私の「友だち」は9割くらいが「悪友」だ。もしかしたら、それは私だけじゃないかもしれないが。
五十六クンは、間違いなく「悪友」だ。2年に一度会うか会わないかという、基本的に疎遠な悪友だが、まー、3000日開けて会わなかったことはないかもしれない、40年来、高校時代からの悪友だ。
すごく真面目で実直な男だが、何が「悪」かというと極右だからだ。
私も何が右で何が左で、何が極なのか、よくわかっていないが、五十六と初めて会ったのは、高校時代。不登校というか社会不適合というか、どうしようもない私に担任の先生が「ちょっと来てくれ」と電話が入った。
携帯なんてない時代、母親から「担任の先生から」と受話器を投げつけられた私は「これ以上学校に来ないなら退学処分」とか、そんな話もあるかなと思ってたら「ちょっと来てくれ」のニュアンスが、それこそちょっと違った。
そうそう、高校時代の私は〝阪神地区のエイドリアン・ブローナー〟でとにかく、ほんの一部の希少な方々には勘違いにも程がある過大評価されてて、その担任もその1人だったから、炉端焼きの店に招いてくれた。
居酒屋に教え子の高校生を招いて酒を飲ませるのだから、いまならちょっとした事件になりそうだが、舞台は昭和の阪神地区である。
そこに、その担任の先生と旧友な感じの別の高校の先生が連れてきたのが五十六。その時点で、もはや右翼バリバリのメジャーリーガーで、私はといえば右でも左でも上でも下でもない不登校の人生マイナーリーガー。
…なのですが、彼とは歴史や文学で恐ろしく話が弾んで(もちろん共鳴できたわけではなく)正直、そんな奴と会ったのは初めて。うまく表現できないが、何かホッとしたのを覚えている。「社会に適合できないのは俺だけじゃない…っていうかこいつの方がヤバくないか?っていうか、こいつは間違いなく面白い奴や、ってことは俺にだって存在意義があるんじゃないか?」。
それから、頻度は4年に一度のオリンピック並みだが、ときたま会い続けてきた。

もはや今はなき、五十六との行きつけ靖国神社前の町中華の餃子⬆︎。テーブルやら調味料の容器やらがギトギトしてる〝老舗〟感満載のお店でした。そして、やはり今はなき、あの伝説のホセ・メンドーサが滞在した(に違いない)九段下グランドパレスの鮨店で会ったこともありました…もしかしたらこのブログでも紹介したかもしれませんが、あのエリアには結構な思い出が詰まってます。
先日、そんな40年来の付き合いの五十六が初めて我が家に泊まりにきた。私が東京を離れて大阪勤務になるから、しばらく会えなくなるからなんてのが理由だったが、よく考えるともともとオリンピック周期でしか会ってないのだからしばらく会えなくなるもクソもない。
泊まったとはいえ、まあ、ずーーーーっと話してたので寝てないのですが、明け方に空からゴーーーッという低い音が部屋に沈み込んできて、窓を開けて見るからに戦闘機が…。

