どんなスポーツでも過大評価されるアイドルが存在します。
意外かもしれませんが、ボクサーでもこの種の選手は希少種ではありません。
その難易度はともかく「プロテスト」という関門をクリアしたアスリートを〝アイドル〟と呼ぶのは失礼かもしれませんが、要は「人気>実力」が明らかなボクサーです。
例えば、亀田興毅は一定の実力が認められるアルファベット王者でしたが、その実力は40%を超える視聴率(人気)と釣り合いが取れていたとは到底言えません。
逆に、そのルックスとキャラとは違い寺地拳四朗の実力と人気は〝逆亀田〟状態で、アイドルとは見なせません。
プロ野球の場合、斎藤佑樹は典型的なアイドルですが、そのパラメータは年を追うごとに濃厚になっています。
つまり、本来なら戦力外通告を受けているはずのシーズンを重ねながら、パラメータにおける不等号の数が増え「人気>>>>>実力」という傾向が強まっているのです。
ハンカチ王子の場合はキャーキャー騒がれるという意味での人気はシュリンクしていますが、所属球団の贔屓っぷりやメディア人気は依然高止まり、ゆえにアイドル指数が高くなるということです。
ただ、興毅も寺地も世界王者になったという点で、このお話のテーマ「【届かなかった拳は】世界チャンピオンよりも輝いていた!【儚いからこそ美しい】〔③アイドル対決のその果てに…〕」に沿ったアイドルには該当しません。
前置きが長くなりました。
アイドル絡みの試合が盛り上がるのは当然ですが、それがアイドル同士の激突となるとなかなかお目にかかれるもんじゃありません。
いわんや、それが東西対決となると!!!
1989年6月17日、日本フェザー級タイトルマッチ10回戦。
チャンピオン浅川誠二vs1位・福田健吾。
21歳の浅川は神戸、7ヶ月だけ若い20歳の福田は松山生まれ。正確には〝西日本対決〟でした。
しかし、浅川は地元の神戸拳闘会、福田は東京の名門・三迫ジムとボクサーとしての二人のバックボーンを考えると、間違いなく東西対決でした。
浅川は甘いマスクと島田紳助のスポンサードも受けた〝新開地の貴公子〟。 福田は高校で13勝13KO1敗、三迫仁志会長が惚れ込んだ〝マッドドッグ〟。
現在のボクシングシーンには見当たりませんが、二人は黄色い声援が飛ぶアイドルでした。
後楽園ホールは3000人の大観衆を飲み込み、もちろんフルハウス。試合開始ゴング前から両陣営が殺気立ち、紳助が「福田なんかたいしたことあるか!1ラウンドで眠らせたるわ!」と下品に叫ぶ声もはっきりマイクに拾われていました。
このときの両者の星勘定は〝新開地の貴公子〟が15勝10 KO1敗1分。〝マッドドッグ〟は11勝8KO1敗1分。
そうです、二人は無傷のアイドルではなかったのです。
もっと残酷に言うと、プロボクサーとしては底が見えていました。
浅川は1年前の4月7日、加納一也との「中量級ホープの激突!」(当時のポスター)で惨敗。デビューから無敗の快進撃(10戦全勝7KO)の浅川有利と見られていましたが、クロスレンジで不用意に正面に立ってしまうのは、このときですでに不治レベルの欠陥に見えました。
その後、13勝2KO12敗2分の尾崎恵一とも分の悪いドローを経験。
尾崎はタイでカオサイ・ギャラクシーと戦い10ラウンド終了のゴングを聞き、島袋忠とも激闘、浅川戦のあとにはルイシト・エスピノサ、クラッシャー三浦、グレート金山(李東春)、薬師寺保栄らと拳を交え、アイドルとは対極にあるキャリアを七転び八起きした叩き上げでした。
そして、福田。こっちのアイドル臭はさらにきつくなります。東日本新人王トーナメントで、まさか(当然?)の敗退。国内はもちろん「米国修行」という名の雑魚漁りまでやっちゃいます。
そして、引き分けは〝メキシコの強豪〟アントニオ・ゴンザレスとの内容は完敗。
この〝メキシコの強豪〟の延長上に「10年無敗の絶対王者」「伝説の名王者」などが連なるのです。
ちなみに〝トニゴン〟は7勝5KO3敗と発表され、ボクマガは「メキシコの事情通は『もっと経験豊富』で実力はもっと上」としていましたが、BoxRecでは1勝1敗で福田戦で引退しています。
大谷翔平でも久保建英でも日本メディアは優しいオブラートに包みますが、ボクシングの場合は許容範囲を超えてしまいます。
「黄金のバンタム」も、野球で言えば「黄金の送りバント」か、それ以下みたいなもんでしょうか。
こういう病気は治らないのかもしれません。
