ボクシングマガジン1989年3月号から連載されたボクシング講座「渡辺二郎のHOW TO BOXING」がこのスポーツを学ぶ最も優れた教本であることに異論を唱える人はいないでしょう。

ボクシングの入門書にもかかわらず、第1回から「ボクサーとしての才能がないと気づいたら、やるべきではない」と言い切ってしまう残酷さ。

当時、ボクシングが大好きで甘噛みしていた私はその一行にドキッとしました。 

「第2回ロードワーク」でも「走るスタミナとリングの上のスタミナは関係ない」と言い切り、「精神的に鍛えるだけだが、それは無意味ではない」「距離やスピードではなく4回戦の選手なら16分、10回戦なら40分、リングにいる最も長い時間を想定して走れ」と実践を書いていました。

「第8回リードブロー」では「ジャブを制するものは世界を制す」なんて単純なジャブ論ではなく、前の手の使い方を多角的に教えてくれました。

「第13回コンビネーションブロー」では「ここ(初心向け)では4つ目のパンチの連系までを説明しよう」と書いてあり、「4つ目のコンビネーションなんてもうすでに高等技術なんですけど…」とうろたえましたが、様々なパターンをわかりやすく説明。

「同じポイントに4つ打ち込むコンビネーション」まで書かれていました。

そういえば、マイク・タイソンの試合解説で史上最年少のヘビー級王者の身体能力を絶賛しながらも「ナンバリングシステムは悪い癖をつけるかもしれない。コンビネーションは臨機応変が命。パターンではなくその場の発想でなければならない」と、その後フレディ・ローチが「あの癖は治らない」と匙を投げたタイソンの致命的な欠陥の一つを見抜いていました。 
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私が一番感銘を受けたのは「第17回サウスポー」。

スポーツに限らずあらゆる作業は右利きを前提に考えられ、ボクシングでも左利きは矯正されてきた歴史を紐解き、ジョー・フレイジャーやアレクシス・アルゲリョの例を挙げ「ヘビー級ではサウスポーは世界王者になれない」というジンクスも紹介しています。

そして「ボクシングで左構えが敬遠された最大の理由は、急所の肝臓が相手に近いスタンスになるから」としながらも「オーソドックスの選手にとってサウスポーの練習相手を探すのは大きな苦労だが、サウスポーはその逆」と、スポーツの世界で最も有効な「異質であることの強み」を強調、右利きだった自らがサウスポーになった理由としています。

マービン・ハグラーやヘクター・カマチョ、カオサイ・ギャラクシーら同時代のコンバーテッド・サウスポーについても、強いリードを持っていた利点を説きます。

サウスポーがオーソドックスと戦うときの生命線については「右足と右手は常に相手の左足の外、つまり射程外にして右へ右へ回ること」と、ここは定石を説明。「本来は一番遠いはずの、互いのリードがぶつかるように近いことに戸惑わないオーソドックスはいない」。

「相手のサイドから右フックをひっかける、これが理想」としながらも「サウスポーの右回りを研究してくる相手には、一瞬の左ステップが有効。センスが必要だが、これを見せられた相手は右回りの攻撃に何もできなくなる」。


もう、私たちの前でその深い知見を披露してくれる機会は永遠に失われたのかもしれませんが、それにしてもこのまま封印されたままだとしたら、あまりにも惜しい、惜しすぎる知能と経験です。