真の世界王者を決めることが極めて難しいプロボクシングでは「何回防衛した」とか「何階級制覇した」とか、そういう数字は大きな意味を持ちえません。

「誰に勝ったのか」が全てです。

一方で、日本人、特にジュニア・ライト級以下の軽量級の日本人の場合、最も報酬が見込めるのは国内で戦うことです。大手ジムでしっかりスポンサーを確保している井上尚弥や井岡一翔、山中慎介らは国際的にも評価の高い世界王者ですが、より評価の高いローマン・ゴンザレスやレオ・サンタクルスとの対戦は旬の時期に実現するには至りませんでした。

日本人の世界王者が、海外でビッグマッチのリングに上がる…日本ボクシング界、積年の夢ですが、軽量級に限っては既に世界王者になっていたり、国内で十分な報酬を約束されている人気選手の場合、海外で戦うビジネス的なメリットは全くありません。

人気と実力を兼ね備えた井上や井岡が国内に引きこもり、日本ではマニアでなければ知らない村中優や木村翔が、地元で絶大な人気を誇るカリド・ヤファイやゾウ・シミンの咬ませ犬として英国や中国の華やかなリングに放り込まれる、というのが現実です。ボクシングファンなら井上vsヤファイ、井岡vsゾウを大きな舞台で見たいのですが、リングの外で怪しく渦巻く大人の事情が、人気のある日本人絡みの軽量級のビッグファイト実現の大きな障壁となっています。

かくして、素質あふれる若き日本のボクサーは世界王者になっても、そのプライムタイムに海外で評価の高いビッグネームと雌雄を決することなく、大切な全盛期の時間を国内でレベルの低い挑戦者相手に防衛戦を重ねて浪費しながら徐々に劣化、挙句に凡庸な挑戦者に惨敗して、そのキャリアを閉じてしまうのです。

近年の日本人世界王者が〝世界ランカー〟相手に戴冠前よりも圧勝を重ね、まれに日本人挑戦者を迎えると苦戦する…これはその選手が世界王者になって急に覚醒したということもあるのかもしれませんが、世界王者になるとある程度相手を選べる、強豪や有名選手は日本に呼ぶのが非常に難しいという事情もその背景に潜んでいます。

つまり、近年の優れた日本人世界王者は、例外なく「誰に勝ったか」の点で世界に爪痕を残すことはなく、「あんなのに負けてしまったのか」というファンの忸怩たる戸惑いの中でリングを去ってしまうのです。

ブライアン・バスケスを一蹴した2012〜13年バージョンの内山高志なら、今のワシル・ロマチェンコのポジションに屹立していたユリオルキス・ガンボアや、当時もすでに眩い輝きを放っていたマイキー・ガルシアと拳を交えても面白い試合になったと思います。もちろん、当時から手と足のスピードのある相手には分が悪いと見られていましたが、それでも反射能力が衰えていない内山には一撃の可能性が十分にありました。

もちろん、こんなタラレバは無意味です。内山は誰に勝つこともできずに、ジェスレル・コラレスというスピード以外は世界水準を上回るものを何一つ持たない怠惰なパナマ人に敗れ去ったのが現実なのです。

ビッグイフでガンボアやマイキーと戦っていても、内山のパワーに可能性はあったとはいえ、苦手なスピードタイプに翻弄されてコラレスとの第1戦が何年か早く演じられるだけだったのかもしれません。そうなると、B級以下の挑戦者相手とはいえ圧倒的な強さを誇示して打ち立てた連続11度の防衛記録も無かったことになります。

もし、コラレスに負けていなければ、今の内山はロマチェンコやジャーボンタ・デービスとの対戦が日本のファンの間で熱望されていたはずです。しかし、もしコラレスに負けていなくても内山がウクライナのハイテクと同じリングで戦うことも、デービスをマネジメントするメイウェザーのトラッシュトークを浴びることも、〝大人の事情〟が壁となって実現することはけしてなかったでしょう。

【当時ジュニア・フェザー級最強の呼び声高かったリーロ・レジャバの対戦相手がドタキャン、パッキャオにオファーが届いたのは試合まで2週間を切っていましたが、勇敢なフィリピン人は報酬の金額を聞く前に快諾しました。試合後に「いくらなんでも準備期間が短すぎるとか迷いはなかったのか?」と多くの記者から聞かれたパッキャオは「逆に教えてくれ。世界中が注目するデラホーヤの6階級制覇がかかる興行のセミファイナルだぞ?このリングに上がらないかと聞かれたボクサーに断る理由なんてあるのか?」。もし、パッキャオが日本人ならこんな正気の沙汰じゃないオファーは100%断っていたでしょう。これもビッグイフですが、もし内山がフィリピン人なら米国のリングでビッグネーム相手に何試合も激闘を繰り広げていたかもしれません。】

9月に西海岸のリングに上がる井上尚弥を熱烈に支持します。日本で防衛戦を行った方がビジネスとしてははるかに美味みがあったはずなのに、ビジネスを度外視したわけですから。

井上がこのスーパーフライ級史上最大の興行を勝ち抜いて、ロマゴンやクアドラスらの強豪との決戦にコマを進める時は、やはり十分な対価が用意される日本のリングで戦わせてあげたいですね。対戦する強豪王者にしてもその方がはるかにビジネス的なメリットがあります。

「誰に勝ったか」を成し遂げることなく、というかそもそもそのチャンスすら与えられずにリングを去った名王者を振り返っていきます。