「112ポンド(フライ級)と118ポンド(バンタム級)の間には、6ポンド(2.72kg)もの大きな開きがある」。
1979年、115ポンドのジュニアバンタム級を新階級に追加したWBCの屁理屈を鵜呑みにしたファンは、当然ながら少数派でした。
世界的な統括団体が存在せず、アルファベット団体と揶揄されることが多いWBA、WBCなどの承認団体が跋扈するボクシングの世界は、まさに魑魅魍魎です。
新階級増設は、承認料を稼ぐ機会が増える承認団体にとって好都合なだけでなく、「世界戦」を打ち、「世界王者」を抱えるチャンスが膨らむ興行側にも短期的なメリットがありました。
階級と王者の増殖が、長期的にはこのスポーツを蝕み、崩壊に導くのは誰の目にも明らかだったにもかかわらず、世界王者乱造には今なお、歯止めがかかっていません。
しかし、歓迎されざる水増し階級に、極めて稀とはいえ、美しい花が咲くことがあります。
その創設時に、最も風当たりの強かったのはストロー級ですが「108ポンド(ジュニアフライ)が最軽量というのは重すぎる」というWBCの妄言に怒りを覚えたファンでも「リカルド・ロペスとローマン・ゴンザレスを産んだだけでも、この階級には意味があった」と言われると、少しは納得するのではないでしょうか。
ジュニアバンタムもまた、ファンとメディアの冷めた目に晒されながらも、ときとして宝石のようなボクサーが生まれてきた38年間を歩んで来ました。
黎明期には渡辺二郎が活躍、その後も鬼塚勝也、川島郭志、徳山昌守と日本からも安定王者が輩出され続けました。
【1992年4月10日に行われたWBA世界ジュニアバンタム級王者決定戦。鬼塚の判定勝利は国内でも「不当判定」と集中砲火を浴びました。鬼塚には何の責任もないことでしたが、この騒動は若く禁欲的な青年の心に大きなトゲを残しました。最強挑戦者、アルマンド・カストロを退けた王者が、涙声で「タノムサクに勝てて…」と思わず口にしてしまった時、その傷がいかに深かったか、世間の無責任な誹謗中傷が彼の心をいかに傷つけていたか、ファンは複雑な気持ちになりました。】
さて、リング誌が1980年から37年間、発表し続けている年間PFP(BEST FIGHTER POLL)で、ジュニアバンタム級でトップ10入りしたことがあるボクサーは、カオサイ・ギャラクシー(8位:1991年)、ジョニー・タピア(10位:1997年)、ノニト・ドネア(6位:2010年)、ローマン・ゴンザレス(1位:2016年)の4人だけです。
カオサイとタピアはすでに殿堂入り。ドネアとロマゴンも、一発殿堂はわかりませんが、殿堂入り確実でしょう。
ちなみに、日本人はこの年間PFPにはまだ誰一人、その名を刻むことが出来ていません。もちろん、ファイティング原田の時代にあれば5位以内も十分ありえたでしょうが…。
この4人に加えて、ジュニアバンタム最強リストにその名前を記さなければならないのは、唯一の3団体統一王者のビック・ダルチニアンが、その筆頭です。
さらに、事実上の統一王者、議論する余地のない王者となった渡辺、その渡辺を破って2期に及ぶ安定政権を築いたヒルベルト・ローマン、フライ級から無敗のまま2階級制覇したオマール・ナルバエスも、最強候補レースの参加資格はあるでしょう。
また、手痛い敗戦が多いとはいえWBA、WBC、IBFの3団体で王者になったクリスチャン・ミハレスもこの階級の顔です。
そして、そして井上も実績という観点ではあまりにも参考資料が少ないとはいえ、これまでのキャリアで見せた瞬間最大風速は、上記9人に加えて差し支えないでしょう。
さて、最も世界的評価が高いロマゴンから見てみましょう。フェザー級以下の軽量級で1位になったのは史上初、それどころか2年連続の1位です。
ただし、ストロー、ジュニアフライ、フライ、ジュニアバンタムと4階級制覇の4つ目、この階級での2試合はカルロス・クアドラス、シーサケット・ソールンビサイと、いずれも苦戦、2試合1勝1敗の星勘定です。
ロマゴンのPFP1位は、明らかに3階級までの圧倒的なパフォーマンスで溜め込んだ貯金です。
クアドラス戦は見方によったら負けもありえましたから、ジュニアバンタムでは2戦2敗でもおかしくない内容なんです。歴代最強はおろか、現役最強でも疑問符を付けざるをえません。
