萩生田光一文部科学大臣が来年度から始まる大学入試共通テストで採用される英語の民間試験について「身の丈に合わせてがんばって」と発言したことが、大きな議論を巻き起こしています。

教育は平等という絶対理念の破壊を容認する発言だ、ということです。 

「家庭の経済状況や住む場所によって大きな不公平が生じる」なんて誰でもわかっています。

これをボクシングに置き換えてみたら、どうでしょうか。スポーツは最も平等な世界であるはずです。

何度も餓死しそうになるほどの極貧だったマニー・パッキャオが、咬ませ犬の扱いにも喜んでリングに上がり続けて、一晩で100億円以上を稼ぐことも出来る世界です。

しかし、パッキャオの例をもって「ボクシングは不公平のない世界だ」なんて言えません。このブログでも何度も繰り返しているように、ボクシング150年の歴史上でパッキャオのような例外はパッキャオだけです。
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そしてパッキャオの例を出すなら、全く違う始点から同じ最高地点に辿り着いたカネロ・アルバレスというサンプルも持ち出さなければ不公平です。

温室の中に敷設された安全な滑走路を走ったカネロは、間違いなく離陸してしまいました。フロイド・メイウェザーに喫した1敗も、今となっては安い授業料です。

撃ち落とすのは非常に難しい高度まで上昇しました。

Bサイドの選手は「身の丈に合わせてがんばる」しかないのでしょうか。

鼻持ちならない赤毛の坊ちゃんに難癖をつけられるとしたら「全盛期の強豪と戦ってみろ」ということぐらいです…。