スポーツイラストレイテッド電子版:9月29日から。
少し遅れてのお届けです。
The Longstanding Tension=宿命の対決、というのは安易な煽り文句です。
もちろん、今月17日に迫った「ワシル・ロマチェンコvsテオフィモ・ロペス」も、その因縁は薄っぺらいものです。
しかし、そこは米国メディアの矜持、スポイラ誌のペンにかかれば「武蔵対小次郎」のように装飾されてしまうのでした。
さすが、です。
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対戦を控えた2人のボクサーが、互いに罵詈雑言を浴びせ、威嚇し合うのは、食傷の風景です。
デオンティ・ワイルダーとタイソン・フューリー、ルイス・オルティスとのトラッシュトークは激しく迫力のあるものでした。
しかし、互いにリスペクトしている談話やワイルダーがオルティスの子供の病状を心配する記事などが先走りしてしまっては「みんな良い人やん」と悪い意味でほっこりしてしまいます。
お話は、トップランクのマッチメーカー、ブラッド・グッドマンの目撃談から始まります。
事件は、ロマチェンコがマディソン・スクエア・ガーデン(Huluシアター)でホセ・ペドラザを挑戦者に世界ライト級タイトルマッチを行う二日前、2018年12月6日に起きました。
恒例の最後の記者会見がスチュワートホテルで行われ、当たり前のことですが主役のロマチェンコを中心に質疑応答が進められました。
その夜遅く、グッドマンがエレベータ近くのソファで座っているとロマチェンコがファンからのサインに応じ、その横をロペス親子が通り過ぎてエレベータに乗るのが見えました。
すると、エレベーターからロペス父が急にUターン、ロマチェンコに詰め寄ったのです。
不穏な空気に凍りつきました。
ロペス父は「この小人が!」と毒づき、首を掻っ切るゼスチュアでロマチェンコを威嚇。
He called him "a midget."
「近い将来お前のキャリアはテオフィモによって終わる。いや、キャリアではなく人生が終わる。お前はテオフィモに殺されるんだ」。
ロマチェンコは何事もなかったのように落ち着き払っていました。
この「事件」についてロペス父は否定はしていませんが、「事実」は彼がロマチェンコに挨拶したのに無視されたから「いつか必ずお前の首を取る」と告げたというのです。
Take your neck off!
「ロマチェンコが無視したから、私は彼に首を取ると吐きつけたんだ。それを歪曲して、私がロマチェンコにいきなり罵声を浴びせたり手を出したと報じられてしまう。メディアは記事を売るためなら平気で嘘を書く」。
ロマチェンコとロペス。彼らは父親がトレーナーという共通点を持ち、肉体的にも非常によく似ています。
ロマチェンコは身長170㎝/リーチ166㎝、テオフィモ・ロペスは173㎝/174㎝。胸板は32歳のウクライナ人の方が厚く、姿勢やシューズのソールによってはホンジュラスにルーツを持つ23歳より大きく見えます。
そして、そのボクシング人生は対照的でした。
ウクライナで育ったロマチェンコは伝統的なダンスで体の動きとバランスを習得し、五輪で2度の金メダルを獲得して「史上最高のアマチュア選手」としてプロ転向。
デビューからわずか2戦目で世界挑戦、普通なら非難を浴びるところでしたが誰の口からも「時期尚早」の言葉は出ません。「ロマチェンコなら当然」。
一方のテオフィモはブルックリン生まれ、ここからエル・ブルックリンに異名を付けられました。アマチュア時代は米国とホンジュラスの代表を使い分けながら、五輪での活躍を目指します。
しかし、結果は2016年リオ五輪で1回戦敗退。ロマチェンコとは比較の俎上にも上がらないアマキャリアでした。
しかし、ロペスはトントン拍子でランキングを上げ、トップランクでも一番人気のスターになります。
将来の激突を匂わせながら、トップランクはロマチェンコのアンダーカードでテオフィモの試合を組み入れます。
ロペス親子の目標は、もちろん「ロマチェンコ斬り」。その野望の炎は、親子の言動からも燃え広がる一方でした。
試合会場でロペス父はロマチェンコへの侮辱的な言動を続けるだけでなく、ロマチェンコの写真をスプレーで汚して宣伝ポスターの近くに貼り付けたり、いわゆるゲリラ・マーケティングまで展開していました。
そして、2018年12月の事件が勃発します。
互いの弁護士が話し合う事態は、これ以降「2人の試合は同じイベントでは組まない」ということが決定されます。
今月17日、その決定事項が公然・公認で破られるのです。
あの夜。ロマチェンコを罵倒したロペス父はエレベータに戻って部屋に帰ります。
心配そうなテオフィモの顔を見て、冷静になった父親は、ことのすべてを話し「興奮して余計なことをしてしまったかもしれない」と謝ります。
テオフィモはクスッと笑って「大丈夫、父さんは間違ったことを言っていない。ロマチェンコの首を獲るよ。父さんが正しかったことを証明してやるから」と静かに答えました。
その目は、もう笑っていませんでした。
少し遅れてのお届けです。
The Longstanding Tension=宿命の対決、というのは安易な煽り文句です。
もちろん、今月17日に迫った「ワシル・ロマチェンコvsテオフィモ・ロペス」も、その因縁は薄っぺらいものです。
しかし、そこは米国メディアの矜持、スポイラ誌のペンにかかれば「武蔵対小次郎」のように装飾されてしまうのでした。
