Cheater=詐欺師、ペテン師
スポーツ界では、最も忌み嫌われる不正行為をした選手を指す言葉です。最近では主にドーピングをした選手に向けられる言葉です。
Cheaterとみなされてしまうと、どんな偉大な業績を残していたとしても誰も認めてくれません(※)。
史上最強の打者はバリー・ボンズではありません。
史上最高のサイクリストはランス・アームストロンではありません。
ここでは、ドーピングはやっていないが、卑劣な反則行為に手を染めた9人を紹介していきます。長らく続きを書いていなかったシリーズ再開です。
(※)世界的な統括団体が存在しないボクシングは、残念ながら例外です…。
*******どんな物語にも必ず続きがあります。
スポーツの世界においてCheaterとみなされてしまうと、そこでそのアスリートは死にます。
ただ、だからといってそれで終わりじゃありません。
この「Cheaters」シリーズは、よく取りあげられるテーマで、ESPNマガジンから訳して補足したものです。
今回紹介する競馬ジョッキーSylvester Carmoucheの卑怯な行為はあまりにも有名ですが、そこで終わっていませんでした。
昨日、ニューヨークタイムズ電子版=Published April 28, 2021 Updated May 1, 2021=を読んで、カルムーチーの「その後」を知り、ちょっと感動。
Cheaterの事件簿は、ケイジャン親子の物語に昇華されていました。
Lesson1(基本の教訓)
1990年1月11日、ルイジアナ州ラオスのヴィントンにあるデルタダウンズ競馬場には10フィート(約3.05m)先も見えないほどの濃い霧が立ち込めていた。
この日のレースで23-1のオッズをひっくり返して、24馬身差で勝利したのはシルベスター・カルムーチーが騎乗したランディングオフィサーだった。
あまりにも速すぎる。そして、他のジョッキーや競走馬と比べてあまりにも汚れていないことに、係員や獣医師は不自然に感じた。
他のジョッキーは走行中にランディングオフィサーを前方に見たことも、抜かれたこともないと口を揃えた。
スタート地点からコースを外れて最終コーナーまで、付いているはずのない馬の足跡が点々と残っていた。
カルムーチーがコースをショートカットしてゴールしたのは明らかだった。
ルイジアナ州競馬委員会は、10年間の騎乗停止処分を科して、カルムーチーは表舞台から消えた。
ここまでが競馬誌の残る、薄汚い卑怯者の話だ。
卑怯者の元ジョッキーは世を忍んで、辺鄙な田舎町で非公式の草競馬(ブッシュ・サーキット)で騎乗しながら生活費を稼いだ。当然、彼の家族も、彼の息子ケンドリックも。
あれから21年。62歳になったシルベスターは「取り返しのつかないことをやっちまった。真っ白な霧が私の頭の中まで重く深く立ち込めてしまった」と後悔している「良かったと思えるのは、ケンドリックと一緒に過ごせたことだ。息子と、そして自分と向き合う十分な時間が与えられた」。
エディ・デラホーセイ、ケント・デソモー、カルビン・ボレルといった殿堂入りジョッキーたちは11、12歳の頃に、なんと1万ドルの高額賞金をかけたマッチレースで技術を磨いたケイジャンジョッキーたちだ。
シルベスターもそんな血を引く一人だった。少年時代からブッシュ・サーキットのヒーローだった。

