アスリートが語る対戦相手への評価は、非常に興味深いものがあります。

プロボクサーにおいては、それが笑ってしまうほど顕著なものになります。

ドナルド・カリーは当時現役最高の評価のあったミルトン・マクローリーのジャブについて、2ラウンドKO勝利を収めたリングで「大したことがなかった」と笑いました。

しかし、引退後は「出所が見えにくいし速かった。試合が長引いたら難しいと思ったから、勝負を急いだ」と告白しています。

また、ファン・マヌエル・マルケスは現役時代に「 最強はマルコ・アントニオ・バレラ、最も優れた技術を持っていたのはフロイド・メイウェザー」と断言、パッキャオについては「隙だらけで、評判ほどのパワーもなかった」と切り捨てていました。

しかし、引退後は「バレラが強いのは間違いないが、メイウェザー戦の私は、体が重くてキャリア最悪のコンディションだった。あんな状態で契約体重を無視してきたメイウェザーが強いかどうかはわからない。ただ、メイウェザーは全部後ろ重心で、私のカウンターを怖がってたから、パンチはなかった。」とアレレ?な前言撤回。

そして、パッキャオについては「何をしてくるかわからなかった。思いっきり体重をかけてくるパンチを連打してくるなんて考えられなかった。スピード、パワー、フェイント、全てで最強」と、おそらく本音を吐露しています。

どんな世界でもそうでしょうが、アスリートも現役である限りは本心を曝け出すのはタブーです。

しかし、現役を退くと、それこそスポーツマンとして堂々と胸の内を明らかにする…というのは自然なことかもしれません。

エデル・ジョフレもそうでした。ファイティング原田に敗れた直後は、勝者を抱きかかえるなど潔い一面を見せたましたが、日本を離れると「予想どおり日本は地元判定がひどすぎる」「原田のパンチは大したことなかったがバッティングでやられた」といいたい放題。

しかし、引退後は「これまでの相手は記者会見やセレモニーで笑っていても、試合になるとわたしを怖がった。ところが、原田は私が羽田に降りたとき敵意剥き出しの目で睨んできた。そして試合では私のパンチを受けて笑ってみせた」と、他の相手とは全く違ったと述懐しています。

そして「私は相手の隙を突いて攻めるスタイルだったが、原田は休まずに攻めてきた。何度かいいパンチを入れても怯まなかった。正直、負けたとも勝ったとも思わないが、原田だけはKO出来ない」。

空港で出迎えた原田がいきり立ったのは、妻子を連れてタラップを降り立ったジョフレに「観光気分か!」と激怒したのですが、そんなことは海外では珍しいことではありません。

原田の方がおかしい…普通なら。

「負けてたまるか!」。原田はリング誌が「アリを凌駕する60年代最強」と評価したジョフレのあらゆる一挙一動を、無理やりにでも、魂を燃やすエネルギーとして心の中の機関室にどんどんくべてボンボンと燃やしていたのでしょう。


きっと、あのときジョフレが一人でタラップを降りても原田は「大切な家族を連れて来ないってことは、俺との試合は取るに足らないってこか!」と怒り狂ってたかもしれません。

ファイターとして全くもって、正しい、心構えです。


いつものように、前置きが長くなりました。

リング誌の長寿人気コーナー「BEST I FACED(私が戦った最強の相手)」。
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この写真を見てすぐに誰だかわかった方は、相当なボクシング通です。私は「誰だっけ?」とすぐ思い出すことが出来ませんでした。

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私が見たベツリオ・ゴンザレスは30歳目前で、小熊正二やサントス・ラシアルとプライドを削り合う最後の戦いを演じていました。

まだ、ご存命で70歳。ベネズエラにいるのだとしたら、元気に暮らしてるのでしょうか。

キックボクシングやMMAには失礼な物言いになりますが、日本のボクシング史には本物のグレートと呼ぶにふさわしい異国の怪物が何人も来日してくれました。

彼らこそ日本ボクシング史のレガシーです。

こういう場末の落書きでしか書けませんが、まともな神経を持っている人は感じているはずです。

ヘビー級などの人気階級とは無縁のWBSSの優勝トロフィーが「モハメド・アリ杯」って、違和感ありまくりです。浅はかです。ヘビー級ならわかりますが。

普通に、クルーザーなら「イベンダー・ホリフィールド杯」、スーパーミドルなら「ジョー・カルザゲ杯」、ジュニアウェルターなら「アーロン・プライアー杯」。そして、バンタムなら「エデル・ジョフレ杯」でしょう!

