マイク・タイソンが少年院からカス・ダマトに引き取られてから、ボクシング漬けの生活を送りました。

札付きの不良少年がカス・ダマトの愛情に感応して更生、命の限りボクシングに打ち込んで栄光を目指した…というのは真っ赤な嘘です。

ダマトは自分を放逐したボクシング界を恨み、自分を無視する世間を見返そうと、タイソンをこれ以上無いほど甘やかし、凶悪犯罪である強姦癖も治そうとはしませんでした。

しかし、多くの物語がそうであるように、タイソンのボクシング人生も嘘だけではありません。

モハメド・アリからスーパースターのトーチを受け継いだのはモントリオール五輪金メダリストで、スポーツイラストレイテッド誌の年間最高スポーツマンに選ばれた最後のボクサー、シュガー・レイ・レナードです。

しかし、日本が代表的なように「マイク・タイソン」のネームバリューは地球規模です。

リング誌をはじめボクサーとしての実力評価は低いタイソンですが、それは米国内での話。

日本のボクシングファンや格闘技ファンに「歴代PFPのベストテンは?」と聞けば、必ずタイソンは入るでしょう。もしかしたら、最多得票で1位かもしれません。

米国では存命PFP10位にもお呼びじゃないタイソンですが、世界的なネームバリュー、日本での実力評価は傑出しています。

あろうことか、日本では「ケビン・ルーニーは名トレーナー」と信じて疑わない、もはや治癒不可能の馬鹿信者まで普通にいます。

もちろん、こういう土壌だからこそ「井上尚弥はもう日本では見れなくなる」「ラスベガスでPPVスターになって20億円」とかいう幻覚を見てしまう正真正銘の馬鹿を生み出してしまうのですが。
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そんな〝罪深い〟タイソンですが、ボクシングの「学び」として過去のグレートの動画を教材に「勉強」していたことは広く知られています。

ダマトは「過去のボクサーは、ロッキー・マルシアノら例外を除いて必ず負けたボクサー。そして、かれらのミスを反省して作られたのが現在の最新の技術体系」という大前提を理解していました。

その一方で「だからジャック・ジョンソンやヘンリー・アームストロングから学ぶものはない、というのが現代の指導だ。明らかに間違っている。彼らには、時代を超えた勝者のエッセンスが詰まっている」と教えました。

タイソンにしつこく説いた「恐怖は火だ、制御することで大きな武器になるが、のみ込まれたら終わりだ」という言葉も「モハメド・アリのレベルなら全く不要、ただこの子には大切なこと」と、タイソンの幼稚と欠陥も早い段階でからわかっていました。

そんなモノクロームの古く傷んだ動画が、タイソンの最上のテキストであったことは間違いありません。

チーム・タイソンで唯一、まともなトレーナーのスキルを持っていたテディ・アトラスが去ったあと、ナンバリングシステムに代表される「馬鹿な練習方法で馬鹿な癖が染み付いてしまっている。もう治らない」(フレディ・ローチ)という、不良品サイボーグだったタイソンをトップ戦線で支えていたのが、厖大な〝教科書〟であったことは間違いありません。

「完全な王者を攻略する方法」の一つとして「エデル・ジョフレvsファイティング原田」をテキストにしていたことは、日本のボクシングファンなら誰でも知っているでしょう。

リング誌9月号では、そんなタイソンのテキストからヘビー級に厳選して、タイソンの感想とともに記事にしています。

こちらも、非常に面白いのでどこかで紹介しますが「最も繰り返し見た」というのは、当たり前ですが日本では馴染みが薄く「あんなの後付け」と、その偉大さの実感が薄いSRRのこの動画でした。
  
タイソンは、このドキュメンタリー調の作品を最も繰り返し見たと言います。私も大学時代に見ましたが、繰り返しは見てません…。SRR、日本人の感覚では大鵬みたいな存在でしょうか?

具志堅用高のタイトル奪取の記憶も曖昧で、80年代から世界のボクシングに耽溺した私にとって、SRRはあまりにも皮膚感覚の知識に乏しく、ジョン・L・ サリバンを語るのと同じレベルです。

そういえば、具志堅も「ロビンソン先生」と仰ぎ、ビデオをすり切れるまで見ていました(これもこのブログでふれています)。

ゲンナディ・ゴロフキンらが SRRの伝記に感動してボクサーを目指すなど、今でもその影響力は大きいものがありますが、タイソンはもちろん、あのアリですら「SRRが完成形、あとは瑣末な微調整しかできない」と嘆いた、オールタイムPFPキング。

この「米国の総意」は肯定したくありませんし「そこまで凄いか?」というのも正直な感想です。全盛期の1950年代は、ロッキー・マルシアノの方が人気も報酬も断然上でしたが、それでも超高額の報酬を手にして、メディアの評価は群を抜いていました。

もちろん、とんでもないのは誰にでもわかります。もし、ロビンソンがタイムスリップして現れたらカネロ・アルバレスなんて5ラウンド持たないようにも見えます。

このブログでもふれてますが、ESPNの「SRRとアントニオ・マルガリート」のほとんど同じ体格のボクサーの科学的な動画比較は衝撃的でした。

タイソンが絶賛するのを読むと、そうかそうか、米国のボクシング界でシュガー・レイ・ロビンソンはやっぱり別格なんだなと、あらためて思い知らされます。

ダマトは自分の家の中でタイソンが何度も強姦騒ぎを犯すのを不問にし、「スタローンに会いたい?ヘビー級の世界チャンピオンになったらそいつがお前に会いに来る」と甘やかした〝共犯〟でした。

そして、ルーニーのような暗愚なイエスマンに指導を任せて、類い稀な才能を一つの引き出ししかないロボットに固めてしまいました。

それでも、過去のグレートからエッセンスを学ぶ方法は、選手の特性、向き不向きはあるでしょうが非常に有効だと思います。

タイソンを「弱い相手に圧勝するだけで強い相手にはめっぽう弱かった」と全否定して、その練習方法も1から10まで間違っていたと決めつけるのは早計です。

確かに、タイソンの練習は想像力を限定するような画一的なドリルでした。

しかし、過去のグレートから学ぶ「座学」は、これは今も未来も絶対的に有効だと思います。