村田諒太が口にした「東京ドーム」。

村田が夢を現実にしても、この巨大スタジアムのリングに上がった最初の日本人ではありません。

1990年2月11日、マイク・タイソンが沈んだ世紀の大番狂わせ「東京ショッカー」のリングにデビュー2戦目の辰吉丈一郎が登場しました。ちなみに、このリングにはノリ・ジョッキージムを大逆転で下した高橋ナオトら、他にも日本人ボクサーが上がっています。

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【=画像は「ボクシングマガジン緊急増刊号「不死鳥伝説 辰吉丈一郎」から= …1997年11月、日本ボクシング史上最も感動的な試合の一つ辰吉丈一郎vsシリモンコン・ナコントンパークビューの決戦は大阪城ホールで行われましたが、入場者数は1万1000人、「巨大スタジアム」と呼ぶのは憚られます。

「(感動で)鳥肌が立つことはこれまでもありました。でも試合が終わった時に膝がガクガクしてた、こんなことは初めてです」とリングサイドで語ったイチロー。

同年4月のダニエル・サラゴサ戦では、何も告げずにリングサイドに席を取ったイチローでしたが、この日はゴングまで数時間しかない16時になって「試合を見に行きます」と辰吉に電話しました。

「サラゴサ戦のように傷ついて負ける姿は見たくなかったし、最もデリケートなタイミングなのはわかっていましたが、とにかく胸騒ぎがして…何かが起こるような気がしました。何かが起こる、起こして下さい、と伝えたくて『試合を見に行きます』とだけ電話で告げました」。

このときすでに4年連続首位打者を獲得していた24歳の天才と、27歳の辰吉。あれから21年の歳月が流れましたが、なんということでしょう、二人はまだ現役です。

辰吉「イチローより先に引退はせぇへんよ。絶対負けへんから」
イチロー「辰吉さん、それズルいって!」

今二人が会ったら、こんな会話でも交わすんでしょうか。】



タイソン初お目見えの前年にも坂本孝雄から大番狂わせで日本王座を強奪した吉野弘幸、平野公夫らも東京ドームのロープをくぐっています。

ただし、この2年連続の東京ドーム興行でリングに上がった日本人は、タイソンがらみの前座でした。

村田が目指すのはもちろん前座ではなく、アイアン・マイクのポジションです。

…辰吉、イチロー話で脱線してしまいましたが、次こそは、大観衆を飲み込んだ巨大スタジアムで繰り広げられた伝説の試合を振り返ります。