リング誌の編集長を7年間つとめ、ESPNでもボクシングに携わってきたエリック・ラスキンがヘビー級シーンの勢力図の今昔についてのボクシングシーンにアップしました。
記事の内容を辿りつつ、ボクシングの覇権がどう変遷したかを見つめてみます。
ボクシングの覇権。
1980年代前半に4-KINGS(シュガー・レイ・レナード/マービン・ハグラー/ロベルト・デュラン/トーマス・ハーンズ)が中核となって躍動した非ヘビー級の時代がありましたが、その歴史を通して「ボクシングの覇権」とはヘビー級を掌握することとイコールでした。
オスカー・デラホーヤ、フロイド・メイウェザー、マニー・パッキャオ、カネロ・アルバレスーーーヘビー級を凌ぐ人気とファイトマネーを手にするスーパースターは確かに存在しましたが、彼らはあくまで単体で北米エリア限定のムーブメントに過ぎませんでした。
モハメド・アリどころかマイク・タイソンは米国の国境を飛び出したアイコンでした。現在でも、米国や英国にまともなファンベースを持たないオレクサンデル・ウシクが、カネと興味・関心の面でボクシング界のトップに鎮座するのはヘビー級だから。
もし、ウシクがバンタム級やジュニアフェザー級なら誰も相手にしていません。

King vs Queens(berry): How does Frank Warren’s stable stack up?
この記事のタイトルはずばり「(ドン)キングとクイーンズ(ベリー):フランク・ウォーレンの築いたヘビー級帝国は史上最強か?」。
「我々はこの50年、ドン・キングの時代を含めてもヘビー級で最高のラインナップを揃えてる」。クイーンズベリーズ・プロモーションを率いるウォーレンがtalk SPORT boxing にそう語りました。
ラスキンは「十分に練った台本を用意することなく、軽いインタビューに応じるとき、数字が少し間違っている場合は大目に見なければならない。ウォーレンは50年前と言ったが、キングの時代は40年前が正しい」。
70年代から、アリのメガファイトに参画するなど頭角を現してきたキングがボクシングの覇権を握ったのは80年代中盤から。
単体で商品になるヘビー級のスターを黒人を中心に傘下に迎えるキングに対して、トップランクのボブ・アラムはファイターのサイドストーリーやライバル関係を複数階級制覇やPFPランキングというヘビー級から切り離したツールも使いながら練り上げたマーケティングで対抗、米国リングに二大勢力が形成されました。

⬆︎WBC王座を強奪した1986年11月、タイソンとキングはすでにねんごろの関係でした。
1980年代半ば、ドン・キング プロモーション(DKP)が擁したヘビー級のラインナップはラリー・ホームズ、ティム・ウィンザスプーン、ピンクロン・トーマス、マイケル・ドークス、グレグ・ペイジ、トレバー・バービック、ジェームズ・スミス、トニー・タッブス。
黒人でも、マイケル・スピンクスやマイク・ウィーバーとは契約に至らず、ジェリー・クーニー、ゲイリー・コーツィーらホワイトホープを傘下に収めることも出来なかった。
米国最後のスーパースター、タイソンは信者たちが盲信しているような「カス・ダマトが亡くなって、ドン・キングと手を結んだ頃からダメになった」というのは都合の良いフェイクです。
現実にはダマトが亡くなった1年後の初戴冠のリングにキングが上がっており、ここからタイソンの進撃が始まるだけでなく、ダマトの生前からタイソンとキングが接触していたと考えるのが自然でしょう。
それでも、タイソンの複雑な契約を切り崩し、キングが100%傘下に迎えたのは1988年3月に東京ドームで行われたタッブス戦でした。
「1980年代終盤にタイソンとの完全契約を結んだとき、キングが抱えていたヘビー級ファイターのほとんどは全盛期を過ぎていた。この事実を考慮すると、DKPの最盛期にタイソンを加えるのは公平ではない」。
次に、クイーンズベリー・プロモーションズの陣営。
大看板のタイソン・フューリーは米国ではトップランクと契約、来月11日の復帰戦(vsアルスランベク・マクムトフ)はズッファ・ボクシングの興行と、現時点でウォーレンの傘下とは見にくい状況。
それでもファビオ・ウォードリー、ダニエル・デュボア、アギト・カバイエル、ジョセフ・パーカー、モーゼス・イタウマ、ヂャン・ヂレイ、デレク・チゾラ、ローレンス・オコリーらと契約している。
