♦メキシコに最も愛されたスラッガー ルーベン・オリバレス♦
ファイティング原田によって〝ジョフレの軛〟から解放されたバンタム級は、当然のようにメキシコの時代に突入します。
原田から統一バンタム級のベルトを奪ったライオネル・ローズは、アボリジニの血を引くオーストラリア人。34勝2敗。KOは8と少ないものの、東京五輪金メダリストの桜井孝雄らを退け3度の防衛に成功した一流のテクニシャンでした。
そして4度目の防衛戦。1969年8月22日。カリフォルニア州イングルウッド、ザ・フォーラム。
将来、この階級でジョフレに次ぐ評価を受けることになるメキシコの怪物を迎えます。ルーベン・オリバレスです。

オリバレスの戦績は52勝無敗1分、52勝のうちKOは50。ヘビー級でも信じられないKO率です。軽量級には、バンタム級には、こういう化け物が産まれるのです。
ローズを5回KOで屠ったオリバレスは、チューチョ・カスティーヨに敗れ無敗のレコードは止められます。
その後も、ビッグファイトを落とすこともあったオリバレスですが、「勝負弱い」という印象がないのが不思議です。
バンタムの世界タイトルを奪回した後、歌川善介を7回KOで下してフェザー級王座も獲得、二階級制覇に成功します。
恐るべきKO率と、バンタム級時代の破竹の快進撃に注目が集まる軽量級史上最高のボクサーの一人ですが、メキシコのファンをメロメロにさせたのは、そのファイティングスタイルです。
メキシコ人の血を最も沸騰させたボクサーは、フリオ・セサール・チャベスではありません。
真っ向勝負の打ち合いを偏愛したオリバレスこそが、メキシコに最も愛されたボクサーなのです。
*****アルフォンソ・サモラ、カルロス・サラテ、ラファエル・マルケス…オリバレスのDNAを受け継ぐ偉大なメキシカンは、その後もバンタム級から産まれています。
しかし、バンタム=メキシコという極彩色は、時代とともに希薄化して行きました。
1980年代になると、ミゲール〝ハッピー〟ロラ(コロンビア)、オルランド・カニザレス(米国)のような万能型のバンタムも登場、日本の新垣諭(IBF)、六車卓也(WBA)も短命ながらアルファベットタイトルのピースをピックアップしました。
ローズのオーストラリアからは、剛腕ジェフ・フェネックがバンタム級を強奪、史上最短の三階級制覇への足がかりとなりました。
そして1990年代には辰吉丈一郎が現れ、日本のボクシングシーンに一時代を築きます。
辰吉は刹那の王者でしたが、このWBCのタイトルはその後、ウィラポン・ナコンルアンプロモーション、長谷川穂積、山中慎介と10度以上防衛する長期政権王者が短い期間で現れます。
長期政権が安易に生まれる背景には、承認団体の腐敗がいっそう進み、独善的なランキングを作ることで、弱い挑戦者を選ぶことが一層容易になっているという事実があります。
日本では「強豪王者」と紹介される14度防衛のウィラポンは、けして弱い選手ではないものの、2013年に資格発生の国際殿堂については、全くお呼びでない状況です。
もちろん殿堂の敷居は高い、特にアジアの選手にとっては不当に高い側面もありますが、ウィラポンが評価されない最大の理由は、弱い相手にしか勝っていないからです。
タイ人と日本人が二桁防衛を成功させるWBCの系譜に、本物のクサビを打ち込んだのがノニト・ドネアでした。

日本でも人気のフィリピンの閃光が、バンタム級で戦ったのはたった2試合です。しかし、その異名の通りに一瞬でも強烈な輝きを、この階級で放ちました。
たった2試合しか〝滞在〟することがなかったものの、ドネアが最も強かったのはバンタム級でしょう。
そして、長谷川とモンティエル、ドネア、この三人が揃って「報酬が低すぎる」という理由で参戦を見送ったShowTimeが仕掛けた「バンタム級最強トーナメント」…次回は政治的な思惑に翻弄されたバンタム級のお話です。
ファイティング原田によって〝ジョフレの軛〟から解放されたバンタム級は、当然のようにメキシコの時代に突入します。
原田から統一バンタム級のベルトを奪ったライオネル・ローズは、アボリジニの血を引くオーストラリア人。34勝2敗。KOは8と少ないものの、東京五輪金メダリストの桜井孝雄らを退け3度の防衛に成功した一流のテクニシャンでした。
そして4度目の防衛戦。1969年8月22日。カリフォルニア州イングルウッド、ザ・フォーラム。
将来、この階級でジョフレに次ぐ評価を受けることになるメキシコの怪物を迎えます。ルーベン・オリバレスです。

