カテゴリ: これがボクシングだ!

井の中の蛙。

その言葉は、どの世界でも最大級の屈辱です。ましてやスポーツの世界では。

21世紀に入ってから日本ボクシング界は世界王者をかつてないペースで量産し〝黄金時代〟を迎えています。

長谷川穂積から内山高志、山中慎介…日本のエースと目された〝絶対王者〟たちは「世界的な強豪・ビッグネームと戦いたい」と「本物の栄光」を渇望しました。

しかし、意外な相手に足下をすくわれ、その夢は潰えてしまいます。

そして、PFP10傑の前後にランクされていた彼らが番狂わせに沈むと、世界評価も手の平を返します。

「ジャパニーズパッキャオ」は「階級最弱王者にグラスジョーだけでなく過大評価も打ち砕かれた」。

「130ポンドで最も重いパンチ」は「ノロノロと大砲に弾を込めている間に台座ごと破壊された」。

「全階級を通じて最強の左」は「防衛戦の相手に旬の強豪はたったの1人もいなかった」。

IMG_1250
階級制スポーツはその時点で「本物の栄光」が見えにくい宿命を背負っています。シュガー・レイ・ロビンソンは「本物の栄光とは何か?」という命題に満点回答を示したグレートでした。


上っ面だけの黄金時代。エースは世界に出る前に井戸の底で腐ってしまった蛙。

もしかしたら小さな階級と井戸を飛び越える才能があったのかもしれませんが、その機会が与えられないまま、彼らの刀は錆び付いてしまいました。

「過去最多の世界王者」。

そんな表現で語られる今の〝黄金時代〟は同一団体でも複数の王者を量産する蒙昧な四団体を受け入れた時点で誰にでも予想出来た掛け算、当然の帰結です。

今は虚飾の黄金時代です。

「本物の栄光」って何でしょうか?

4つの承認団体が量産するアルファベットのチャンピオンベルトが世界一の称号でないことは、誰の目にも明らかです。

怪しい同族経営の承認団体が承認料だけでなく、50万円前後で売りつけてくるチャンピオンベルトにどれほどの価値があるのでしょうか?



尚且つ、五輪の金メダルにサッカーワールドカップの優勝トロフィー…栄光の象徴は王者に無償で贈られるもので、IOCやFIFAから購入するものではありません。

それなのに、奴らは厚かましくもそれを売りつけてくるのです。

では、承認料やベルト代を支払わなくても認定され、贈られるリング誌王者とベルトには価値があるのでしょうか?

我田引水のアルファベット団体では実力の怪しいボクサーの間で穴王者決定戦が行われたり、どう考えても世界基準にない雑魚挑戦者を相手に防衛戦を重ねるなんてことが、日常的に行われています。

それに対してリング誌は独自のランキング(といってもアルファベット団体とは比較にならない納得できるものです)の1位と2位が争って王者を決定します(特別に認められた場合は1位と3位でも)。

しかし、プロモーターやテレビ局など複雑な利権が絡む強豪同士の激突を実現させるには、いくつもの大きな障害物と高いハードルを跳躍しなければなりません。

ゆえに現在のリング誌タイトルは、17階級中10階級が空位のままです。それでも7人も王者がいるのはむしろ多い方なのです。

裏を返すと階級最強決定戦は、滅多に行われないということです。

しかも、そのリング誌王者7人ですらUndisuputed Champion、他に王者を名乗ることを許さない完全統一王者、議論する余地のない王者は1人もいないのが現実です。 ※クルーザー級の完全統一王者オレクサンダー・ウシクはヘビー級転向を決定、WBA王座を返上するなどタイトルは再び液状化しています。 