「最も公正とされるTransnational Boxing Rankings Board(TBRB)でウォードリーは1位、カバイエルが2位、デュボアが3位、パーカーが4位、チゾラが7位、イタウマが8位とトップ10に6人も送り込んでいる。1年以上、リングから遠ざかっているフューリーも実力的にはトップ3レベルだから、現在のヘビー級勢力図はクイーンズベリーが掌握していると言い切れるだろう」。
「もちろん、TBRBでも王者に認定されているUndisputedのオレクサンデル・ウシクとは無関係ではある。しかし、ウォーレン傘下のファイターは当然ながら、全員が現役。つまり、これから、例えばイタウマがスーパースターの座に駆け上がるかもしれないということ」。
「本当ならキングとクイーンズを比較できるのは、ウォーレンのヘビー級たちが引退して評価が固まってからになる。現時点で両者の優劣を語るのは、バッド・バニーの最新アルバムとレッド・ツェッペリンの四枚組アルバムセットのどちらが上かを考えるようなものだ」。
とはいえ、キングとウォーレンの選手への向き合い方を考えると一つの結論に行き着きます。
昨年、 Heavyweight Title Fights of the 1980s: A Complete History(1980年代ヘビー級タイトルマッチ 完全ガイド)を刊行したスティーブ・ハントの言葉を引用します。「キングはタイトルを完全に自分のコントロール下に置こうとして、王者と挑戦者の両方を手に入れていた。フランクは(アンソニー・ジョシュアやウシクのような)そのときを代表するチャンピオンを傘下に収めていない」。
二人のプロモーターの個性の差だけでなく、時代もあります。
キングの時代は選手を詐欺同然で拘束することが許されましたが、ウォーレンの時代はそうではないということです。
また、全盛期のキングと現在のウォーレンが同盟しても勝てない勢力がボクシング界を支配しつつあります。
サウジアラビア・総合娯楽庁の手先としてボクシングに参入したズッファ・ボクシングです。
現時点で「大物」と呼べる契約ボクサーはクルーザー級のジャイ・オペタイアくらいですが、すでにウシクやフューリーのメガファイトを単発ながら主催しているように、すでにヘビー級にも侵食しています。
ドン・キングとフランク・ウォーレン、どちらの支配度が上か?現時点のボクシングの覇権、ヘビー級をコントロールしているのは誰なのか?ーーーいますぐに答えの出る問題ではありません。
One thing is clear: Which side of the Atlantic Ocean serves as home to the best Heavyweights in the world has shifted over the last 40-odd years.
「ただし、確かなことが一つだけあるとしたら、この40年間でボクシングの覇権が太平洋を渡って英国に帰ったということです」。
記事の内容を辿りつつ、ボクシングの覇権がどう変遷したかを見つめてみます。
ボクシングの覇権。
1980年代前半に4-KINGS(シュガー・レイ・レナード/マービン・ハグラー/ロベルト・デュラン/トーマス・ハーンズ)が中核となって躍動した非ヘビー級の時代がありましたが、その歴史を通して「ボクシングの覇権」とはヘビー級を掌握することとイコールでした。
オスカー・デラホーヤ、フロイド・メイウェザー、マニー・パッキャオ、カネロ・アルバレスーーーヘビー級を凌ぐ人気とファイトマネーを手にするスーパースターは確かに存在しましたが、彼らはあくまで単体で北米エリア限定のムーブメントに過ぎませんでした。
モハメド・アリどころかマイク・タイソンは米国の国境を飛び出したアイコンでした。現在でも、米国や英国にまともなファンベースを持たないオレクサンデル・ウシクが、カネと興味・関心の面でボクシング界のトップに鎮座するのはヘビー級だから。
もし、ウシクがバンタム級やジュニアフェザー級なら誰も相手にしていません。

King vs Queens(berry): How does Frank Warren’s stable stack up?
