ロマゴンとシーサケット、どちらがクオリティの高いボクサーかは言うまでもないことでしょう。ロマゴンはシーサケットではなく階級の壁に敗れたと言えます。また、同じ興行でリングに上がったミドル級一筋のGGGもIBFの当日計量をパスして80キロ以上に膨らんだジェイコブスに12ラウンド手を焼きました。複数階級制覇に挑んだわけではありませんが、GGGもまたある意味で〝階級〟の壁にぶち当たったと言えるかもしれません。
複数階級を制覇することを端的に言ってしまうと「自分は弱くなっているのにより強い相手と戦う」という無理難題に答えを出す作業です。フライ級までのロマゴン、ジュニアバンタム級までのダルチニアン、バンタム級までのドネアは傑出した存在でしたが、すぐ次の階級で急ブレーキを踏むことになりました。絶対的な力量を持っていたからこそ、上の階級を征服することができたのですが(王者乱立の時代そうでない選手も散見されますが)、そんな彼らですら3階級、4階級の途上でその野望は頓挫してしまいました。
ここでフライ級からジュニアミドル級までの10階級にかけて8階級制覇を成し遂げたパッキャオの登場です。108ポンド(50.80kg)から154ポンド(69.85kg)までの、なんと46ポンド(19.05kg)にも及ぶ大航海を順風満帆に渡り切ったのです。17階級中の8階級ですから半分近い階級をその版図に収めたことになります。
王座を奪った相手を見てもフライ(チャチャイ・ダッチボーイジム)、ジュニアフェザー(リーロ・レジャバ)、フェザー(アントニオ・マルコ・バレラ)、ジュニアライト(ファン・マヌエル・マルケス)、ライト(デビッド・ディアス)、ジュニアウエルター(リッキー・ハットン)、ウエルター(ミゲール・コット)、ジュニアミドル(アントニオ・マルガリート)とディアスとコット、マルガリート以外は、文句無しの階級最強を倒してきました。
【世界唯一の8階級制覇を成し遂げたマニー・パッキャオ】
ロマゴンやドネアとは物が違うーそれだけでパッキャオの足掛け10階級、8階級制覇を語るのは早計です。
「フライ級王者がジュニアミドル王者になるなんて信じられない」。
パッキャオを語るときよく聞かれることですが、この表現は正確ではありません。
「元来ライト級の選手がよくもまあフライ級で王者を獲ったものだ」というのが正解です。
食べるものにも事欠く極貧の家庭に生まれ、ほとんど栄養失調の状態で育ったパッキャオのプロデビューはミニマム級でした。しかし計量前に大量の水を飲んでも下限の100ポンド(45.3kg)に届かず、下着にベアリングを忍ばせてようやくパスするほどでした。そんな状態で連戦連勝するのですから持って生まれた肉体は考えられないほどに強靭だったのでしょう。
計量で体重オーバーはよく聞きますが、栄養失調でミニマムですら下限を割ってしまう、それを大量の水を飲むことと、隠したベアリングで体重を稼いで、殴り合いのリングに上がる…まともな神経じゃないですね。
そして、マニラのヒーローになってもアジアに共通する減量信仰から、ジュニアフライ〜フライ級で踏ん張り「ようやく1日3回食べることができる経済力を得たときには減量の食事制限でまともに食べることができなかった」というのです。
過酷な生い立ちを送った本来はフェザー級かライト級の骨格を持ったフィリピンの青年は、減量地獄という檻の中に閉じ込められてしまいます。
この檻をぶち破ったのはパッキャオの炎のような野望と、やはり野心に満ちた若きトレーナー、フレディ・ローチでした。檻から解き放たれたパックマンは、もう誰にも止めることなど出来ません。次から次へと上の階級を焼き尽くし、カジノのオッズをひっくり返し、ビッグネームを食いまくっていきます。
もし、パッキャオが極貧の生まれでなかったら、フェザー級でデビューしてライト級で初のタイトルを獲得したとしたら8階級制覇は達成されることなく、4階級制覇で終わっていたことになります。ボクサーの過度な減量に警鐘を鳴らし続けるVADAの創始者、マーガレット・グッドマン女史も「マニー・パッキャオについて本当に驚愕すべきことは、実に危険なことだがフライ級で戦っていたということだ」と喝破しています。
もちろん、極貧に生まれなかったら1階級も獲れなかったかもしれませんし、そもそもボクシングの道なんて選んでいなかったでしょう。
そう、パッキャオにはボクシング以外に選ぶ道なんてありませんでした。栄養失調に立ちくらみながら、空っぽの胃袋に計量をパスするための水を流し込み、下着の中にベアリングを隠して体重計に乗る、そうまでしてでもリングに上がるしかパッキャオが生きる道はなかったんです。
