子園のヒーローが、プロで格別の注目を浴びるように。

海外のアスリートの場合、私たちが彼らを目撃するのは世界戦線に躍り出てからです。

桁外れに早熟の天才でない限り、この意味での思い入れのあるアスリートはまず出現してくれません。

また、実際には学生であってもその才能があまりに眩しくて、学生という性格をほとんど感じることができないケースがほとんどです。

彼らは例外なく怪物だからです。

怪物が学校に通って授業を受けるとか、食堂で友達と冗談を言い合うとか、甲子園のヒーローならまだしも海外の怪物アスリートでは想像しにくいということもあります。

しかし、どんな事例にも必ず例外があります。

アリソン・フェリックスは、そんな稀有なサンプルです。
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ESPNマガジンの「この20年間で最も支配的だったアスリート20人」にも数えられたアリソン。陸上競技で選ばれたのは、彼女とウサイン・ボルトだけでした。

ちなみにボクシングでも、メイパックの2人だけ。

まだ高校生だった少女が、マリオン・ジョーンズの持つ200メートルジュニア記録を更新したというニュースが飛び込んできたのは2004年でしたから、もう17年も前です。

その年に開催されたアテネ2004で、現役女子高生は評判通りの強さを見せてベロニカ・キャンベルに次ぐ2位、銀メダルに輝きます。

ゴールした後の柔らかい物腰に、お洒落な髪型、走ることを目一杯楽しんでいた彼女は普通の明るい高校生、とても怪物には見えませんでした。

当時、その後陸上競技をやることになるうちの子供とアテネのアリソンを応援した記憶があるのですが、それは私の記憶違いです。

アリソンよりも12歳年下の娘は当時、まだ6歳。一緒に五輪中継を長々と見る年齢ではありません。

娘から「2011年の大邱・世界陸上と翌年の2012ロンドンがアリソンをちゃんと応援してたときだ」と指摘されました。

世界デビュー当時から米国のアイドル、モデルの仕事もこなしていた彼女。

私はそんなアリソンの輝きを見ながら「陸上競技を長くは続けないだろうな」と勝手に決めつけていました。

しかし、陸上ファンは一人の怪物が少女から素敵な大人に、そして逞しい母親になるまでを見る幸運に恵まれました。

35歳になったアリソンは女子最多の6個の金メダルをコレクション。

東京2020でも400メートルで銅メダル。メダルの総数は10個と、カール・ルイスの最多記録に並びました。

そして今回のレースです。

ライバルたちを競り落とす絶妙に滑らかなコーナリングは高校生のときと変わらないように見えましたが、以前とは違いコーナーを抜けても先行するランナーを追いかける苦しい展開。

年齢を重ねるということは、そういうことです。

それでも、粘って3位に食い込みました。49秒46のシーズンベストを五輪決勝で持ってくる、何という勝負強さ!

年齢を重ねて、アスリートととして熟成されるとは、こういうことです。

「オリンピックは東京が最後」と美しく笑うアリソンですが「オリンピックは」ということは、来年の世界陸上には出場する気でしょう。

開催地は母国アメリカのオレゴン州。最後の勇姿を刻むのにこれ以上の場所はありません。