オリバレスの戦績は52勝無敗1分、52勝のうちKOは50。ヘビー級でも信じられないKO率です。軽量級には、バンタム級には、こういう化け物が産まれるのです。
ローズを5回KOで屠ったオリバレスは、チューチョ・カスティーヨに敗れ無敗のレコードは止められます。
その後も、ビッグファイトを落とすこともあったオリバレスですが、「勝負弱い」という印象がないのが不思議です。
バンタムの世界タイトルを奪回した後、歌川善介を7回KOで下してフェザー級王座も獲得、二階級制覇に成功します。
恐るべきKO率と、バンタム級時代の破竹の快進撃に注目が集まる軽量級史上最高のボクサーの一人ですが、メキシコのファンをメロメロにさせたのは、そのファイティングスタイルです。
メキシコ人の血を最も沸騰させたボクサーは、フリオ・セサール・チャベスではありません。
真っ向勝負の打ち合いを偏愛したオリバレスこそが、メキシコに最も愛されたボクサーなのです。
*****アルフォンソ・サモラ、カルロス・サラテ、ラファエル・マルケス…オリバレスのDNAを受け継ぐ偉大なメキシカンは、その後もバンタム級から産まれています。
しかし、バンタム=メキシコという極彩色は、時代とともに希薄化して行きました。
1980年代になると、ミゲール〝ハッピー〟ロラ(コロンビア)、オルランド・カニザレス(米国)のような万能型のバンタムも登場、日本の新垣諭(IBF)、六車卓也(WBA)も短命ながらアルファベットタイトルのピースをピックアップしました。
ローズのオーストラリアからは、剛腕ジェフ・フェネックがバンタム級を強奪、史上最短の三階級制覇への足がかりとなりました。
そして1990年代には辰吉丈一郎が現れ、日本のボクシングシーンに一時代を築きます。
辰吉は刹那の王者でしたが、このWBCのタイトルはその後、ウィラポン・ナコンルアンプロモーション、長谷川穂積、山中慎介と10度以上防衛する長期政権王者が短い期間で現れます。
長期政権が安易に生まれる背景には、承認団体の腐敗がいっそう進み、独善的なランキングを作ることで、弱い挑戦者を選ぶことが一層容易になっているという事実があります。
日本では「強豪王者」と紹介される14度防衛のウィラポンは、けして弱い選手ではないものの、2013年に資格発生の国際殿堂については、全くお呼びでない状況です。
もちろん殿堂の敷居は高い、特にアジアの選手にとっては不当に高い側面もありますが、ウィラポンが評価されない最大の理由は、弱い相手にしか勝っていないからです。
タイ人と日本人が二桁防衛を成功させるWBCの系譜に、本物のクサビを打ち込んだのがノニト・ドネアでした。

日本でも人気のフィリピンの閃光が、バンタム級で戦ったのはたった2試合です。しかし、その異名の通りに一瞬でも強烈な輝きを、この階級で放ちました。
たった2試合しか〝滞在〟することがなかったものの、ドネアが最も強かったのはバンタム級でしょう。
そして、長谷川とモンティエル、ドネア、この三人が揃って「報酬が低すぎる」という理由で参戦を見送ったShowTimeが仕掛けた「バンタム級最強トーナメント」…次回は政治的な思惑に翻弄されたバンタム級のお話です。
コメント
コメント一覧 (2)
お読み頂きありがとうございます。
大変失礼しました。
世界戦2試合にとらわれて、シドレンコを切り刻んだ一戦を失念しておりました。
ご指摘、誠にありがとうございました。
今後ともよろしくお願い致します。