勝ち取った井上尚弥にケチをつけるつもりは1ミクロンもありませんが、原田から渡されたあのスタイリッシュな螺旋のカップは「エデル・ジョフレ杯」であって欲しかったと思います。

「なんで俺に負けたジョフレのトロフィーを俺がお前に渡さなきゃならないんだよ」と笑う原田に、井上が「いやいや、僕の中ではファイティング原田カップです」と笑い返すなんていいですよねって、そんなんいうの俺だけか。


本題に行くはずが、さらに前置きの深みにはまってしまいました…。



自宅の貧弱なコンロでホタテを焼いてるので、そいつを引き上げてから、続きます!


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▶︎BEST JAB:ミゲール・カント。

当然ですね。

「カントは万能型のボクサーだった。その中でも、彼のジャブは様々な戦略が秘められていた」。




▶︎BEST DEFENSE:大場政夫。

マジかぁーーー!?

「対戦したらわかる。彼はあらゆる攻撃を想定していた。わかりやすくいうと、高度に喧嘩慣れしていた」。
 
 

▶︎ハンドスピード:カント。

「スピードなんて嘘だから。その実態は緩急。技術的に超越していたカントは、それを理解して対戦相手を翻弄した」。 




▶︎フットワーク:グティ・エスパダス。

「エスパダスは、リングを隅々まで使ってステップを刻んだ。しかも、小さなステップにも意図があった」。
 


▶︎頭が良いボクサー:エスパダス。

「リングの中で臨機応変だった。引き出しが豊富だった。注意深いのに、なぜか大胆に簡単に次の引き出しを見せてきた」。

 

▶︎頑健だったボクサー:エスパダス。

当時は15ラウンド。今とは全く違う。やった人間にしかわからないが、4回戦と8回戦の4ラウンド差なんて、12回戦と15回戦の3ラウンドの差と比べたら蟻と象ほど違う。

13ラウンドからの3ラウンドを知らない今の世界王者は幸せだが、ファンは不幸だ。世界タイトルマッチは最後の3ラウンドに凝縮されるが、それは10〜12ラウンドではない。

エスパダスは15ラウンドを激しいペースで戦い抜くことが出来た、本当に恐るべきファイターだった。
 


▶︎最強打者:小熊正二。

マジかぁーーー!?(今晩2回目)。

「パンチは何kgとか数字で測れない。ハンドスピードやフットワークと同じで、パワーよりも緩急と角度、精度が大切。そして、相手の呼吸のつなぎ目を狙うこと。どんな強打も額に当てたら拳が痛むだけ。軽打のボディでも息を吐いて緩んだ一瞬に刺せばKOもできる。小熊には、明らかにそれをわかって実行できるインテリジェンスがあった」。
 
 

▶︎最強の顎:カント。

「スピードやパワーは天性の才能、というのは大嘘。鍛えたらいくらでも成長できる」。

「ただ、顎は鍛えられない。タオルを噛んでバーベルを引き上げることはできても、練習でわざと打たせるわけにはいかない。ある程度は鍛えられても、それ以上は無理。カントは鉄の顎を持って生まれた」。


▶︎最高の技術の持ち主:カント。

それはそうでしょう、当時をビデオで見たことしかない素人でもわかります。

「うまい選手はいくらでもいる。ただ、カントはとにかく臨機応変で、そのときどきでベストの戦い方を瞬時に選択できるセンスがあった」。

 
 

▶︎総合的に最強:エスパダス

「エスパダスか大場だ。二人とも防御も攻撃も完璧なボクサーだった。打たれてはいけないパンチ、打つべきパンチをよくわかっていた。ただ、15ラウンドの長丁場で集中力と体力を持続できるのはエスパダスだろう」。




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 「BEST OVERALL(総合的に最強)」は、この流れから考えてカントと思いましたが、違うんですね。

当然ですが、大場を高く評価してくれているのは嬉しいです。

具志堅用高と一緒に殿堂入り(オールドタイマー)したように、大場の試合は近年、専門家の間でも高い評価を得ています(見ててめっちゃ面白いだけかもしれませんが)。

大橋秀行の「技術的にはリカルド・ロペスが一番。でも、ロペスよりも張正九の方が強い」という評価に近い感覚かもしれません。