昨日は休日にもかかわらず、リモートで1日仕事。
夜はWOWOWで「ジョーカー」。劇場で観たのと、ほとんど印象は変わりませんでした。
「タクシードライバー」から起きな影響を受けたと、トッド・フィリップス監督が語っているように、マーティン・スコセッシ*ロバート・デ・ニーロの名作のリメイクと言っても差し支えない物語です。
「タクシードライバー」との比較、歴史的な評価を待つまでもありませんが、のちの時代ほど映画作りは難しいことを思い知らされます。
のちの時代ほど「過去の作品から学習できる」「技術進歩の恩恵を享受できる」から、昨日よりも今日、今日よりも明日の作品が優れているはずですが…。
同じことがスポーツの世界にも言えます。
陸上競技や水泳、体操などでは記録や、技の明らかな難易度向上からは「過去よりも現代の方が優れている」と言えるかもしれません。
しかし、例えば陸上男子100mでウサイン・ボルトがジェシー・オーエンスの時代(1930年代)のシューズやサーフェイス(アンツーカー)でも9秒58で走ることができると考える人は誰一人いません。
それどころか、オーエンスの記録手動計時10秒3(電気計時10秒54程度)レベルまで落ち込むという説もあります。
また、オーエンスが1935年の10カ国大会でわずか45分間で3つの世界記録と1つの世界タイ記録を樹立したように、10秒3のベスト記録がギリギリの状態で出したものではなく、大きなポテンシャルがギリギリまで開拓されることがなかったと推察できます。
これは、多くのスポーツの過去と現在についても共通して言えることでしょう。
もちろん、同レベルの記録なら過去の方が多くの意味で優れていることは、疑いようがありません。
一方で、比較の裏付けになる数字を持たない競技、特にボクシングにおいては過去を超えることは至難の技です。
野球はタイム競技ではありませんが「投球スピードのアップ」「選手の体格上昇」「(日本では)球場サイズの大型化・MLBというさらなるステージを目指す環境」などから「現代の方がレベルが高い」と推定出来ます。
しかし、ボクシングではヘビー級以外は過去も現在も全く同じ規格です。エデル・ジョフレもファイティング原田も、井上尚弥も118ポンドなのです。
また、野球で数十年前に活躍した名選手が現代のフィールドでも同じ実績を残せると考える人は少数派でしょうが、ジョージ・フォアマンやバーナード・ホプキンス、マニー・パッキャオらを見て「ボクシングも現代の方が強い」と口にするのは憚られます。
もちろん、ビッグジョージやエイリアン、パックマンは変態中の変態で、彼らをもって総論を語ることなどできません。
それでも、フォアマンの他にもエデル・ジョフレやモハメド・アリ、シュガー・レイ・レナード、マイク・タイソン、マイキー・ガルシアら他のスポーツではありえない大きなブランクを経て頂点に返り咲くグレートがの多さからも「このスポーツは他とは違う」ことが窺えます。
時計を逆回しできる引き出しの多いグレートとは違い、画一的な戦い方しかできずに劣化の一本道を10年もの長きに渡り下り続けていたドネアに苦労した井上の姿を見ても、この感覚は強くなる一方です。
いつまでも He is arguably Japan's greatest fighter ever. (日本史上最高は文句無しでファイティング原田)」(国際ボクシング名誉の殿堂)という一文は、日本ボクシング界が一歩も前に進んでいないようで、目障りです。
かつて、原田が Asian greatest fighter ever.(アジア史上最高)から、パッキャオによってJapanに格下げされたときは複雑な思いでしたが、あれから15年以上の時間が流れました。原田が「日本最高」の地位についてからでも50年以上の歳月が過ぎました。
いくらなんでも、もうそろそろ、原田の王冠を脱がせてあげる時期でしょう。
でも…どうすればいいんでしょうね。パッキャオと同じこと、ビッグネームを狩りまくれば認められるのはわかりますが、一番近いのでもロマチェンコですから…しかもそこが第一歩なんて…。
「ジョーカー」が「タクシードライバー」を超えることができないように、永遠に不可能なのでしょうか?
