私は、元々が引きこもりの社会不適合者です、というか今もその傾向の強い現在進行形です。
このオンライン飲み会の大波は、結構、きついかもしれません。
こんな性質を我慢せずに、辺り構わずに放射したのは高校時代です。
ずっと野球してましたが、中学校の頃から部活以外に興味がなくなってしまいました。
なぜかはわからないですが、高校受験やその先の大学受験、そういう「未来」に「今」が蹂躙されることへの反感や苛立ちだったのかもしれません。
格好良く言い過ぎました。
あまりに学業成績が悪い自分の未来に暗澹とした、というのが正解です。
私の逃げ場は、自宅の自分の部屋。そしてたまに高校に行っても部活の奴ら以外に会うのは気まずいから、図書室に引きこもり。鍵かけられてたり、閉め出されたら、本を持って近所の山に登ったり。
父親が、なぜか紹介してくれたというか、小さな映画館も避難場所でした。そこには私と同じ匂いがするというか、私が将来こうなるというような変な大人がたくさんいました。
そんな、異次元な映画館の中でも、10代の私は異質でした。それでも、ほとんどの人が「学校は?」とか聞かずに、もう嘘みたいに普通に受け入れてくれていました。
そんな話を少しだけ書いた気がします。
そして、あの当時に優しくしてくれた怪しいおっちゃん、おばちゃんはもう交流がなくて、映画館もなくなってしまって、生き別れ状態みたいなことを書いた気がしますが、今も交流がある人もいます。
21世紀の直前、社会人になって、沖縄でのお仕事の報告会でした。
大きな会議室にいろんな方席についての報告会、私がレポーターの大任、経験は浅かったのですが「当時の沖縄のコンビニエンスストアの飲料売場のスタイルが、必ず全国に広がる」という結論を説明しました。
ああいう場ではあまりない、拍手もいただいて自分なりに会心の出来でしたが、クライアントの偉いさんがいきなり手を挙げて「その理屈だとソーキソバが東京のラーメン文化でメインストリームになるということでしょうか?」と聞いてきたのです。
私は、なんの冗談かと思いましたが「消費と外食の文化は同列では語れません。沖縄料理店は東京でも存在感がありますが、けして日常的ではありません。それに加えて、今回の売り場と外食消費の話は全く別の話です」と答えました。
その年配の方は「真面目に答えるんや、つまらんなぁ。冗談に決まってるのに」とクスクスと笑いました。
それなりに盛り上がっているた席は少し白けましたが、その人の笑い方で、その人が誰かをわかった私は気絶しそうになりました。
おばさんは映画「バグダッドカフェ」の挿入歌を小さく口笛ふくように鼻歌って、もう私は確信しましたが、そのとき「よく考えたら、俺はこの人をよく知ってるけど、名前を知らない」という恐るべき事実に、気絶的驚愕が上書きされました。
私の中で、もう人生で二度と会わないはずの「映画館の友人」の一人でした。
とにかく、その場は周りの人に変な雰囲気を気づかれないように「すみません、緊張しててレベルの高い冗談がわかりませんでした」と報告会をお開きにしました。
今思えば、あの「映画館」から10年も経ってない時間ですが、自分にとっては変な言い方ですが〝なかったことにしたい時代〟だった気もします。
コンサルの報告会、終わったあとも質問などある人は残ってくれて、そのときはほとんどの人が残ってくれたのに「映画館の友人」は帰ってしまっていました。
当時も言葉なんて全部合わせても1時間も交わしたことがなくて、それも「ロードムービーの駄作って?」「ジム・ジャームッシュって面白いか?」とか、映画のことだけでしたが、綺麗なお姉さんとの会話は落ちこぼれ引きこもりの私にとって特別な時間でした。
高校生の私から見ると30代、お姉さんというよりおばさんでしたが、変な話ですが、恋愛の対象でした。
映画館にその人がいるのを見つけると、嬉しくなってしまったのは、きっとそういうことだったのです。
学校や授業に適合できなくても、どこかで何か胸がときめくもの、それは私には映画や文学、米国スポーツでした。
とはいえ、それはどんなに擬人化しても、映画なんてフィルムの影、文学なんて紙のシミ、タイム誌もスポーツイラストレイテッドもリング誌も独特の変な匂いのするぺらぺらの紙片です。
生身の人間、それも大人の女性の友人なんて、その人だけでした。
そう、たぶん、最初に会ったのは「バグダッドカフェ」の上映を待っていたとき。
その人が「邪魔?」と隣に座ってきました。それが最初だった気がします。
今では考えられませんが、その映画館は上映前は喫煙可。その人はタバコ吸いながら、何も言えない私に「吸う?」と煙を吐きかけられましたが、それでも私は何も答えられなかった気がします。
ずっと黙ってました。
その後は、映画館で会えば作品の話を一言二言、本当に短く交わす程度の関係でしたが、彼女も「学校は?」「どこに住んでる?」といった類の質問は一切しない人でした。
よくタバコの煙を吐きかけながら「お前は吸うなよ」というあの人は、活字中毒の引きこもり高校生にとって、おそろしくエロい存在でした。
**********
…うまくオブラートに包んで表現できないのは、しょうがないか。
このオンライン飲み会の大波は、結構、きついかもしれません。
