アスリートにとって敗北は、さらなる高みへ跳躍するジャンピングボートです。

プロ野球のドラフト1位選手は、他の新人選手よりも多くのチャンスが与えられるのが常です。

もっとわかりやすく言うと「何度も失敗する経験を積ませる」のです。

その失敗、つまりは経験を学習して技術に昇華し、一流との対戦を重ねることで精神的にも成長します。

今回のドネアが「井上のパンチは全階級を通じて最強だが、耐えられるのか?」と問われて「それは間違い。もしそうだとしても全階級な訳がない。井上はせいぜいバンタム級で最強かもしれないが、恐らくそれも間違い。ウォータースよりも強いことはあり得ない」と一笑に付しました。

もちろん、アックスマンは強打者ですがフェザーでトップか?と問われたら間違いなく違いました。

ドネアのケースを例に持ち出すまでもなく、ボクシングの場合でも敗北が糧になることが確かにあります。

敗北のたびに本当の自分を取り戻す村田諒太は、ここまでは感動物語ですが3度目があるとしたら喜劇です。 村田のケースは破格の強打者が、軽打のフットワーカーに星を落としたという野球やサッカーの敗北に近い学習ができるものでしたが、あれが全盛期のGGGやチャーロに負けていたら貴重な授業かもしれませんが、それを学ぶ肉体と精神は残されていないかもしれません。
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そして、何よりも井上の場合は敗北したのではなく、苦労の末に勝利を手に入れたのです。

ただ、プロボクシングの1敗は、特にエリートファイターにとって二つの大きな意味を持ちます。

一つ目は商品価値です。無敗であることはそれがどんな内容であれ、一定の意味を持ちます。

もし、テリー・マーシュが無敗の世界王者のまま引退してなければ、多くの人がその名前を思い出すことなく、忘却の彼方に打ち捨てていたでしょう。

ロマチェンコの唯一の敗北はオルランド・サリドのダーティファイトに巻き込まれながらも、最終回はダウン寸前まで追い込んだもののSDで惜敗。あの試合は「あってはいけないことだがジャッジが気回し・忖度すべきだった」という意見が根強くあります。

確かにロマチェンコのレコードが無敗だったなら、商品価値はさらに上がっていたでしょう。

今回の井上はスコア的には完勝ですが、過去18戦では透けてもいなかった欠点がはっきりと見えました。


そして、もう一つはボクサー個人の問題です。

ドネアは2001年にデビュー2戦目を判定で失ったものの、2013年にギレルモ・リゴンドーに封印されるまでの12年間、世界レベルでは無敗の快進撃を続けました。

そして、2014年にはニコラス・ウォータースの斧に斬り倒され、キャリア初のKO負けまで喫してしまいます。

もし、あの二人に勝っていればドネアの評価は「一発殿堂確実」をコンクリートしていたはずです。今も殿堂有力ですが「5年→3年スパン」になったことで、同時期に引退した面子に左右されそうです。

あの忌々しい敗北は若いジェシー・マグダレノに自信を植え付け、狡猾なカール・フランプトンに余裕をもたらしました。ドネアもまたいわゆる〝魔法のガウン〟を剥ぎ取られた体験者です。

そして、リゴンドーとウォータースはドネアの未来の対戦相手を勇気づけただけでなく、ドネアのボクシングを心身ともに破壊したのです。

記者会見でリゴンドーに自らの眼を指さし「よく見てなきゃ痛い目に会うぜ」と挑発したドネアに、キューバのジャッカルは「明日、その目を潰してやる。これは脅しじゃない。それほどの力量差があることをわからせる」と応じて、その通りに実行しました。

ボブ・アラムは「再戦条項を行使する」と嫌がらせをし、ドネアが拒否。「ボクサー・ファースト」のゴールデン・ボーイ・プロモーションへの移籍が阻まれれ、トップランクから苛酷なマッチメイクを突きつけられるフィリピーノ・フラッシュは消灯寸前、のちのマイキー・ガルシアのように2年のブランクを作ってでも戦うことでフリーの立場を手にいれるには、ドネアは歳を取りすぎていました。

ウォータース戦は2ラウンドに見せ場は作ったものの、頑強さ以外はフェザーで傑出したものを持たないジャマイカ人にパワーはもちろん、スピードでも押されてしまいます。そして、敗北後は入院を強いられるなど大きな傷を負ってしまいました。

ソフトな復帰戦を挟まず、トップランクは執拗に強豪をぶつけようとし、バルガス戦のサインを迫られた時点でドネアが屈辱のギブアップ。

トップランクは「ドネアとの契約期間はまだ残っているが、リリースする。違約金も放棄する」と武士の情けを見せますが、アラムがあちこちで自慢しているように「トップランクのハイレベルの戦いにドネアから泣きが入った」と最後まで嫌がらせ。

話はブレますが、トップランクとゴールデンボーイプロモーションを手玉にとって二重契約、その状況を逆手にとってデラホーヤ戦まで手に入れて、最後は残留を懇願するアラムを蹴ってアル・ヘイモンに鞍替えしたパッキャオは、人情の欠片も持たない守銭奴、奴こそが本当のマネーです。