1979年、115ポンドのジュニアバンタム級を新階級に追加したWBCの屁理屈を鵜呑みにしたファンは、当然ながら少数派でした。
世界的な統括団体が存在せず、アルファベット団体と揶揄されることが多いWBA、WBCなどの承認団体が跋扈するボクシングの世界は、まさに魑魅魍魎です。
新階級増設は、承認料を稼ぐ機会が増える承認団体にとって好都合なだけでなく、「世界戦」を打ち、「世界王者」を抱えるチャンスが膨らむ興行側にも短期的なメリットがありました。
階級と王者の増殖が、長期的にはこのスポーツを蝕み、崩壊に導くのは誰の目にも明らかだったにもかかわらず、世界王者乱造には今なお、歯止めがかかっていません。
しかし、歓迎されざる水増し階級に、極めて稀とはいえ、美しい花が咲くことがあります。
その創設時に、最も風当たりの強かったのはストロー級ですが「108ポンド(ジュニアフライ)が最軽量というのは重すぎる」というWBCの妄言に怒りを覚えたファンでも「リカルド・ロペスとローマン・ゴンザレスを産んだだけでも、この階級には意味があった」と言われると、少しは納得するのではないでしょうか。
ジュニアバンタムもまた、ファンとメディアの冷めた目に晒されながらも、ときとして宝石のようなボクサーが生まれてきた38年間を歩んで来ました。
黎明期には渡辺二郎が活躍、その後も鬼塚勝也、川島郭志、徳山昌守と日本からも安定王者が輩出され続けました。
【1992年4月10日に行われたWBA世界ジュニアバンタム級王者決定戦。鬼塚の判定勝利は国内でも「不当判定」と集中砲火を浴びました。鬼塚には何の責任もないことでしたが、この騒動は若く禁欲的な青年の心に大きなトゲを残しました。最強挑戦者、アルマンド・カストロを退けた王者が、涙声で「タノムサクに勝てて…」と思わず口にしてしまった時、その傷がいかに深かったか、世間の無責任な誹謗中傷が彼の心をいかに傷つけていたか、ファンは複雑な気持ちになりました。】
さて、リング誌が1980年から37年間、発表し続けている年間PFP(BEST FIGHTER POLL)で、ジュニアバンタム級でトップ10入りしたことがあるボクサーは、カオサイ・ギャラクシー(8位:1991年)、ジョニー・タピア(10位:1997年)、ノニト・ドネア(6位:2010年)、ローマン・ゴンザレス(1位:2016年)の4人だけです。
カオサイとタピアはすでに殿堂入り。ドネアとロマゴンも、一発殿堂はわかりませんが、殿堂入り確実でしょう。
ちなみに、日本人はこの年間PFPにはまだ誰一人、その名を刻むことが出来ていません。もちろん、ファイティング原田の時代にあれば5位以内も十分ありえたでしょうが…。
この4人に加えて、ジュニアバンタム最強リストにその名前を記さなければならないのは、唯一の3団体統一王者のビック・ダルチニアンが、その筆頭です。
さらに、事実上の統一王者、議論する余地のない王者となった渡辺、その渡辺を破って2期に及ぶ安定政権を築いたヒルベルト・ローマン、フライ級から無敗のまま2階級制覇したオマール・ナルバエスも、最強候補レースの参加資格はあるでしょう。
また、手痛い敗戦が多いとはいえWBA、WBC、IBFの3団体で王者になったクリスチャン・ミハレスもこの階級の顔です。
そして、そして井上も実績という観点ではあまりにも参考資料が少ないとはいえ、これまでのキャリアで見せた瞬間最大風速は、上記9人に加えて差し支えないでしょう。
さて、最も世界的評価が高いロマゴンから見てみましょう。フェザー級以下の軽量級で1位になったのは史上初、それどころか2年連続の1位です。
ただし、ストロー、ジュニアフライ、フライ、ジュニアバンタムと4階級制覇の4つ目、この階級での2試合はカルロス・クアドラス、シーサケット・ソールンビサイと、いずれも苦戦、2試合1勝1敗の星勘定です。
ロマゴンのPFP1位は、明らかに3階級までの圧倒的なパフォーマンスで溜め込んだ貯金です。
クアドラス戦は見方によったら負けもありえましたから、ジュニアバンタムでは2戦2敗でもおかしくない内容なんです。歴代最強はおろか、現役最強でも疑問符を付けざるをえません。
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