私が世界のボクシングに衝撃を受けた1980年代、リングの主役はシュガー・レイ・レナードとマイク・タイソンでした。

そのタイソンが明日、エキシビションですが、リングに戻ってきます。

赤いグローブに黒のトランクス、くるぶしの上でカットしたやはり黒のリングシューズ、身に付けたそのたった3つは全てエバーラストで統一。リング入場では、純白のバスタオルのど真ん中を無造作に切り抜いた〝貫頭衣〟をかぶるだけ。

マイク・タイソンは史上最強のヘビー級にはなれませんでしたが、史上最高にファッショナブルなファイターでした。

「史上最大のエキシビション」まで24時間という、今日このときですが、タイソンの話ではありません。

17年前の2003年2月22日に、タイソンに49秒で粉砕された元ヘビー級ボクサーが主役です。

もちろん、その動画を貼り付けてタイソンの破壊力を喧伝するつもりはありません。
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2003年2月22日。マイク・タイソンと拳を交えたこの日が、エティエンヌにとって「the beginning of the end. 〜終わりの始まり」になりました。
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クリフォード・エティエンヌ。

もし、彼がタイソンと戦うことがなければ、多くのボクシングファンがその名前を記憶することはありませんでした。

そして「その後」の生き様について、ここまで語られることもなかったでしょう。

ニューヨークタイムズやスポーツイラストレイテッド誌など、多くのメディアは彼の年齢を「50歳」としていますが、BoxRecの〝1972年3月9日生まれ〟説をとると「48歳」。

プロボクサーにはよくある話です。

そして、貧しい家庭で窮乏しながら、鬱屈した若いエネルギーを犯罪に吐き出すことも。

生まれ育ったルイジアナ州ラファイエットのショッピングモールで、4人の凶悪な仲間たちと買い物客を襲ったのは1988年、16歳のときでした。

裁判で宣告されたのは懲役40年。

そこで、ボクシングに出会います。 

エティエンヌの才能は、刑務所内のクシングチーム「Gunslingers=倒し屋」で開花。連戦連勝の記録を30まで伸ばします。

そして、仮釈放からプロの世界チャンピオンを目指して1998年にデビュー。

2005年5月14日のニコライ・ワルーエフ戦(3ラウンドKO負け)までの8年間で北米ヘビー級のタイトルを獲得するなど、35戦(29勝20KO4敗2分)のキャリアを積み重ねていました。

しかし、2005年8月約2000ドルを強盗、駆けつけた警官に発砲しようとしましたが、銃口に弾丸が詰まって不発、殺人未遂の罪も加重され逮捕、有罪判決を下されました。

今回は、仮釈放の可能性がない確定刑。

判決は「懲役150年」でした。