私が「米軍機や。わかるか?」と聞くと、五十六は「日本におるのは全部わかるよ、種類が少ないから」というと「あれはB-52 や」と断定した。
この画像⬆︎はかなり、飛んでいってしまったあとなので、実際にはもっと大きくはっきり見えてるのですが、「あんなんでわかるん?」と聞くと「左右に四つ、8つのエンジン見えるやろ、厚木(基地)にいるのはB−52や」と、つまらなそうに言った。
「右翼って兵器にも詳しいんやな」と感心すると、五十六は「俺は、まあ趣味みたいなもんやし。右翼がみんな詳しいわけじゃない」とつぶやいた。
「向こうに仮住まい構えたから、一度遊びに来いよ。懐かしいとこ、巡ろうぜ」と誘うと、五十六も「それはいいなあ、4月は忙しいからゴールデンウィーク明けにまた連絡するわ」と喜んでくれたが、私が「4月は忙しい?右翼にも新年度があるんか?右翼も3月期決算なんか?」と興味津々になると、いろいろわかりやすく教えてくれるのでした。
五十六クンは、間違いなく「悪友」だ。2年に一度会うか会わないかという、基本的に疎遠な悪友だが、まー、3000日開けて会わなかったことはないかもしれない、40年来、高校時代からの悪友だ。
すごく真面目で実直な男だが、何が「悪」かというと極右だからだ。
私も何が右で何が左で、何が極なのか、よくわかっていないが、五十六と初めて会ったのは、高校時代。不登校というか社会不適合というか、どうしようもない私に担任の先生が「ちょっと来てくれ」と電話が入った。
携帯なんてない時代、母親から「担任の先生から」と受話器を投げつけられた私は「これ以上学校に来ないなら退学処分」とか、そんな話もあるかなと思ってたら「ちょっと来てくれ」のニュアンスが、それこそちょっと違った。
そうそう、高校時代の私は〝阪神地区のエイドリアン・ブローナー〟でとにかく、ほんの一部の希少な方々には勘違いにも程がある過大評価されてて、その担任もその1人だったから、炉端焼きの店に招いてくれた。
居酒屋に教え子の高校生を招いて酒を飲ませるのだから、いまならちょっとした事件になりそうだが、舞台は昭和の阪神地区である。
そこに、その担任の先生と旧友な感じの別の高校の先生が連れてきたのが五十六。その時点で、もはや右翼バリバリのメジャーリーガーで、私はといえば右でも左でも上でも下でもない不登校の人生マイナーリーガー。
…なのですが、彼とは歴史や文学で恐ろしく話が弾んで(もちろん共鳴できたわけではなく)正直、そんな奴と会ったのは初めて。うまく表現できないが、何かホッとしたのを覚えている。「社会に適合できないのは俺だけじゃない…っていうかこいつの方がヤバくないか?っていうか、こいつは間違いなく面白い奴や、ってことは俺にだって存在意義があるんじゃないか?」。
それから、頻度は4年に一度のオリンピック並みだが、ときたま会い続けてきた。

もはや今はなき、五十六との行きつけ靖国神社前の町中華の餃子⬆︎。テーブルやら調味料の容器やらがギトギトしてる〝老舗〟感満載のお店でした。そして、やはり今はなき、あの伝説のホセ・メンドーサが滞在した(に違いない)九段下グランドパレスの鮨店で会ったこともありました…もしかしたらこのブログでも紹介したかもしれませんが、あのエリアには結構な思い出が詰まってます。
先日、そんな40年来の付き合いの五十六が初めて我が家に泊まりにきた。私が東京を離れて大阪勤務になるから、しばらく会えなくなるからなんてのが理由だったが、よく考えるともともとオリンピック周期でしか会ってないのだからしばらく会えなくなるもクソもない。
泊まったとはいえ、まあ、ずーーーーっと話してたので寝てないのですが、明け方に空からゴーーーッという低い音が部屋に沈み込んできて、窓を開けて見るからに戦闘機が…。

私が「米軍機や。わかるか?」と聞くと、五十六は「日本におるのは全部わかるよ、種類が少ないから」というと「あれはB-52 や」と断定した。
この画像⬆︎はかなり、飛んでいってしまったあとなので、実際にはもっと大きくはっきり見えてるのですが、「あんなんでわかるん?」と聞くと「左右に四つ、8つのエンジン見えるやろ、厚木(基地)にいるのはB−52や」と、つまらなそうに言った。
「右翼って兵器にも詳しいんやな」と感心すると、五十六は「俺は、まあ趣味みたいなもんやし。右翼がみんな詳しいわけじゃない」とつぶやいた。
「向こうに仮住まい構えたから、一度遊びに来いよ。懐かしいとこ、巡ろうぜ」と誘うと、五十六も「それはいいなあ、4月は忙しいからゴールデンウィーク明けにまた連絡するわ」と喜んでくれたが、私が「4月は忙しい?右翼にも新年度があるんか?右翼も3月期決算なんか?」と興味津々になると、いろいろわかりやすく教えてくれるのでした。
コメント