15 YEARS OF STARDOM

Manny Pacquiao’s historic march through the featherweight, lightweight and welterweight divisions and his meteoric climb through the pound-for-pound rankings was chronicled on the covers of The Ring Magazine during the 2000s and 2010s.

マニー・パッキャオがリング誌をカバーしたのは、2020年9月時点で合計40回。

さすがに全ては紹介しませんが、独断と偏見で選んだ、自称「ボクシングの聖書」の表紙からアジアが生んだ奇跡の拳を振り返ります。
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2004年4月号でカバーデビュー。「バレラを倒した男」「ボクシング界の台風の目」として大々的に特集されました。

当時、PFP1位になったばかりのフロイド・メイウェザーと過去のグレートたちとの誌上対決企画も。
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2006年6月号。「WHO NEEDS THE HEAVYWEIGHTS?〜ヘビー級なんてもう要らない?」「Pac−Mania Explodes〜パックマニア急増中」。

この頃にはすでに「未来の殿堂入り確実」と評価されていました。
 
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2007年9月号では「ホワイトホープ」のケリー・パブリックと、「ファンを味方につけられるか?」と心配されたまだプリティーボーイと呼ばれていたメイウェザーを従えてます。

注目度と報酬が劣るフェザー級という不人気クラスとしては、パッキャオの名声は破格でした。

そこには、ナジーム・ハメドを底上げしたアラブマネーのようなリング外のサポートは一切存在しませんでした。

純粋な実力だけで成り上がる、絶対に打ち合いを避けない、その姿が熱狂的なファンを増幅させたのは言うまでもありません。
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2007年11月号はバレラとのリマッチを大特集。

「ホプキンスvsライト」「ゴメスvsガッティ」「ドネアvsダルチニアン」を〝前菜〟に堂々のメインディッシュです。

バレラ戦で賭けられたのはフェザー級に続いて、WBCインターナショナルのジュニアライト級タイトルでしたが、アルファベット王座の尊厳が地に堕ちた状況でベルトの持つ価値は限定的で、ファンが注目するのは「誰と戦うのか」に、すでに絞られていました。
 
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2008年10月号。メイウェザーが引退。すでにボクシング界きっての人気者になっていたパッキャオはPFPキングの座にも就き、名実ともにリングのトップランナーとなりました。

2008年末にはオスカー・デラホーヤの持つ階級制覇記録「6」に並ぶ、リッキー・ハットン戦が内定していましたが、この試合はハットン陣営に待機料を支払い後ろ倒しにされます。

当時、ハットン以上の相手など世界中に一人しかいませんでしたが、その男からオファーが届いたのです。
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2008年12月号はまさかのドリームマッチの特集。

MGMグランドガーデンアリーナはフルハウス。その観客は、なんとパッキャオへの声援が圧倒的。

ボクシング界最大のスター、オスカー・デラホーヤはキャリア初の〝完全アウエー〟。かつて浴びたことのないブーイングに、花道を進む表情は戸惑いで強張っていました。

〝死に場所〟を探していたデラホーヤは自叙伝「アメリカの息子」を上梓するなどキャリアの総仕上げには入っていましたが、ヒスパニックのファンの目には「小さなパッキャオを選びやがって」と卑怯者に映ってしまうのです。

すでに、プロキャリア52戦で2000万ドル以上を稼いでいたパッキャオでしたが、ドリームマッチで最終的に手にした報酬は2500万ドル、たった1試合で過去52試合を凌駕する金額を手にしたのでした。

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そして、2009年5月号はハットン戦を控えて21ページの大特集。

「私はデラホーヤと違う」「アンダードッグは関係ない。これまでも何度も不利予想を跳ね返してきた」と強気のハットンは英国から3000人の大応援団が詰め掛ける中、陣営はShock The World(世界を驚かせてやる)とプリントされたブルゾンで入場します。

ジュニアウェルター級最強と目されていたリング誌王者が相手でも、もはやパッキャオが3−1で有利と、世界はその実力に気づき始めていました。

そして「パッキャオのスピードにハットンは付いていけない。パッキャオの中差判定勝ち」が濃厚予想されていたこの試合は、確かに世界を驚かせることになるのです。
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2009年11月号はプエルトリコの英雄ミゲール・コットと史上初の7階級制覇を懸けて激突。

マジソン・スクエア・ガーデンをホームとする東海岸最大の人気者コットですら、ラスベガスに引っ張り込み、キャッチウェイトまで飲み込ませる…。オッズも3−1で圧倒的有利。

ウェルター級でも最強、もはやパックマンはアンダードッグになりえない、強力なAサイドに変貌していました…唯一アンダードッグになるとしたら、無敗のままリングを去ったあの男が復帰するケースしか考えられませんでしたが…。