夜はWOWOWで「ジョーカー」。劇場で観たのと、ほとんど印象は変わりませんでした。
「タクシードライバー」から起きな影響を受けたと、トッド・フィリップス監督が語っているように、マーティン・スコセッシ*ロバート・デ・ニーロの名作のリメイクと言っても差し支えない物語です。
「タクシードライバー」との比較、歴史的な評価を待つまでもありませんが、のちの時代ほど映画作りは難しいことを思い知らされます。
「タクシードライバー」はジョディ・フォスターの〝デビュー作〟でもありました。
のちの時代ほど「過去の作品から学習できる」「技術進歩の恩恵を享受できる」から、昨日よりも今日、今日よりも明日の作品が優れているはずですが…。
同じことがスポーツの世界にも言えます。
陸上競技や水泳、体操などでは記録や、技の明らかな難易度向上からは「過去よりも現代の方が優れている」と言えるかもしれません。
しかし、例えば陸上男子100mでウサイン・ボルトがジェシー・オーエンスの時代(1930年代)のシューズやサーフェイス(アンツーカー)でも9秒58で走ることができると考える人は誰一人いません。
それどころか、オーエンスの記録手動計時10秒3(電気計時10秒54程度)レベルまで落ち込むという説もあります。
また、オーエンスが1935年の10カ国大会でわずか45分間で3つの世界記録と1つの世界タイ記録を樹立したように、10秒3のベスト記録がギリギリの状態で出したものではなく、大きなポテンシャルがギリギリまで開拓されることがなかったと推察できます。
これは、多くのスポーツの過去と現在についても共通して言えることでしょう。
もちろん、同レベルの記録なら過去の方が多くの意味で優れていることは、疑いようがありません。
一方で、比較の裏付けになる数字を持たない競技、特にボクシングにおいては過去を超えることは至難の技です。
野球はタイム競技ではありませんが「投球スピードのアップ」「選手の体格上昇」「(日本では)球場サイズの大型化・MLBというさらなるステージを目指す環境」などから「現代の方がレベルが高い」と推定出来ます。
しかし、ボクシングではヘビー級以外は過去も現在も全く同じ規格です。エデル・ジョフレもファイティング原田も、井上尚弥も118ポンドなのです。
また、野球で数十年前に活躍した名選手が現代のフィールドでも同じ実績を残せると考える人は少数派でしょうが、ジョージ・フォアマンやバーナード・ホプキンス、マニー・パッキャオらを見て「ボクシングも現代の方が強い」と口にするのは憚られます。
もちろん、ビッグジョージやエイリアン、パックマンは変態中の変態で、彼らをもって総論を語ることなどできません。
それでも、フォアマンの他にもエデル・ジョフレやモハメド・アリ、シュガー・レイ・レナード、マイク・タイソン、マイキー・ガルシアら他のスポーツではありえない大きなブランクを経て頂点に返り咲くグレートがの多さからも「このスポーツは他とは違う」ことが窺えます。
時計を逆回しできる引き出しの多いグレートとは違い、画一的な戦い方しかできずに劣化の一本道を10年もの長きに渡り下り続けていたドネアに苦労した井上の姿を見ても、この感覚は強くなる一方です。
いつまでも He is arguably Japan's greatest fighter ever. (日本史上最高は文句無しでファイティング原田)」(国際ボクシング名誉の殿堂)という一文は、日本ボクシング界が一歩も前に進んでいないようで、目障りです。
かつて、原田が Asian greatest fighter ever.(アジア史上最高)から、パッキャオによってJapanに格下げされたときは複雑な思いでしたが、あれから15年以上の時間が流れました。原田が「日本最高」の地位についてからでも50年以上の歳月が過ぎました。
いくらなんでも、もうそろそろ、原田の王冠を脱がせてあげる時期でしょう。
でも…どうすればいいんでしょうね。パッキャオと同じこと、ビッグネームを狩りまくれば認められるのはわかりますが、一番近いのでもロマチェンコですから…しかもそこが第一歩なんて…。
「ジョーカー」が「タクシードライバー」を超えることができないように、永遠に不可能なのでしょうか?


コメント
コメント一覧 (2)
それに、グッドフェローズ、レイジングブルとの三部作ととらえてしまっているので厄介です。
保守的で頭でっかちな映画ファンの意見です…。
フシ穴の眼
が
しました