もはやランナーでもジョガーでもなく、ウォーカーとしてテクテクと横浜市街地まで歩いて、日産スタジアムへ。
しかーし!隣接する神奈川芸術劇場の裏手に、赤煉瓦ファンならクラクラしてしまうような吹き曝しの展示を発見!しました。
それにしても、今更ながら横浜市街地は赤煉瓦の宝庫です。
今日のお目当ては、旧横浜居留地48番館。
紅茶やダイナマイトなどの取引を行っていたJ・Pモリソンの事務所兼住居で、1883年(明治16年)に建てられた煉瓦造り2階建。しかし、純粋煉瓦造りの運命、1923年(大正12年)=リング誌創刊の翌年=の関東大震災で2階部分が損壊。
修復・補修を繰り返しながら1978年(昭和53年)までヘルム兄弟が所有、その後、2001年(平成13年)に県指定重要文化財に指定され、保存工事が実施されました。
ガラス越しに内部を見ることしか出来ず、少し拍子抜け。紅茶やダイナマイトなどの取引を行っていたJ・Pモリソンの事務所兼住居で、1883年(明治16年)に建てられた煉瓦造り2階建。しかし、純粋煉瓦造りの運命、1923年(大正12年)=リング誌創刊の翌年=の関東大震災で2階部分が損壊。
修復・補修を繰り返しながら1978年(昭和53年)までヘルム兄弟が所有、その後、2001年(平成13年)に県指定重要文化財に指定され、保存工事が実施されました。
しかーし!隣接する神奈川芸術劇場の裏手に、赤煉瓦ファンならクラクラしてしまうような吹き曝しの展示を発見!しました。
これらの遺構は現代の地盤から約1m下、関東大震災の瓦礫層で発見されたそうです。
外国人居留地はJR根岸線の関内駅から海側の一帯にあたり、国内最大の面積を誇ったそうで、中国商館やドイツテーラー、米国聖書会社などの重厚な煉瓦造りの建物が並んでたというのです!
このあたり、ちょっと掘ればまだまだ発掘できそうです…ぜひ、掘らせて欲しい…。
赤煉瓦でお腹いっぱいになりながら、ゆっくりゆっくり走って新横浜方面へ。
途中で潜った地下鉄・馬車道駅の構内にストリートピアノを発見。
どこもかしこも悲しいのう。
本当ならこの3連休、Jリーグなどスポーツイベントで賑わっているはずの横浜国際競技場、日産スタジアムへ。
小机フィールドから日産スタジアムを仰ぎます。
サブトラックとはいえ、8レーン完備の全天候型、小机フィールドは立派ですね。
外国人居留地はJR根岸線の関内駅から海側の一帯にあたり、国内最大の面積を誇ったそうで、中国商館やドイツテーラー、米国聖書会社などの重厚な煉瓦造りの建物が並んでたというのです!
このあたり、ちょっと掘ればまだまだ発掘できそうです…ぜひ、掘らせて欲しい…。
赤煉瓦でお腹いっぱいになりながら、ゆっくりゆっくり走って新横浜方面へ。
途中で潜った地下鉄・馬車道駅の構内にストリートピアノを発見。
どこもかしこも悲しいのう。
本当ならこの3連休、Jリーグなどスポーツイベントで賑わっているはずの横浜国際競技場、日産スタジアムへ。
小机フィールドから日産スタジアムを仰ぎます。
サブトラックとはいえ、8レーン完備の全天候型、小机フィールドは立派ですね。
学生時代はこのスタジアムなど影も形もなく、関東インカレは国立競技場で行われていました。
国立のサブトラ=アップゾーンは競技場の建物の周回にあって、それはそれで確かに便利でしたが 、やっぱりこっちの方が雰囲気あります。
チケットセンターもシャッターを下ろして、だあれもいない…悲しいのう。
歩いたり走ったりで15kmを超えて、ちょっと疲れて参りました…自力で帰宅は諦めて、忌々しいマリノス・ストリートを通って最寄りのJR横浜線小机駅へ。
お腹も空いたので、町中華でもあればビールと餃子など!と思いましたが見当たらず…とほほと駅ホームへ。
しかーし!町中華はなくとも、こんなところにもあった、まさかの赤煉瓦!
線路下に見える用水路は、確かに赤煉瓦!
家に帰って、早速調べねばッ!!!
国立のサブトラ=アップゾーンは競技場の建物の周回にあって、それはそれで確かに便利でしたが 、やっぱりこっちの方が雰囲気あります。
チケットセンターもシャッターを下ろして、だあれもいない…悲しいのう。
歩いたり走ったりで15kmを超えて、ちょっと疲れて参りました…自力で帰宅は諦めて、忌々しいマリノス・ストリートを通って最寄りのJR横浜線小机駅へ。
お腹も空いたので、町中華でもあればビールと餃子など!と思いましたが見当たらず…とほほと駅ホームへ。
しかーし!町中華はなくとも、こんなところにもあった、まさかの赤煉瓦!
線路下に見える用水路は、確かに赤煉瓦!
家に帰って、早速調べねばッ!!!










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