*******競馬は興味ないのですが、ケンタッキー州ルイビルなんてもうモハメド・アリが真っ先に頭に浮かびますし、アリの物語でもケンタッキーダービーは登場するので、当地では半端な存在感じゃないのはわかります。
ああ、それにRun for the rosesなんて、もうフォア・ローゼズが頭の中をぐるぐる回っちゃってます。
スポーツ界では、最も忌み嫌われる不正行為をした選手を指す言葉です。最近では主にドーピングをした選手に向けられる言葉です。
Cheaterとみなされてしまうと、どんな偉大な業績を残していたとしても誰も認めてくれません(※)。
史上最強の打者はバリー・ボンズではありません。
史上最高のサイクリストはランス・アームストロンではありません。
ここでは、ドーピングはやっていないが、卑劣な反則行為に手を染めた9人を紹介していきます。長らく続きを書いていなかったシリーズ再開です。
(※)世界的な統括団体が存在しないボクシングは、残念ながら例外です…。
*******どんな物語にも必ず続きがあります。
スポーツの世界においてCheaterとみなされてしまうと、そこでそのアスリートは死にます。
ただ、だからといってそれで終わりじゃありません。
この「Cheaters」シリーズは、よく取りあげられるテーマで、ESPNマガジンから訳して補足したものです。
今回紹介する競馬ジョッキーSylvester Carmoucheの卑怯な行為はあまりにも有名ですが、そこで終わっていませんでした。
昨日、ニューヨークタイムズ電子版=Published April 28, 2021 Updated May 1, 2021=を読んで、カルムーチーの「その後」を知り、ちょっと感動。
Cheaterの事件簿は、ケイジャン親子の物語に昇華されていました。
罪状⑤:父に祈りを(Running for the Roses, the Record Books and His Father)
Sylvester & Kendrick Carmouche
Kendrick Carmouche at Saratoga Race Course in August.Credit...Cindy Schultz for The New York Times
Lesson1(基本の教訓)
Shortcuts have consequences.「卑怯者は必ず代償を支払うことになる」。
1990年1月11日、ルイジアナ州ラオスのヴィントンにあるデルタダウンズ競馬場には10フィート(約3.05m)先も見えないほどの濃い霧が立ち込めていた。
この日のレースで23-1のオッズをひっくり返して、24馬身差で勝利したのはシルベスター・カルムーチーが騎乗したランディングオフィサーだった。
あまりにも速すぎる。そして、他のジョッキーや競走馬と比べてあまりにも汚れていないことに、係員や獣医師は不自然に感じた。
他のジョッキーは走行中にランディングオフィサーを前方に見たことも、抜かれたこともないと口を揃えた。
スタート地点からコースを外れて最終コーナーまで、付いているはずのない馬の足跡が点々と残っていた。
カルムーチーがコースをショートカットしてゴールしたのは明らかだった。
ルイジアナ州競馬委員会は、10年間の騎乗停止処分を科して、カルムーチーは表舞台から消えた。
ここまでが競馬誌の残る、薄汚い卑怯者の話だ。
卑怯者の元ジョッキーは世を忍んで、辺鄙な田舎町で非公式の草競馬(ブッシュ・サーキット)で騎乗しながら生活費を稼いだ。当然、彼の家族も、彼の息子ケンドリックも。
あれから21年。62歳になったシルベスターは「取り返しのつかないことをやっちまった。真っ白な霧が私の頭の中まで重く深く立ち込めてしまった」と後悔している「良かったと思えるのは、ケンドリックと一緒に過ごせたことだ。息子と、そして自分と向き合う十分な時間が与えられた」。
ルイジアナ州には非公式の草競馬が、あちこちでいくつも開催されている。父親はそこに息子を連れて行き、競馬のABCを説いた。
牧師が説教するように。いや、懺悔する罪人が許しを請うように。
フランス移民が大きなコミュニティを持つこの地域ではギャンブルやザディコ音楽、ザリガニやソーセージ、ワニ肉を混ぜたジャンバラヤ、そしてバドワイザー、ケイジャン文化が根付いている。
その根っこにあるのは、もちろん競馬だ。
エディ・デラホーセイ、ケント・デソモー、カルビン・ボレルといった殿堂入りジョッキーたちは11、12歳の頃に、なんと1万ドルの高額賞金をかけたマッチレースで技術を磨いたケイジャンジョッキーたちだ。
シルベスターもそんな血を引く一人だった。少年時代からブッシュ・サーキットのヒーローだった。