さすが、です。
▶︎◀︎▶︎◀︎▶︎◀︎▶︎◀︎▶︎◀︎▶︎◀︎▶︎◀︎▶︎◀︎▶︎◀︎▶︎◀︎▶︎◀︎▶︎◀︎▶︎◀︎▶︎◀︎▶︎◀︎▶︎◀︎
これ、良いポスターです。両者の表情も2人のキャラを端的に現しています!「勝者は全てを手に入れる」、それは畢竟「敗者は全てを失う」ということです。
対戦を控えた2人のボクサーが、互いに罵詈雑言を浴びせ、威嚇し合うのは、食傷の風景です。
デオンティ・ワイルダーとタイソン・フューリー、ルイス・オルティスとのトラッシュトークは激しく迫力のあるものでした。
しかし、互いにリスペクトしている談話やワイルダーがオルティスの子供の病状を心配する記事などが先走りしてしまっては「みんな良い人やん」と悪い意味でほっこりしてしまいます。
お話は、トップランクのマッチメーカー、ブラッド・グッドマンの目撃談から始まります。
事件は、ロマチェンコがマディソン・スクエア・ガーデン(Huluシアター)でホセ・ペドラザを挑戦者に世界ライト級タイトルマッチを行う二日前、2018年12月6日に起きました。
恒例の最後の記者会見がスチュワートホテルで行われ、当たり前のことですが主役のロマチェンコを中心に質疑応答が進められました。
その夜遅く、グッドマンがエレベータ近くのソファで座っているとロマチェンコがファンからのサインに応じ、その横をロペス親子が通り過ぎてエレベータに乗るのが見えました。
すると、エレベーターからロペス父が急にUターン、ロマチェンコに詰め寄ったのです。
不穏な空気に凍りつきました。
ロペス父は「この小人が!」と毒づき、首を掻っ切るゼスチュアでロマチェンコを威嚇。
He called him "a midget."
「近い将来お前のキャリアはテオフィモによって終わる。いや、キャリアではなく人生が終わる。お前はテオフィモに殺されるんだ」。
ロマチェンコは何事もなかったのように落ち着き払っていました。
この「事件」についてロペス父は否定はしていませんが、「事実」は彼がロマチェンコに挨拶したのに無視されたから「いつか必ずお前の首を取る」と告げたというのです。
Take your neck off!
「ロマチェンコが無視したから、私は彼に首を取ると吐きつけたんだ。それを歪曲して、私がロマチェンコにいきなり罵声を浴びせたり手を出したと報じられてしまう。メディアは記事を売るためなら平気で嘘を書く」。
グッドマンは2人のやり取りの全てを耳にしていたわけではありません。
ロペス父が嘘をついているのか本当のことを言っているのか、今では誰にもわかりません。
ロペス父が嘘をついているのか本当のことを言っているのか、今では誰にもわかりません。
ロマチェンコとロペス。彼らは父親がトレーナーという共通点を持ち、肉体的にも非常によく似ています。
ロマチェンコは身長170㎝/リーチ166㎝、テオフィモ・ロペスは173㎝/174㎝。胸板は32歳のウクライナ人の方が厚く、姿勢やシューズのソールによってはホンジュラスにルーツを持つ23歳より大きく見えます。
そして、そのボクシング人生は対照的でした。
ウクライナで育ったロマチェンコは伝統的なダンスで体の動きとバランスを習得し、五輪で2度の金メダルを獲得して「史上最高のアマチュア選手」としてプロ転向。
デビューからわずか2戦目で世界挑戦、普通なら非難を浴びるところでしたが誰の口からも「時期尚早」の言葉は出ません。「ロマチェンコなら当然」。
一方のテオフィモはブルックリン生まれ、ここからエル・ブルックリンに異名を付けられました。アマチュア時代は米国とホンジュラスの代表を使い分けながら、五輪での活躍を目指します。
しかし、結果は2016年リオ五輪で1回戦敗退。ロマチェンコとは比較の俎上にも上がらないアマキャリアでした。
しかし、ロペスはトントン拍子でランキングを上げ、トップランクでも一番人気のスターになります。
将来の激突を匂わせながら、トップランクはロマチェンコのアンダーカードでテオフィモの試合を組み入れます。
ロペス親子の目標は、もちろん「ロマチェンコ斬り」。その野望の炎は、親子の言動からも燃え広がる一方でした。
試合会場でロペス父はロマチェンコへの侮辱的な言動を続けるだけでなく、ロマチェンコの写真をスプレーで汚して宣伝ポスターの近くに貼り付けたり、いわゆるゲリラ・マーケティングまで展開していました。
そして、2018年12月の事件が勃発します。
互いの弁護士が話し合う事態は、これ以降「2人の試合は同じイベントでは組まない」ということが決定されます。
今月17日、その決定事項が公然・公認で破られるのです。
あの夜。ロマチェンコを罵倒したロペス父はエレベータに戻って部屋に帰ります。
心配そうなテオフィモの顔を見て、冷静になった父親は、ことのすべてを話し「興奮して余計なことをしてしまったかもしれない」と謝ります。
テオフィモはクスッと笑って「大丈夫、父さんは間違ったことを言っていない。ロマチェンコの首を獲るよ。父さんが正しかったことを証明してやるから」と静かに答えました。
その目は、もう笑っていませんでした。

コメント
コメント一覧 (2)
プリント版も定期購読してますので、ここで井上や井岡をしっかりした記事で取り上げてくれたら、速攻でご報告致します…今のところ小さな記事もありませんが…。
フシ穴の眼
が
しました
全米ではライト級ゆえ、コアなファンや専門メディア以外からは空気なのかと思っていました
フシ穴の眼
が
しました