さとうれいこさんの言うことは「ドネアはトップランク入りするという井上を通じてアラムに強烈なメッセージを送る動機付けもあった」ということでしょう。

オスカー・デラホーヤを小間使扱い扱いするカネロも、一般社会では唾棄される思い上がりにもほどがある若造です。

自分との試合に勝つことを条件に、そのトップランク傘下に入る井上にドネアは何を感じていたでしょうか。

ーーー話、戻って。

ボクシングにおける敗北の怖さは、興行的な商品価値よりも、精神的・肉体的ダメージが深刻過ぎるのです。そして、ボクシングにおける敗北がきっかけで、学習するどころかその技術が雑になっていくこともまた、これまで何度も見られたケースです。

マイク・タイソンやドナルド・カリー、ロイ・ジョーンズJr.はもちろん、ファンマ・ロペスもアンドレ・ベルトもエイドリアン・ブローナーも無敗時代には小さな瑕疵にしか見えなかった欠点が、たった一つの敗北で癌細胞のように大きく増殖してその醜い姿を現し、彼らにしつこく付きまとい、ついに離れることがありませんでした。

彼らは敗北で何かを学んだかもしれませんが、現実のリングではその学習効果を発揮できないどころか、ボクシングの質が明らかに低下してしまったのです。

長谷川穂積も確かにディフェンスに大きな欠陥を抱えていましたが、その鋭く破壊的なスタイルはモンティエル戦を境に崩落してしまいました。

木曜日の井上尚弥は敗れたわけではありません。本人が語るように、ドネアから多くのものを学んだのかもしれません。

しかし重傷を負った右目と「あと皮膚一枚で筋肉に達していて、ストップされるほどの深さだった」というその傷は、完全に癒えることはないかもしれません。

そして、何より「触れなば倒れる」の域に達していた強さを見せつけていた井上にとって「完全な形で世代交代」と挑んだリングで、まさかの大苦戦。肉体的にはもちろん、精神的にも大きなダメージを負ったことは想像に難くありません。

この大苦戦で学んだことはどう生かされるのか?この授業をうけたことによって「降りてきた」(パヤノ戦)というような天衣無縫に赤信号を送るブレーキが増えないでしょうか?

ルディ・エルナンデスがPFP1位と惚れ込んだ「絶妙のタイミング」を見失ったとき、無くしてしまうのはそれだけで済むでしょうか?

もちろん「楽しかった」というのも本音かもしれませんが、それだけであるはずがありません。

ただし、井上がタイソンやロイらと決定的に違うことが二つあります。

一つ目はもちろん、負けていないことです。本来なら、衝撃的な番狂わせに敗れた彼らと井上を同列に語るべきではありません。ただ、彼らと同様に井上もまた過大評価のガウンを羽織っていたことも間違いありません。

もちろん、オッズも予想もPFPも世間が勝手に決め付けた数字に過ぎません。

「リゴンドーやウォータースよりも下」と井上を見切っていた以前に、ドネアは「私は今までの相手とは違う。井上を過剰に恐れることはない」と語っていました。つまり「私には魔法のガウンは見えないよ」ということです。

やはり同じ言葉を口にして番狂わせを起こしたバスター・ダグラスやアントニオ・ターバー、フェルナンド・モンティエルらに、タイソンらガウンを重ね着していた王者は脆くも崩れ去りました。

しかし、井上は自分を恐れない老雄の強打と真っ向から打ち合い、打ち勝ったのです。

そして二つ目は井上のボクシングと向き合う姿勢です。

タイソンやカリー、ロイ、ファンマ、ベルトは論外にしても、長谷川ですら自身の能力に溺れた言動を繰り返していました。「パッキャオは以前は対戦相手として考えていたが、ウェルターに行ったらさすがにもうない」「ガンボアやファンマには勝てる。ジョニゴンはごちそう様」「ぼくは打たれ強い」・・・。

しかし、豪奢なガウンを羽織っていたにもかかわらず井上にそんな驕慢をカケラも見たことがありません。エマニュエル・ロドリゲスを「(フェイスオフでにらみ合って)気が弱い」「(マロニー戦を観戦して)本当は強いのかな?」と漏らしたのは驕慢ではなく、完全に格下だと確信したからでしょう。

長谷川や西岡、山中、内山ら近年ボクシング界を牽引してきたスター選手が対戦を希望する相手の名前を公言していたのに対して、井上の口からはそれがほとんど聞こえてきません。今回のようにウーバーリを〝逆指名〟するなんて初めてでしょう。

「米国でやるには最低でもフェザーでないと」と言いながらもサンタクルスらの名前を出さないのは、そこが大目標なんかじゃないからでしょう。

ただ、そんな井上がウーバーリという具体的な名前を出し「最低でもフェザー」つまりは最高なら?という未来図についても、当面は「バンタム級には倒すべき相手がいる」と口にしてしまったことは、何かを悟ったのかもしれません。

井上の未来に、厚着のガウンを引き剥がされたタイソンやロイ、ファンマ、ベルトのような〝転落〟や〝技術までも劣化〟が待ち構えていないことを祈るばかりです。

そして、また再び。井上尚弥の頭上に崇高な「何か」が降りてくるリングがありますように。

そして、そのときリングで対峙している相手が文句無しの旬の強豪でありますように。