ボクサーとトレーナー、そのペアは儚い男女の仲よりもさらに軽くて遥かに脆弱、引退まで添い遂げることなどありえません。
モハメド・アリとアンジェロ・ダンディ。


やはりダンディとシュガー・レイ・レナード。

エマニュエル・スチュワードとヒットマン・ハーンズ。
 
マービン・ハグラーとペトロネリ兄弟。

カネと栄光と毀誉褒貶の竜巻に晒されながらも、強固な絆の手を最後まで離さなず握り続けたコンビは、奇跡と呼んで差し支えない、極めて稀なサンプルです。

カネロ・アルバレス はチェポとエディのレイノソ親子と、グローブをはめたときからのコンビですが、完全に〝家族〟です。今後、手痛い敗北を喫したときにヒビが入るかもしれませんが…。

永遠と思われたマニー・パッキャオとフレディ・ローチですらも、一度袂を分かっています。

敗北がトレーナーへの不信を芽生えさせること、失敗をトレーナーに責任転嫁することはよくあることです。

そして、カネの問題です。

ボクサーは成功は自分が成し遂げたと考えがちで、トレーナーは私なしで成功はなかったと信じています。

それでも勝利なら、まだマシです。

敗北とカネの問題。この二つの複雑で陰鬱なハードルと同時に直面しながら、二人三脚でクリア出来るカップルなどいるわけがありません。

悲しいかな、自分を正当化し、カネに目が眩むのが人間の本質です。

ゲンナディ・ゴロフキンと、アベル・サンチェスもまた、多くのファンとメディアが永遠と信じた2人でしたが…。

先月24日、GGGがサンチェスとの決別を自身のインスタグラムで発表。

This was not an easy decision for me and it is not a reflection on Abel’s professional abilities. He is a great trainer, a loyal trainer, and a Hall of Fame trainer.これは簡単な決断じゃなかった。アベルの能力に不満があったわけじゃない。彼は殿堂入りの偉大なトレーナーだ。

二人は2010年から足掛け9年にわたってコンビを組み、偉大な足跡を残してきました。

2004年アテネ五輪銀メダリストのGGGは、カリフォルニア州ビッグベアの高地に構えるザ・サミットジムに辿り着くまでに、フレディ・ローチやロベルト・ガルシアら当代きっての名門ジムの門を叩きましたが、色よい返事はもらえませんでした。

五輪メダリストの看板はあっても、カザフスタンという米国にファンベースのない国籍、おとなしい見た目に控えめな性格…売り出すのが難しい才能であることは誰にでもわかりました。

ゴロフキンがメキシコ人だったならカネロ・アルバレスはいなかったでしょうし、カネロだから嬉々として戦ったフロイド・メイウェザーは逃亡し続けたでしょう。

もし、GGGが日本人だったなら東京ドームで何度もビッグマッチを行い、ラスベガスと日本の主要都市でメガファイトを交互に開催、村田が憧憬する場所に先に立っていたはずです。

ボクサーとして初めて国民栄誉賞を受賞、日本に中量級を中心とした本物のボクシングブームをもたらしていたかもしれません。


GGGはサンチェスのもとで、カザフスタン人でも注目されるための研鑽を積みます。

ビッグネームが対戦を回避しても粛々と防衛戦をこなし、サンチェスとともに「BIGGG DRAMA SHOW」(スペクタクルな試合)を標榜、コアなファンから絶大な人気を集めます。

しかし、宿願だったカネロ戦は初戦をドロー、再戦を0−2で落としてしまいます。

再戦に向けてサンチェスは「カネロが(興行のタイトルにもなっている)メキシカンスタイルで来るなら試合は早く終わるだろう」と挑発していました。

この発言には多くの専門家やファンも「臆病者のカネロが打ち合いに応じるわけがない」と同意していましたが、トレーナーのサンチェスまでそう信じきっていたフシがあります。

初戦の戦い方を「あんなのメキシカンスタイルじゃない」と同胞からも批判されたカネロが打ち合いを選択する可能性、そしてその展開になった場合スピードとディフェンスで勝るカネロを叩き潰すことは難しいということを、どこまで見据えていたか疑問です。

サンチェスは、再戦でカネロが攻め込んできたのを「思う壺だ」と思ったのではないでしょうか。

結果論ではなく、カネロの攻撃をいなすボクシングに切り替えるのが遅すぎました。GGGも、あの試合でサンチェスが迷い、決断が遅れたことは気づいているでしょう。

もちろん、最大の理由はキャリア初の敗北による信頼関係の揺らぎではありません。



“Money. That’s what the nature of it is, money”  理由はカネだ。ゲンナディはカネが惜しくなったんだ。

サンチェスははっきりと口にしています。

「もう1ヶ月前からわかってた。何度か交渉を重ねたが、妥協点は見つからなかった。報酬の20%カットの提案は受け入れたが、さらに譲歩を迫ってきたから、もう無理だと。私にもプライドがある。あんなに強欲な男だとは思わなかった」。

Sanchez, who described his former protege as “greedy” and “ungrateful” in a statement to the media. 

スター選手の場合、ファイトマネーの10〜15%をトレーナーが受け取ると言われています。カネロ戦を例外にすると、GGGの報酬は多くて約200万ドルでしたからサンチェスの取り分は20〜30万ドル。

それが、カネロ戦では8フィギュア(8桁=1000万ドル単位)に跳ね上がり、DAZNとの契約内容は明らかにされていませんが、6試合3000万ドルレベルと見られています。

もし、サンチェスと契約続行なら300万〜450万ドルを持って行かれる計算です。

サンチェスはGGGを“greedy” and “ungrateful”(強欲の恩知らず)と吐き捨てた言葉について「あいつは変わってないのかもしれない。取り巻き連中やアドバイザーを名乗る奴らがいろいろ吹き込んでいるんだろう。思い返せば、ゲンナディは恩知らずから一番遠い男だった」と撤回。

「もう一緒に戦うことはないだろうが、あいつは凄いボクサー。DAZNとは3年6試合?それくらいならまだまだ誰にも負けないだろう。心の底から健闘を祈る」。



新しい一歩を踏み出すGGGは6月8日ニューヨークMSGで、無名のカナダ人スティーブ・ロールスとスーパーミドル級契約で戦います。

新トレーナーもジョナサン・バンクスに決定。

バンクスは現役との掛け持ちでウラジミール・クリチコを指導していたことでも有名で、個人的にも好きなトレーナーです。

名匠エマニュエル・スチュワードが「ウラジミールのことを頼んだ」とバンクスを〝指名〟したエピソードもふるっています。

その指導法・スタイルに疑問符が付けられていたデトロイトの伯楽と、ボクサーとしての限界を指摘されていたウラジミールの出会いは、二人のグレートが蘇る再生の物語でした。

「俺たちを過小評価している世界をひっくり返えそうぜ」。

危険と隣り合わせと見られていた博打的な印象のあるデトロイトスタイルが、クリチコの巨体にインストールされたとき、強烈な火力と難攻不落の防御を両立させたボクシングスタイルの完全版に昇華したのです。

話が横道に逸れそうなので、GGGの復帰戦に戻します。

ロールスは無敗の北米ミドル級王者とはいえ、見事なまでに名前のある選手との手合わせはありません。

 BIGGG DRAMA SHOW が久しぶりに見れそうです。