普通に考えれば「さいたまスーパーアリーナ」の次は、需要がほとんどないラスベガスではなく「横浜スタジアム」や「東京ドーム」になるはずで、その方が米国も世界も注目するというのに…。

意外かもしれませんが、ボクサーでもこの種の選手は希少種ではありません。
その難易度はともかく「プロテスト」という関門をクリアしたアスリートを〝アイドル〟と呼ぶのは失礼かもしれませんが、要は「人気>実力」が明らかなボクサーです。
例えば、亀田興毅は一定の実力が認められるアルファベット王者でしたが、その実力は40%を超える視聴率(人気)と釣り合いが取れていたとは到底言えません。
逆に、そのルックスとキャラとは違い寺地拳四朗の実力と人気は〝逆亀田〟状態で、アイドルとは見なせません。
プロ野球の場合、斎藤佑樹は典型的なアイドルですが、そのパラメータは年を追うごとに濃厚になっています。
つまり、本来なら戦力外通告を受けているはずのシーズンを重ねながら、パラメータにおける不等号の数が増え「人気>>>>>実力」という傾向が強まっているのです。
ハンカチ王子の場合はキャーキャー騒がれるという意味での人気はシュリンクしていますが、所属球団の贔屓っぷりやメディア人気は依然高止まり、ゆえにアイドル指数が高くなるということです。
ただ、興毅も寺地も世界王者になったという点で、このお話のテーマ「【届かなかった拳は】世界チャンピオンよりも輝いていた!【儚いからこそ美しい】〔③アイドル対決のその果てに…〕」に沿ったアイドルには該当しません。
前置きが長くなりました。
アイドル絡みの試合が盛り上がるのは当然ですが、それがアイドル同士の激突となるとなかなかお目にかかれるもんじゃありません。
いわんや、それが東西対決となると!!!
1989年6月17日、日本フェザー級タイトルマッチ10回戦。
チャンピオン浅川誠二vs1位・福田健吾。
21歳の浅川は神戸、7ヶ月だけ若い20歳の福田は松山生まれ。正確には〝西日本対決〟でした。
しかし、浅川は地元の神戸拳闘会、福田は東京の名門・三迫ジムとボクサーとしての二人のバックボーンを考えると、間違いなく東西対決でした。
浅川は甘いマスクと島田紳助のスポンサードも受けた〝新開地の貴公子〟。 福田は高校で13勝13KO1敗、三迫仁志会長が惚れ込んだ〝マッドドッグ〟。
現在のボクシングシーンには見当たりませんが、二人は黄色い声援が飛ぶアイドルでした。
後楽園ホールは3000人の大観衆を飲み込み、もちろんフルハウス。試合開始ゴング前から両陣営が殺気立ち、紳助が「福田なんかたいしたことあるか!1ラウンドで眠らせたるわ!」と下品に叫ぶ声もはっきりマイクに拾われていました。
このときの両者の星勘定は〝新開地の貴公子〟が15勝10 KO1敗1分。〝マッドドッグ〟は11勝8KO1敗1分。
そうです、二人は無傷のアイドルではなかったのです。
もっと残酷に言うと、プロボクサーとしては底が見えていました。
浅川は1年前の4月7日、加納一也との「中量級ホープの激突!」(当時のポスター)で惨敗。デビューから無敗の快進撃(10戦全勝7KO)の浅川有利と見られていましたが、クロスレンジで不用意に正面に立ってしまうのは、このときですでに不治レベルの欠陥に見えました。
その後、13勝2KO12敗2分の尾崎恵一とも分の悪いドローを経験。
尾崎はタイでカオサイ・ギャラクシーと戦い10ラウンド終了のゴングを聞き、島袋忠とも激闘、浅川戦のあとにはルイシト・エスピノサ、クラッシャー三浦、グレート金山(李東春)、薬師寺保栄らと拳を交え、アイドルとは対極にあるキャリアを七転び八起きした叩き上げでした。
そして、福田。こっちのアイドル臭はさらにきつくなります。東日本新人王トーナメントで、まさか(当然?)の敗退。国内はもちろん「米国修行」という名の雑魚漁りまでやっちゃいます。
そして、引き分けは〝メキシコの強豪〟アントニオ・ゴンザレスとの内容は完敗。
この〝メキシコの強豪〟の延長上に「10年無敗の絶対王者」「伝説の名王者」などが連なるのです。
ちなみに〝トニゴン〟は7勝5KO3敗と発表され、ボクマガは「メキシコの事情通は『もっと経験豊富』で実力はもっと上」としていましたが、BoxRecでは1勝1敗で福田戦で引退しています。
大谷翔平でも久保建英でも日本メディアは優しいオブラートに包みますが、ボクシングの場合は許容範囲を超えてしまいます。