想像を絶する極貧に喘いできたパッキャオが見ることが出来る希望はたったの一つしかありませんでした。ボクシングのリング以外の場所には、希望はほんの小さな破片すら見つけることが出来なかったのです。
複数階級を制覇することを端的に言ってしまうと「自分は弱くなっているのにより強い相手と戦う」という無理難題に答えを出す作業です。フライ級までのロマゴン、ジュニアバンタム級までのダルチニアン、バンタム級までのドネアは傑出した存在でしたが、すぐ次の階級で急ブレーキを踏むことになりました。絶対的な力量を持っていたからこそ、上の階級を征服することができたのですが(王者乱立の時代そうでない選手も散見されますが)、そんな彼らですら3階級、4階級の途上でその野望は頓挫してしまいました。
ここでフライ級からジュニアミドル級までの10階級にかけて8階級制覇を成し遂げたパッキャオの登場です。108ポンド(50.80kg)から154ポンド(69.85kg)までの、なんと46ポンド(19.05kg)にも及ぶ大航海を順風満帆に渡り切ったのです。17階級中の8階級ですから半分近い階級をその版図に収めたことになります。
王座を奪った相手を見てもフライ(チャチャイ・ダッチボーイジム)、ジュニアフェザー(リーロ・レジャバ)、フェザー(アントニオ・マルコ・バレラ)、ジュニアライト(ファン・マヌエル・マルケス)、ライト(デビッド・ディアス)、ジュニアウエルター(リッキー・ハットン)、ウエルター(ミゲール・コット)、ジュニアミドル(アントニオ・マルガリート)とディアスとコット、マルガリート以外は、文句無しの階級最強を倒してきました。
【世界唯一の8階級制覇を成し遂げたマニー・パッキャオ】
ロマゴンやドネアとは物が違うーそれだけでパッキャオの足掛け10階級、8階級制覇を語るのは早計です。
「フライ級王者がジュニアミドル王者になるなんて信じられない」。
パッキャオを語るときよく聞かれることですが、この表現は正確ではありません。
「元来ライト級の選手がよくもまあフライ級で王者を獲ったものだ」というのが正解です。
食べるものにも事欠く極貧の家庭に生まれ、ほとんど栄養失調の状態で育ったパッキャオのプロデビューはミニマム級でした。しかし計量前に大量の水を飲んでも下限の100ポンド(45.3kg)に届かず、下着にベアリングを忍ばせてようやくパスするほどでした。そんな状態で連戦連勝するのですから持って生まれた肉体は考えられないほどに強靭だったのでしょう。
計量で体重オーバーはよく聞きますが、栄養失調でミニマムですら下限を割ってしまう、それを大量の水を飲むことと、隠したベアリングで体重を稼いで、殴り合いのリングに上がる…まともな神経じゃないですね。
そして、マニラのヒーローになってもアジアに共通する減量信仰から、ジュニアフライ〜フライ級で踏ん張り「ようやく1日3回食べることができる経済力を得たときには減量の食事制限でまともに食べることができなかった」というのです。
過酷な生い立ちを送った本来はフェザー級かライト級の骨格を持ったフィリピンの青年は、減量地獄という檻の中に閉じ込められてしまいます。
この檻をぶち破ったのはパッキャオの炎のような野望と、やはり野心に満ちた若きトレーナー、フレディ・ローチでした。檻から解き放たれたパックマンは、もう誰にも止めることなど出来ません。次から次へと上の階級を焼き尽くし、カジノのオッズをひっくり返し、ビッグネームを食いまくっていきます。
もし、パッキャオが極貧の生まれでなかったら、フェザー級でデビューしてライト級で初のタイトルを獲得したとしたら8階級制覇は達成されることなく、4階級制覇で終わっていたことになります。ボクサーの過度な減量に警鐘を鳴らし続けるVADAの創始者、マーガレット・グッドマン女史も「マニー・パッキャオについて本当に驚愕すべきことは、実に危険なことだがフライ級で戦っていたということだ」と喝破しています。
もちろん、極貧に生まれなかったら1階級も獲れなかったかもしれませんし、そもそもボクシングの道なんて選んでいなかったでしょう。
そう、パッキャオにはボクシング以外に選ぶ道なんてありませんでした。栄養失調に立ちくらみながら、空っぽの胃袋に計量をパスするための水を流し込み、下着の中にベアリングを隠して体重計に乗る、そうまでしてでもリングに上がるしかパッキャオが生きる道はなかったんです。
想像を絶する極貧に喘いできたパッキャオが見ることが出来る希望はたったの一つしかありませんでした。ボクシングのリング以外の場所には、希望はほんの小さな破片すら見つけることが出来なかったのです。
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