 
弥勒菩薩とは「次のブッダが約束された修行者」のことだそうです。

解脱した人間〝ブッダ〟などが存在するわけがないように、完璧なボクサーなんてのも幻想です。 

それでもゴータマ・シッダルタという修行者は実在しました。

旬の強豪・ビッグネームに一度も勝っていない彼もまた、道半ばの修行者に過ぎません。そして彼もまた、意外な相手にその足下をすくわれてしまうかもしれません。

「道半ば」という表現は正しくないですね。そんな道など、このスポーツにはそもそも存在しないのですから。

かつてこのスポーツにも目にみえる栄光への一本道がありました。今や野球やサッカーは、その頂点へのロードマップが詳らかにされています。

しかし、彼には地図も道標もありません。それなのに、いやそれだから外野は勝手なことをさもわかった風に語ります。

バンタムに目ぼしい相手はいないから、ジュニアフェザーを統一しろ。

バンタムは穴階級だから、米国でも認められるフェザーへ上げろ。

ラスベガスかマジソンスクエアガーデンで戦え。

「本当の栄光」が何なのか、どうすればそれを手に入れることができるのか、それがわかっていないのは、思いつきで勝手なことを口走るメディアもファンも同じです。

道なき道を往く若き修行僧。
 
格好いいじゃないですか。

「MLBでホームラン王になる」「男子サッカーでバロンドールを獲る」。それが偉業であることは馬や鹿でもわかります。

「本物の栄光」とは何なのか。どうしたら偉業なのか。それがわからない真っ暗闇のボクシングで、彼が一本の松明を持ったことは間違いありません。

これから彼が何を照らしてくれるのか、私たちをどこに連れて行ってくれるのか。彼のことですから、もしかしたら、もう一本、別の松明を隠してるかもしれませんね。

ボクシングファンの皆様と、純粋に楽しみたいと思います。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

悲しいかな、24日に名古屋で行われたWBO世界フライ級タイトルマッチ、遅ればせながら録画観戦です。

結果も内容も知ってしまった試合だけに、色んなバイアスがかかってましたが、個人的には115-113で田中勝利でした。

どっちに振るか迷うラウンドが初回からありましたし、ドローも納得です。

間違いなくクロスゲームでしたが、いわゆる〝ラスベガス・スコア〟なら田中の117-111もありかもしれません。

まー、とにかくいい試合でした。

このブログでもよく取り上げてますが、軽量級の魅力を説き続けているESPNの編集委員で元リング誌編集長のナイジェル・コリンズっておじいちゃんがいます。

彼もこの試合を見たでしょうが、きっと「これがボクシングだ」と狂喜乱舞したはずです。

2ラウンドの田中のカウンター、お見事でした。あのダメージから反撃したチャンピオン木村の逞しさは、同じくお見事でした。 
IMG_1152 (1)
田中恒成の入場曲はフレディ・マーキュリーのI was born to love you。木村翔は竹原ピストルのFoever Young。いやいや二人とも、素晴らしい選曲です。 

田中は、もっと上手に戦える技術を持っているのに、その戦いの中で相手の良さも引き出そうとすることが、ままあります。それは、あたかもプロレスラーのように。

いわゆる〝メキシカン・スタイル〟なのですが、エリートには有るまじき性癖です。

対する、チャンピオンの木村は生粋の〝メキシカン〟。

この舞台が西海岸で、二人がメキシコ人か、メキシコ系アメリカ人なら、間違いなく年間最高試合の筆頭候補に挙げられたでしょう。そして、二人の人気が沸騰していたのは間違いありません。

今から12年も前、2006年に二人のメキシコ人、ジョニー・ゴンザレスとフェルナンド・モンティエルが WBOバンタムのタイトルを争った時、リング誌をはじめ多くのメディアが「マルコ・アントニオ・バレラとエリック・モラレスの後継者候補。素晴らしい試合になる」と煽りましたが、内容はどちらも危険を恐れて冒険をしない塩分過多の凡戦、期待は幻滅に変わります。

ファンもメディアも「これからスターダムの坂道を登ろうとするボクサーにはあるまじき小さな心。二人とも大成はしない」と一刀両断しました。

現実にはその後、ゴンザレスは二階級制覇。モンティエルも三階級制覇を成し遂げましたが、彼らと「バレラとモラレス」が比較される日は二度と訪れることはなく、二軍のままキャリアを終わろうとしています。

ジョニゴンもモンティエルも「絶対に負けられないという思いが先行してしまった」と、あの試合を回想するように、同国人対決にはプライドや意地や見栄が複雑に絡み合います。

そうした、見えない呪縛を振り解いて「負けたくない」なんてマイナス思考ではなく、「あいつに絶対に勝つんだ」と真っ向勝負を展開したバレラvsモラレス、木村vs田中は素晴らしいスピリットの持ち主です。

一発殿堂の「バレラとモラレス」と、「ジョニゴンとモンティエル」や、まだまだこれから実績を積み上げる段階の「田中と木村」を並列に語るべきではないかもしれません。

それでも、バレラとモラレスにあって、ジョニゴンとモンティエルに欠落していたものを、田中と木村が見せてくれたことは事実です。
 
読売新聞の「内山高志の目」で自身も二度の日本人対決を経験している内山が「歴史に残る日本人対決」と評価し たのも頷けます。

 内山は116−112と試合を採点、「田中が引かずに(フッカーの木村に対して)すぐにストレートを打ち返した。木村はもう少し(速く着弾できる)ジャブやストレートを当てることができれば展開は変わっていた」と勝負のポイントに挙げています。