1978年、若き日のシルベスター(前列左端)。
ここは、そんな神話の土地なのだ。
罪を犯した堕天使が贖罪を果たす。そんな物語が紡がれてもおかしくない、そんな世界が現実にある。
シェットランドポニーで何年間か反復練習を繰り返したケンドリックに特別な才能があることは、誰にでもわかった。
父親は、13歳になったケンドリックをサラブレッドに乗せ、アカジアナ・ダウンズのスターティング・ゲートのレースでデビューさせた。
結果は4頭立てのレースで2位。初めてのサラブレッドで上出来だったが「全くうまく騎乗できなかった」と悔しそうにする息子を「誰でも最初はそうだ」と父親は慰めた。
誰だってデビュー戦で、思うようには乗れない。そして惨敗する。それなのに、ケンドリックは全く思うように乗れなくても、2位だった。
16歳になったケンドリックは、ライセンスを取得した。ブッシュ・サーキットを卒業するときが来たのだ。
公式レースでも、ケンドリックは当たり前のように大活躍した。
I told him to go east.
ある日、父親は「東へゆけ」と訓示した。
彼らにとってルイジアナは心地の良いホームだったが、世界にはもっと大きな舞台がある。そこを目指せ、と。
17歳になる5日前、ケンドリックーはフィラデルフィアに拠点を移し、中部大西洋サーキットに挑戦。
そして、後に結婚することになる女性と出会い、家庭を築き、Parx Racingのマネーライダーとして活躍した。
ルイジアナ州に残ったシルベスターは資格停止期間を終えて、再び公式競馬の舞台に戻り、公認競馬1348勝、1,100万ドル以上の賞金を手にして。2013年に55歳で引退した。
一方、ケンドリックは2015年、フィラデルフィアで5つの乗馬タイトルを獲得、父の訓示に従い、さらに東を目指す。

そして、5月1日。ケンタッキーダービーにケンドリックが初騎乗する。
最東端、つまりは最高峰。
アメリカ最高峰のレースサーキット、ニューヨークに乗り込んだ。全身全霊を賭けて勝利を重ねたケンドリックの全米ランキングは7位にまで上がった。
しかし、ニューヨーク競馬協会の所属ジョッキーでケンドリックは〝異端〟だった。
ニューヨークから黒人ジョッキーを締め出したジム・クロウ法(1970年代〜1960年)の名残で、イアmでも黒人は珍しい存在のまま。
ケンドリックは「人種がこのスポーツの妨げになったことはない」と主張し、これまでに3,400以上の勝利と1億1,800万ドル以上の賞金を稼いできた。

https://www.youtube.com/watch?v=oNNlSdkjuqA
そして、5月1日。ケンタッキーダービーにケンドリックが初騎乗する。
ケンタッキーダービーはアメリカクラシック三冠の第1冠。ケンタッキー州ルイビルにあるチャーチルダウンズ競馬場で開催される米国最高峰のビッグイベント。
ブリーダーズカップなどを凌ぐ視聴率や観客動員数を誇り、競馬界のみならずスポーツイベントとしても非常に知名度が高く「スポーツの中で最も偉大な2分間」(The Most Exciting Two Minutes in Sports)と形容されてきた。
優勝馬にはバラのレイが掛けられることから、「ラン・フォー・ザ・ローゼス(Run for the roses)」の通称も持つ。
▶︎5月1日(土曜) チャーチルダウンズ競馬場(アメリカ合衆国) 3歳 2,000メートル ダート・左
第12レース 現地時間 18時59分(日本時間 5月2日(日曜)7時59分)発走
賞金総額 3,000,000米ドル 1着賞金 1,860,000米ドル ダート:良
カルムーチーの物語はまだまだ終わりそうにない。
*****************
残念ながら13位に終わりましたが、馬の名前がバーボニック(BOURBONIC)!
他にもミッドナイトバーボンなんて馬も6位に入っています。
そういえば、感冒のためレース前日に出走取消になったキングフューリー、名前の由来はタイソン・フューリーからなんです。
そういえば高松宮記念を獲ったキンシャサノキセキなんてのもいました。
*******競馬は興味ないのですが、ケンタッキー州ルイビルなんてもうモハメド・アリが真っ先に頭に浮かびますし、アリの物語でもケンタッキーダービーは登場するので、当地では半端な存在感じゃないのはわかります。
ああ、それにRun for the rosesなんて、もうフォア・ローゼズが頭の中をぐるぐる回っちゃってます。





コメント