こんな性質を我慢せずに、辺り構わずに放射したのは高校時代です。
ずっと野球してましたが、中学校の頃から部活以外に興味がなくなってしまいました。
なぜかはわからないですが、高校受験やその先の大学受験、そういう「未来」に「今」が蹂躙されることへの反感や苛立ちだったのかもしれません。
格好良く言い過ぎました。
あまりに学業成績が悪い自分の未来に暗澹とした、というのが正解です。
私の逃げ場は、自宅の自分の部屋。そしてたまに高校に行っても部活の奴ら以外に会うのは気まずいから、図書室に引きこもり。鍵かけられてたり、閉め出されたら、本を持って近所の山に登ったり。
父親が、なぜか紹介してくれたというか、小さな映画館も避難場所でした。そこには私と同じ匂いがするというか、私が将来こうなるというような変な大人がたくさんいました。
そんな、異次元な映画館の中でも、10代の私は異質でした。それでも、ほとんどの人が「学校は?」とか聞かずに、もう嘘みたいに普通に受け入れてくれていました。
そんな話を少しだけ書いた気がします。
そして、あの当時に優しくしてくれた怪しいおっちゃん、おばちゃんはもう交流がなくて、映画館もなくなってしまって、生き別れ状態みたいなことを書いた気がしますが、今も交流がある人もいます。
21世紀の直前、社会人になって、沖縄でのお仕事の報告会でした。
大きな会議室にいろんな方席についての報告会、私がレポーターの大任、経験は浅かったのですが「当時の沖縄のコンビニエンスストアの飲料売場のスタイルが、必ず全国に広がる」という結論を説明しました。
ああいう場ではあまりない、拍手もいただいて自分なりに会心の出来でしたが、クライアントの偉いさんがいきなり手を挙げて「その理屈だとソーキソバが東京のラーメン文化でメインストリームになるということでしょうか?」と聞いてきたのです。
私は、なんの冗談かと思いましたが「消費と外食の文化は同列では語れません。沖縄料理店は東京でも存在感がありますが、けして日常的ではありません。それに加えて、今回の売り場と外食消費の話は全く別の話です」と答えました。
その年配の方は「真面目に答えるんや、つまらんなぁ。冗談に決まってるのに」とクスクスと笑いました。
それなりに盛り上がっているた席は少し白けましたが、その人の笑い方で、その人が誰かをわかった私は気絶しそうになりました。
おばさんは映画「バグダッドカフェ」の挿入歌を小さく口笛ふくように鼻歌って、もう私は確信しましたが、そのとき「よく考えたら、俺はこの人をよく知ってるけど、名前を知らない」という恐るべき事実に、気絶的驚愕が上書きされました。
私の中で、もう人生で二度と会わないはずの「映画館の友人」の一人でした。
とにかく、その場は周りの人に変な雰囲気を気づかれないように「すみません、緊張しててレベルの高い冗談がわかりませんでした」と報告会をお開きにしました。
今思えば、あの「映画館」から10年も経ってない時間ですが、自分にとっては変な言い方ですが〝なかったことにしたい時代〟だった気もします。
コンサルの報告会、終わったあとも質問などある人は残ってくれて、そのときはほとんどの人が残ってくれたのに「映画館の友人」は帰ってしまっていました。
当時も言葉なんて全部合わせても1時間も交わしたことがなくて、それも「ロードムービーの駄作って?」「ジム・ジャームッシュって面白いか?」とか、映画のことだけでしたが、綺麗なお姉さんとの会話は落ちこぼれ引きこもりの私にとって特別な時間でした。
高校生の私から見ると30代、お姉さんというよりおばさんでしたが、変な話ですが、恋愛の対象でした。
映画館にその人がいるのを見つけると、嬉しくなってしまったのは、きっとそういうことだったのです。
学校や授業に適合できなくても、どこかで何か胸がときめくもの、それは私には映画や文学、米国スポーツでした。
とはいえ、それはどんなに擬人化しても、映画なんてフィルムの影、文学なんて紙のシミ、タイム誌もスポーツイラストレイテッドもリング誌も独特の変な匂いのするぺらぺらの紙片です。
生身の人間、それも大人の女性の友人なんて、その人だけでした。
そう、たぶん、最初に会ったのは「バグダッドカフェ」の上映を待っていたとき。
その人が「邪魔?」と隣に座ってきました。それが最初だった気がします。
今では考えられませんが、その映画館は上映前は喫煙可。その人はタバコ吸いながら、何も言えない私に「吸う?」と煙を吐きかけられましたが、それでも私は何も答えられなかった気がします。
ずっと黙ってました。
その後は、映画館で会えば作品の話を一言二言、本当に短く交わす程度の関係でしたが、彼女も「学校は?」「どこに住んでる?」といった類の質問は一切しない人でした。
よくタバコの煙を吐きかけながら「お前は吸うなよ」というあの人は、活字中毒の引きこもり高校生にとって、おそろしくエロい存在でした。
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…うまくオブラートに包んで表現できないのは、しょうがないか。
コメント
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フシ穴の眼
が
しました