ボクヲタの端くれなら、バレンタインデーと聞いて、まず思い浮かぶのは1951年の「聖バレンタインデーの虐殺」すなわちシュガー・レイ・ロビンソンvsジェイク・ラモッタの一戦でなければいけません。


それにしても、東京の街はまだ1月というのに、世の中はバレンタイン一色です。いつも通り、忌々しいまでに前のめりなのです。
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↑ブルガリのチョコレートがどれほど美味しいのか、私は知りません。知りたくもないです。小さな板チョコ三枚で1万4001円也…気は確かか???


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思い返せば、バレンタインデーに良い思い出など一つもありませんでした。

真面目な話、中高時代は一年で最も憂鬱な日でした。

そもそも、高校まで義理チョコ以外もらった試しがありません。


授業はサボりがち、学校に行かないことも多く、行っても教室の隅でジッとしていた私はまさに登校拒否の引きこもりでした。

そんな気色悪いやつにチョコレートあげる女の子なんて、日本中探してもそうそういるわけがありません。

私もそれは重々に自覚させていただいておりましたが、自分のせいとはいえ、多感な年頃、もらえないバレンタインを毎年重ね続けるのは辛く悲しいものです。

そして、授業を休みがちな私でもこの日だけは休まないように気を付けていたのは「バレンタインだから休んだ」と思われるのがイヤだったからです。

誰も私のことなんて気にしてないのは分かっていても、イヤだったのです。自意識過剰なのは分かっていても、何故かそれだけは譲れなかったのでした。

男子中高生は意外と多感で繊細なのです。

そして、私の悲しみの傷跡に塩をすり込むような女どもが数多くいたのも、本当に屈辱的に憂鬱でした。

私が所属していた野球部は腹が立つほどモテるヤツが多くて、それはそれで勝手にやってくれてたらいいのですが、私に「同輩やときには後輩にチョコを渡してくれ」という無神経なバカ女どもが1人や2人じゃないレベルでいたのです。

確かに、野球部であるだけでなく、図書室にこもってたり、一人でいることが多い私は、そんな役目を頼むのにうってつけだったのかもしれません。

それにしても、こっちも意識して登校してるバレンタインデーに、周囲を気にして恥ずかしそうに女の子が真っ直ぐ近寄って来ると、全く知らない女の子でも、なんの心当たりがなくても勘違いしてしまいます。

あるときは、すごく可愛い見たことない女の子が近寄って来て「こんな子いたか?もしかしたら俺と同じ引きこもりでよく知らなかっただけか?引きこもり同士で恋の花咲くこともある!」と勘違いしたことがありましたが、そんな妄想は「これ〇〇君に渡して下さい!」というまさかの後輩の名前を耳にして、わずか数秒で打ち砕かれてしまったのでした。

それにしても、まともに会話を交わしたこともない女が、俺を介してチョコレートを渡そうとするなんて一体どういう神経してるのか、今もって全く理解できません。

そして何よりも、そういう役目を頼むのに全くモテない男を選ぶことが、どれほど屈辱的で残酷なことか、それをわかっていないのが最も重大な問題です。

先日、リモート飲み会で野球部の面々が集まったのですが、そこに今はオシドリ夫婦となったその女の子と後輩も参加、私は「あのときは一瞬勘違いした。あんなことはモテない男に頼むな!ここで初めて言わせてもらうけどな!」と吐き捨ててやりました。

ところが、その女の子、可愛いおばちゃんになってましたが「初めてとちゃいますよ!結婚式のときも無理矢理スピーチのマイク奪って話し出したやないですか!酔っ払ってたから忘れてるでしょ!」と笑い出しました。

…思い出しました。そういえば、そんなこともありました。

結婚式で、その子からあずかったチョコレートを、粉々に踏み砕いてその後輩のエナメルバッグの中にぶち撒けたことをスピーチすると、その女の子、花嫁さんは「え?!」と初耳な風。

「ひどーい!」と式場には完全アウエーの強風が吹き荒れます。

私が、花婿の後輩に「俺の蛮行を伝えてなかったのか?」と問い糺すと「粉々に砕いたのは先輩だけど、そんなこと言ったら、せっかく作ってくれた彼女を傷つけてしまうから」と、私の暴挙を黙って「美味しかった」とお礼だけを伝えたというのです。

結果的に、とても優しい思いやりのある花婿さんだということが見事に伝わった良い結婚式になりました…私の意図に反して。




それにしても、中学生のときはあんなに毛嫌いしていたバレンタインデーが、高校になると不思議なことにそこまで気にならなくなりました。

相変わらずモテませんでしたが、チョコレートを渡してくれと頼まれれば、ヘシ折ったり踏んづけて粉々にしたりする凶行に及ぶことはほとんどなくなり(ゼロではないということですな)、黙って渡すようになりました。

中学生のときのように、憂鬱になったり屈辱的な気持ちに沈むことも、なくなりました。

どうしてそうなったのかは、よくわかりません。

あまりにもモテなくて達観したというか、どうでも良くなったんですね、きっと。

そんな憂鬱で悩ましい思い出しかなかったバレンタインデーも、当時の苦い記憶が嘘みたいに見事に消失して、楽しかった笑える記憶として入れ替わってるのですから、本当に不思議なものです。

大人になってからもトラウマとなって消えない心の傷もあるでしょうが、その当時は深く悲しみと屈辱にまみれて鬱の谷に落ち込んだ記憶でも、時間が経つと笑えるようになるものって、想像以上にたくさんあるんですなあ。