【註釈】ここで取り上げるPFPはリング誌に限定します。ほぼ毎月更新している〝瞬間PFP〟の他にリング誌には1980年から2017年まで発表していた〝年間PFP〟ともいうべき「BEST FIGHTER POLL」がありました。
ここで年度を出して書いているのはBEST FIGHTER POLLになります。
*********
フロイド・メイウェザーとマニー・パッキャオ。
メイウェザーが初めてPFPキングの座を掴んだのは2005年のことでした。それから2007年まで3年連続で王座を守りました。
メイウェザーがPFPキングに就いたのは、ロイ・ジョーンズの敗北によるものです。
この「キング敗北型」は、ローマン・ゴンサレス→アンドレ・ウォードの王位移動でも見られました。
メイウェザーがPFP王座から降りたのは敗北したからではなく、引退によるものです。2007年12月8日のリッキー・ハットンとのメガファイトに勝利したマネーは、翌年6月6日に引退を宣言。
この「引退型」にはアンドレ・ウォードも該当しますが、ウォードはBEST FIGHTER POLLには縁がなく2016年の2位が最高位でした。
ウォードは、PFPキングのロマゴンが2017年9月9日にシーサケット・ソールンビサイに撃沈されたことでキングに昇格。ウォードの引退で2位から昇格したのがゲンナディ・ゴロフキンです。
当たり前のことですが、キングの引退には2位の昇格が伴います。
2008年、メイウェザーの引退で昇格したのがパッキャオでした。
そして、2007年のBEST FIGHTER POLLを選考委員15人から満票でキングに推されえたメイウェザーから王座を継いだパッキャオもまた満票でPFPキングに就いたのです。
2005年から2014年までのちょうど10年。世界最高ボクサーの称号はメイパックによって独占寡占されてしまいます。
この10年間は、メイパック以外のボクサーにとって「失われた10年間」だったのです。
別の時代に生まれていたらPFP1位になれたはずのウィンキー・ライトやジョー・カルザゲ、ファン・マヌエル・マルケス、セルヒオ・マルティネスらのグレートが〝悲劇の2位〟としてその名を刻みました。
そして、2015年に6年間も渇望されたメイパックがついに実現。
瀕死の米国ボクシングに再び一般のスポーツファンを振り向かせる最後にして最大のチャンスと期待され、その恩恵は廃刊寸前のリング誌をも救うとまで思われましたが…。
結果は「ボクシングってつまらない」と全世界に大声で発信してしまう最悪の試合に。
世界中のボクシングファン、スポーツファンが惨めに敗北した中で、リングの上で36分間の安全なダンスを踊った二人は最終ゴングを聞いて抱き合って喜びを分かち合ったのでした。
「やったな。二人合わせて300億円だぜ」。
ボクシング史上最大興行を打ったにもかかわらず、あの年からボクシングのPPVビジネスは下降線をたどり、リング誌に至っては月刊誌から年9回発行の変則季刊誌に転落、ページ数も激減してゆきます。
私もボクシングに幻滅し、20年以上継続してきたリング誌の定期購読をやめようと思いました。
思い出すとだんだん腹立ってきました。
ここで年度を出して書いているのはBEST FIGHTER POLLになります。
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フロイド・メイウェザーとマニー・パッキャオ。
メイウェザーが初めてPFPキングの座を掴んだのは2005年のことでした。それから2007年まで3年連続で王座を守りました。
メイウェザーがPFPキングに就いたのは、ロイ・ジョーンズの敗北によるものです。
この「キング敗北型」は、ローマン・ゴンサレス→アンドレ・ウォードの王位移動でも見られました。
メイウェザーがPFP王座から降りたのは敗北したからではなく、引退によるものです。2007年12月8日のリッキー・ハットンとのメガファイトに勝利したマネーは、翌年6月6日に引退を宣言。
この「引退型」にはアンドレ・ウォードも該当しますが、ウォードはBEST FIGHTER POLLには縁がなく2016年の2位が最高位でした。
ウォードは、PFPキングのロマゴンが2017年9月9日にシーサケット・ソールンビサイに撃沈されたことでキングに昇格。ウォードの引退で2位から昇格したのがゲンナディ・ゴロフキンです。
当たり前のことですが、キングの引退には2位の昇格が伴います。
2008年、メイウェザーの引退で昇格したのがパッキャオでした。
そして、2007年のBEST FIGHTER POLLを選考委員15人から満票でキングに推されえたメイウェザーから王座を継いだパッキャオもまた満票でPFPキングに就いたのです。
2005年から2014年までのちょうど10年。世界最高ボクサーの称号はメイパックによって独占寡占されてしまいます。
この10年間は、メイパック以外のボクサーにとって「失われた10年間」だったのです。
別の時代に生まれていたらPFP1位になれたはずのウィンキー・ライトやジョー・カルザゲ、ファン・マヌエル・マルケス、セルヒオ・マルティネスらのグレートが〝悲劇の2位〟としてその名を刻みました。
そして、2015年に6年間も渇望されたメイパックがついに実現。
瀕死の米国ボクシングに再び一般のスポーツファンを振り向かせる最後にして最大のチャンスと期待され、その恩恵は廃刊寸前のリング誌をも救うとまで思われましたが…。
結果は「ボクシングってつまらない」と全世界に大声で発信してしまう最悪の試合に。
世界中のボクシングファン、スポーツファンが惨めに敗北した中で、リングの上で36分間の安全なダンスを踊った二人は最終ゴングを聞いて抱き合って喜びを分かち合ったのでした。
「やったな。二人合わせて300億円だぜ」。
ボクシング史上最大興行を打ったにもかかわらず、あの年からボクシングのPPVビジネスは下降線をたどり、リング誌に至っては月刊誌から年9回発行の変則季刊誌に転落、ページ数も激減してゆきます。
私もボクシングに幻滅し、20年以上継続してきたリング誌の定期購読をやめようと思いました。
思い出すとだんだん腹立ってきました。

コメント
コメント一覧 (4)
文句を言うのは失礼と理解をしてますが
言わせてください
見た者が茶番と感じたのどちら同じで
非難の度合いで言えば遥かに猪木対アリのが酷かったです
実情は全然違うと思います
フシ穴の眼
が
しました
おいおい····お···終わってしまった、って試合でしたもんね。
でも大丈夫、ちゃんと上には上があります。
猪木/アリ戦とか高田/ミルコ戦とか。慰めになってないかw
フシ穴の眼
が
しました