確かに、その通りですが、ジャブやストレートを起点に攻撃を組み立てていては、木村の〝暴風雨スタイル〟は成り立ちません。それじゃ、暴風雨じゃないのです。

木村に〝タラレバ〟があるとしたら、海外での前戦から二ヶ月も経たない短いスパンで、キャリア最強の相手をアウエーで迎えなければならなかったことでしょう。

この試合間隔の短さが、木村にとってプラスだったのかマイナスだったのかと考えると、マイナス要素の方が大きかったのは間違いありません。

もっとフレッシュな状態で、中京の俊才と戦わせたかった…。

もちろん、こんなタラレバはファンがのたまう戯言に過ぎません。

木村翔は、負けたのです。

ボクシングにおける敗北は、他のスポーツのそれとは全く意味合いが、重大さが異なります。

他のスポーツでは敗北は簡単に忘れられ、乗り越えることも出来ます。

たったの1敗ですら 、ジョージ・フォアマンやトーマス・ハーンズはその軛に苦しみ続けました。

しかし、木村翔のこの敗北は、少なくともファンにとっては「また、あなたの面白い試合が見たい」というリクエストの熱量を引き上げるのに十分過ぎる、大きな〝勝利〟を収めた試合でした。

この夜の木村は、田中の引き立て役では、決してありませんでした。

月並みな言い方、ベタベタで申しわけありませんが、この試合のBiggest Winnerは、田中ではありません。もちろん、木村でもありません。

ボクシングファンです。 

ファンを勝者にしてくれる試合なんて、滅多にありません。

そんな、貴重な試合を見せてくれた二人に感謝、感謝、感謝です。  
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

承認団体が4つも乱立する時代ですが、バーナード・ホプキンス(2004年ミドル級)に続いて、テレンスクロフォード(2017年ジュニアウェルター級)が自力での統一、史上二人目のUndisputed Champion となりました。(※ジャーメイン・テイラーも、ホプキンスに薄氷の判定勝ちで Undisputed Champion になりましたが、自力ではありません)。

四団体時代は、複数階級制覇を安易にしてしまいました。今や、三階級が毎年何人も生まれるバーゲンセール状態です。

一方で、Undisputed Champion になることは、団体増殖でプロセス上は非常に難しくなっています。1988年設立のWBOが軌道に乗った1995年頃を起点としても、25年近くもの時間でたった二人しかその座に就くことが出来ていないのが現実です。

しかし、史上三人目の「議論する余地のない王者」が誕生しそうです。しかもヘビー級で。

IMG_0680
リング誌7月号は「ROAD TO UNDISPUTED!」(完全統一への道!)と題してヘビー級を大特集しています。

WBC王者デオンティ・ワイルダーをアル・ヘイモンらと共同でマネジメントしている、シェリー・フィンケルは日本時間6月12日「ワイルダーがエディ・ハーンからのオファーを承諾した。9月15日に WBA/WBO/IBF王者アンソニー・ジョシュアと英国ウェンブリースタジアムで戦う」とリング誌に話しました。

すでにジョシュアに5000万ドルの報酬を提示しているワイルダー陣営を代表してフィンケルは「これでジョシュアが受け入れなければファンも黙っていないだろう」とAJを挑発することも忘れません。

当のハーンのコメントがまだ届いていないのが心配ですが、フィンケルは「2試合契約で初戦を英国、次戦を米国と〝ホーム・アンド・アウェイ方式〟で行う」という内容が英国の敏腕プロモーターから提示されたと言います。

ただし、現時点では交渉成立という報道ではありません。油断は出来ません。

さらに、9月15日といえば…そうですゲンナディ・ゴロフキンvsカネロ・アルバレスのメガファイトが実施される可能性がまだ残されているのです。

マイク・タイソンのマンージャーもつとめたフィンケルは「ワイルダーvsジョシュアは米国西海岸時間で昼間に行われるから、二つの試合はバッティングしない」と言いつつも「9月15日を避けて試合をセットする可能性もある」と含みを持たせています。

普通に考えると、GGGvsカネロはもちろん、ワイルダーvsジョシュアも高額のPPVになるはずですから、「時間帯が違うから」どころか「同じ月」でも互いの売上に悪影響を与えることは確実です。

時期的に考えても、GGGvsカネロの決裂で一気に進んだ交渉とみられます。より大きな興行であるGGGとカネロの再戦が、急転直下で成立するとご破算になりそうな雲行きです。

GGGとカネロの再交渉の期限が日本時間の木曜日とされてますから、そこでやっぱり決裂となると実現の可能性も膨らみますが…さて、どうなりますやら?
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

↑このページのトップヘ