山中慎介の強打はこの小さな島に閉じ込めておくのはもったいないですが、海外進出は現実的ではありません。


【リング誌の2016年年間PFPで山中は9位、井上も11位】

今回の対戦相手が世界ランカーにふさわしい実力の持ち主かどうかは別にして、山中がこの階級で最強のパンチャーであることに疑う余地はありません。山中もファンもビッグネームとの大試合をベガスでと熱望していますが、実現の道は険しいと言わざるをえません。21世紀に入り、一つの階級に世界王者が4人いるのが当たり前、「ダイアモンド」「スーパー」「暫定」「休養」などいろんな冠があって、ボクシングの世界は誰が一番強いのかという格闘技で一番大切なことが誰にもわからない時代が深まっています。

どの階級もベスト4、下手したらベスト8、16レベルで王者が決まり、決勝戦が行われることは永遠にないという魔宮に迷い込んでしまいました。ほとんどの海外メディアがバンタム級最強は山中と認めてくれていますが、それはリング上で決着をつけた文句無しの最強ではなく、専門家が脳内で決めた「推定最強」です。

本物の強豪と拳を交えたいという山中の気持ちに偽りはないでしょう。ではなぜ、それが実現しないのか。

全てはカネです。

山中選手のバンタム級は異論を挟む余地のないマイナー階級です。「ラスベガスがボクシングの本場」というのは、「野球は米国」「サッカーは欧州」という等式とは全く違うものです。正確には「ウエルター級を核にした人気階級と、一部の人気選手にとってはラスベガスが最も大きな報酬を期待できる場所」なだけであって、軽量級の日本人選手にとってはラスベガスは本場でもなんでもないのです。

かつて長谷川選手は「条件が整えばいつでもベガスで戦う」と語っていましたが、長谷川選手を破ったフェルナンド・モンティエルですらベガスでの存在感は限りなく軽く、ペドロ・アルカサールを鮮やかにノックアウトして2階級制覇した時の報酬はわずか1万5000ドルに過ぎませんでした。その日のMGMでの同じ興行でメインイベントを戦ったマルコ・アントニオ・バレラとエリック・モラレスが100万ドルを軽く超えていたことを考えると残酷なまでの格差です。同じメキシコ人でもこれほどまでに違うのです。

アメリカで山中と同じ数十万ドルの報酬を手に出来る軽量級選手はほんの一握りです。ベガスでほとんど知名度のない山中とその対立王者が統一戦を戦うことはまず考えられません。需要が全く無いのですから。日本で戦う方がはるかに報酬がいいのに、ベガスでやる意味は全くありません。ここが野球やサッカーと根本的に違います。

リング誌のPFPランキングは①ロマゴン②ウォード③コバレフ④ゴロフキン⑤クロフォード⑥ロマチェンコ⑦リゴンドー⑧カネロ⑨山中⑩井上の順ですが、直近のファイトマネー順に並べ替えると①カネロ1000万ドル(PPVなどの歩合を除く)②ウォード500万ドル③ゴロフキン500万ドル④コバレフ200万ドル⑤クロフォード130万ドル⑥ロマチェンコ100万ドル⑦リゴンドー45万ドル⑧ロマゴン40万ドル、山中、井上はリゴンドークラスだと思われますから、あろうことかPFPキングのロマゴンが最下位なんです。井上vsロマゴン、夢の対決の舞台がラスベガスとなると、二人の報酬は夢じゃなくなりますね、間違いなく。ちなみにロマゴンに善戦したクアドラスも25万ドルを手にしましたが、これがキャリアで飛び抜けて最高。

もちろん、ウエルターやミドル級になると話は変わります。亀海善寛がアメリカで戦う意味はあるのです。タレント揃いのウエルター級ですから。村田諒太も世界戦なら海外でやっても最低数十万ドルの報酬が約束されるでしょう。それがミドル級です。軽量級の日本人選手が海外で世界挑戦するとなって10万ドルの報酬はありえない数字です。

長谷川選手も内山選手も、経済原理に則って、長期防衛することで恐らく最も効率的に最も多くの報酬を積み重ねたはずです。冒険的な挑戦をしていたら、たとえ成功したとしても、次々とハードルを上げて来るアメリカのマッチメイクを考慮するとその治世は短く、国内長期防衛路線と同等の経済的な成功を手に出来ることはまずなかったでしょう。それどころか5分の一以下の生涯収入でそのキャリアを閉じていた可能性が高いのです。

日本人軽量級ボクサーにとってベガスはリスクだけがバカでかくて、リターンがほとんど期待出来ない、なんの魅力もない砂漠でしかありません。

マニー・パッキャオを見て勘違いしてはいけません。彼はあのバレラを粉砕して100万ドルファイターの仲間入り、その後も信じられない怒涛の快進撃で目の前に突き付けられた巨大なハードルを飛び越え続け、ついにはデラホーヤまで切り刻んで、1000万ドルを大きく超えるビリオンファイターとなり、スーパーウエルター級まで征服したのです。

パッキャオと同じように、マイナー階級にとどまることを拒絶し、ビッグネームを求めて人気階級への一本道を突き進む覚悟があるなら、話は変わってきますが、そうでないならベガスなんて遠い国の砂漠の街でしかありません。

井上は現実的なことを言っていますね。ロマゴンとの一戦について「そこから海外で足掛かりができるのならいいが、そうでないなら日本でやった方が喜んでくれるファンも多い」。西岡利晃は諦めずに努力を続けて世界王者になった立派なボクサーですが、ベガスでのラファエル・マルケス戦はやるべきではなかったと思います。ドネア戦にしても日本でやった方がメディアも大きく取り上げ、ファンも盛り上がったことは間違いありません。

そう、アメリカではドネアですらモンティエル戦でやっとこさのHBOのTVデビュー、リゴンドー戦も小さなミュージックホールが舞台でした。

ドネアほどの実績があっても「TVの番組予算で振り分けられる報酬ではなく、ファンがPPVで支払う現金がファイトマネーマネーに換算される人気スター選手になってビッグマネーを稼ぎたい」という夢は一度も果たせていないのが現実で、その日が訪れることは永遠にないでしょう。

ウォータースにねじ伏せられたとき、ドネアは強靭なジャマイカ人に確かに屈しました。しかし、スーパーバンタム級に再び落ちることを決め、人気階級へ続く一本道から引き返した、そのときこそが、彼の大きな夢が粉々に砕け散った瞬間でした。

パッキャオは例外中の例外なんです。ドネアの業績ですら高嶺に見えるようでは、ベガスが本場なんて妄言でしかありません。

もちろん、その妄言を約束の言葉に変えてくれる奇跡の日本人が現れることを心の奥底で願ってはいますが。