ミドル級の歴代最強は誰なのか?

その続きの前にかつて「呪われたミドル」と呼ばれた逸話をご紹介していきます。

ボクシング全盛期にヘビー級に次ぐ人気を誇り、華やかな現役生活を享受したスター選手が悲劇的な最期を迎えてしまうのはある意味当然の筋書きなのかもしれませんが、それにしてもその音色はどこまでも悲しい旋律です…。



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1910年10月15日、ミズーリ州コンウェイの牧場で2発の銃声が響いた。

この瞬間、ミドル級に忌々しい呪いがかけられてしまったのだ。牧場でトレーニングに励んでいたスタンレイ・ケッチェルが胸を撃ち抜かれて殺されてしまった。

稀代の名王者を射殺したのは農夫ウォルター・ディプレー。恋人のゴルディ・スミスがケッチェルに寝取られたと38口径リボルバーの引き金を引いた。

ケッチェルはまだ24歳。

現役の世界ミドル級王者The Michigan Assassin(ミシガンの暗殺者)はジャック・ジョンソンとの再戦に燃えていたが、雪辱を果たす機会も永遠に失われてしまった。

後年「ディプレーとスミスは美人局の強盗だった」という説もまことしやかに流されたが、もはや事実は確かめようもない。確かな事実は無限の未来があったはずのミドル級の才能が殺されてしまったということだけだ。


1917年5月24日。リング誌初代編集長になる前のナット・フライシャーがミドル級史上屈指の天才と評したレス・ダーシーが肺炎のために亡くなった。

「ケッチェル以上の才能」と言われたミドル級史上最高の才能が開花する様を、ボクシングファンが見ることは永遠に訪れることはない。

世界王者アル・マッコイとのタイトルマッチが内定していた矢先の悲劇だった。


1926年10月22日。ハリー・グレブは現役時代から眼の手術を受けた。

手術前の医師の「失明寸前で数年前からほとんど見えていないはず」という診断は衝撃的だった。なにしろグレブはまだ現役だったからだ。

ほとんど見えない眼で戦ってたのか!!

しかし、手術は失敗したどころかグレブの命までを奪ってしまう。

宿敵でのちにヘビー級王者となるジーン・タニーは「お前と戦えたことを誇りに思う。ほとんど見えない眼で戦っていたなんて!お前がどれほど強かったか、俺が世界に知らしめてやるからな!」と号泣しながら棺を担いだと伝えられています。


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「呪われたミドル級」も同時並行で続けていきます。

さて、ミドル級ワールドカップのプール発表も残すはあと4つ…。


プールG
シード:ジェイク・ラモッタ
[伝説部門]
トニー・ゼール
[近代部門]カーメン・バシリオ
[現代部門]ジェラルド・マクラレン
[現代部門]バーナード・ホプキンス

 シードに陣取るのは「本家レイジング・ブル」ラモッタ。スタンドには親交の深かったマフィア連中に混じってロバート・デニーロとアル・パチーノの姿も。

シュガー・レイ・ロビンソンに初黒星をつけたラモッタは最もマフィアとの結びつきが強いとみられ、決勝でロビンソンと7度目の対戦となるオッズは1.00倍。結果もラモッタの1.00倍だが…。

伝説部門からは「鋼鉄の男」ゼール。殿堂創設のきっかけとなったバシリオは勇気と不屈のファイター。

現代部門からは脅威のパンチ力でクロンクを体現したマクラレンと、50歳迄世界の第一戦で戦う素地を、ミドル級で磨いたホプキンス。



プールH
[伝説部門]ハリー・グレブ
[伝説部門]セフェリノ・ガルシア
[近代部門]ランディ・ターピン
[現代部門]ジェームス・トニー

 のちの世界ヘビー級王者ジーン・タニーからも勝利を収めている「ピッツバーグの人間風車」グレブはプロで300試合以上を戦った、これぞ伝説の王者。

ガルシアはヘンリー・アームストロングの4階級制覇を阻止したフィリピンの防波堤。 ターピンは史上最大の番狂わせでロビンソンからタイトルを奪ったが、引退後37歳でピストル自殺してしまった悲劇の英雄。

このミドル級の深海のようなプールHで戦える現代ボクサーはトニーしかいない。