「黄金のバンタム」も、野球で言えば「黄金の送りバント」か、それ以下みたいなもんでしょうか。
こういう病気は治らないのかもしれません。
普通に考えれば「さいたまスーパーアリーナ」の次は、需要がほとんどないラスベガスではなく「横浜スタジアム」や「東京ドーム」になるはずで、その方が米国も世界も注目するというのに…。

浅川に拳を向ける福田の「プライアー型」。
浅川は「貴公子」。ニカラグアの貴公子と比べるのは無理がありすぎですが、端正なマスクは負けていません。
福田は「マッドドッグ」。試合前のコールではご覧のように「プライアー型」。
当時は「どっちも負けろ」くらいな意地悪な視線で見ていた二人でしたが、30年以上経ってあらためて思い返すと…愛おしさしかありません。ひたすら愛おしいです。
向こうっ気だけは強い浅川に、田舎の喧嘩っ早いお兄ちゃんの福田。アイドルと呼ばれても、彼らは意外なほど浮かれていませんでした。
お笑いスターの寵愛を受けた浅川、映画で主演まで果たした福田…それにしては彼らは、この過酷なスポーツにしっかり向き合い続けてくれました。
浅川誠二と福田健吾。
「明日の世界チャンピオン」と呼ばれた二人は「明日」を掴むことはできませんでしたが、二人のアイドルがのたうち回ったリングの光景は、私にとって青春時代の大切な記憶です。
そして…。浅川の悲運には驚き、嘆きました。
福田は、元気に過ごしていて欲しいのですが…。
鮮烈な記憶を残してくれたアスリートが第二の人生でも輝いているのを知るのは、我が事のように嬉しいものです。
そうでない場合は…何をやってんだ!という励ます気持ち、もどかしい気持ちもありますが、…ただひたすら悲しいだけです。
コメント
コメント一覧 (15)
フシ穴の眼
が
しました
フシ穴の眼
が
しました
箔をつけるために、日本の企業にお金を出させて、海外防衛する必要はないと、おもいます。
プロの価値はお金です。ベルト、金メダル🥇 トロフィー🏆️では、ありません。
日本がたくさんマネー貰えるなら、名誉にこだわるなら!パウンドフォーパウンド1位を破るしかないと思います。
(こちらが、)呼ぶけど(海外から)呼ばれない。
フシ穴の眼
が
しました
ここで求められているのはチームの勝利に貢献することなのでつまらない選手にも需要があるからです。
しかし、ボクサーは個人事業主であり、塩ボクサーが勝った所で選手本人にしか利益は有りません
ボクシングで実力より人気が重要なのは仕方がないのかもしれません。
日本のアスリートの最大の収入源はスポンサー料なので、碌なスポンサーが付いてなかった亀田を井上は生涯年収では圧倒するんでは?と思ったりしています。
フシ穴の眼
が
しました
最高のボクサーであるモハメド・アリにしたって、プロレスをみて演出やキャラ付けを学んでいます。あれでアリが真面目で地味で寡黙な性格だったらヘビー級しては珍しいけどつまらないアウトボクサーで人生終わっていたかもしれません
実力の確かなリゴンドーより少々怪しいサンタが売れるのはやるせなくなりますが、そういう自分も塩ボクサーはあまり見ようと思いませんし複雑な気持ちです
純粋に競技として実力だけで世界一の人気選手になるスポーツってあるんでしょうか?
サッカーやバスケとかどうなんでしょうか?
フシ穴の眼
が
しました
井上尚弥だったら、今の時代でも視聴率30%とか狙えるとは思うのですが、結局、亀田興毅レベルのボクサーでもやってしまったレベルなんですよね。
「井上尚弥がラスベガスに夢を見ている」のではなくて、「日本が井上尚弥に見限られた」という言い方が正しいのでは無いかと。
フシ穴の眼
が
しました
あの試合当時は、情報が少ないこともあり、後楽園だから福田有利かと思いましたが、ダウンの応酬で浅川が勝ちその後、
、負けた福田がなぜか、東洋太平洋王座に挑戦。WBA1位か2位の朴と引き分け 。
当時のボクシング事情がよくわかりませんでした。
リマッチで浅川が福田にとどめをさしたとき、
関西のジム、しかも、大阪帝拳でなく、神戸のジムが敵地で人気選手に勝つことは、希であり
感慨深いものがあります。
福田氏は 『明日に』触れるどころか向き合うことも叶いませんでした。
よけいなことですが、身体ご自愛で願いたいです。
フシ穴の眼
が
しました
いやあ、懐かしい。
アイドルボクサーと呼ばれたのはいっぱいいましたが、福田健吾は唯一無二の「ボクサーアイドル」でしたね。
フシ穴の眼
が
しました