この記事のタイトルはずばり「(ドン)キングとクイーンズ(ベリー):フランク・ウォーレンの築いたヘビー級帝国は史上最強か?」。
「我々はこの50年、ドン・キングの時代を含めてもヘビー級で最高のラインナップを揃えてる」。クイーンズベリーズ・プロモーションを率いるウォーレンがtalk SPORT boxing にそう語りました。
ラスキンは「十分に練った台本を用意することなく、軽いインタビューに応じるとき、数字が少し間違っている場合は大目に見なければならない。ウォーレンは50年前と言ったが、キングの時代は40年前が正しい」。
70年代から、アリのメガファイトに参画するなど頭角を現してきたキングがボクシングの覇権を握ったのは80年代中盤から。
単体で商品になるヘビー級のスターを黒人を中心に傘下に迎えるキングに対して、トップランクのボブ・アラムはファイターのサイドストーリーやライバル関係を複数階級制覇やPFPランキングというヘビー級から切り離したツールも使いながら練り上げたマーケティングで対抗、米国リングに二大勢力が形成されました。

⬆︎WBC王座を強奪した1986年11月、タイソンとキングはすでにねんごろの関係でした。
1980年代半ば、ドン・キング プロモーション(DKP)が擁したヘビー級のラインナップはラリー・ホームズ、ティム・ウィンザスプーン、ピンクロン・トーマス、マイケル・ドークス、グレグ・ペイジ、トレバー・バービック、ジェームズ・スミス、トニー・タッブス。
黒人でも、マイケル・スピンクスやマイク・ウィーバーとは契約に至らず、ジェリー・クーニー、ゲイリー・コーツィーらホワイトホープを傘下に収めることも出来なかった。
米国最後のスーパースター、タイソンは信者たちが盲信しているような「カス・ダマトが亡くなって、ドン・キングと手を結んだ頃からダメになった」というのは都合の良いフェイクです。
現実にはダマトが亡くなった1年後の初戴冠のリングにキングが上がっており、ここからタイソンの進撃が始まるだけでなく、ダマトの生前からタイソンとキングが接触していたと考えるのが自然でしょう。
それでも、タイソンの複雑な契約を切り崩し、キングが100%傘下に迎えたのは1988年3月に東京ドームで行われたタッブス戦でした。
「1980年代終盤にタイソンとの完全契約を結んだとき、キングが抱えていたヘビー級ファイターのほとんどは全盛期を過ぎていた。この事実を考慮すると、DKPの最盛期にタイソンを加えるのは公平ではない」。
次に、クイーンズベリー・プロモーションズの陣営。
大看板のタイソン・フューリーは米国ではトップランクと契約、来月11日の復帰戦(vsアルスランベク・マクムトフ)はズッファ・ボクシングの興行と、現時点でウォーレンの傘下とは見にくい状況。
それでもファビオ・ウォードリー、ダニエル・デュボア、アギト・カバイエル、ジョセフ・パーカー、モーゼス・イタウマ、ヂャン・ヂレイ、デレク・チゾラ、ローレンス・オコリーらと契約している。
「最も公正とされるTransnational Boxing Rankings Board(TBRB)でウォードリーは1位、カバイエルが2位、デュボアが3位、パーカーが4位、チゾラが7位、イタウマが8位とトップ10に6人も送り込んでいる。1年以上、リングから遠ざかっているフューリーも実力的にはトップ3レベルだから、現在のヘビー級勢力図はクイーンズベリーが掌握していると言い切れるだろう」。
「もちろん、TBRBでも王者に認定されているUndisputedのオレクサンデル・ウシクとは無関係ではある。しかし、ウォーレン傘下のファイターは当然ながら、全員が現役。つまり、これから、例えばイタウマがスーパースターの座に駆け上がるかもしれないということ」。
「本当ならキングとクイーンズを比較できるのは、ウォーレンのヘビー級たちが引退して評価が固まってからになる。現時点で両者の優劣を語るのは、バッド・バニーの最新アルバムとレッド・ツェッペリンの四枚組アルバムセットのどちらが上かを考えるようなものだ」。
とはいえ、キングとウォーレンの選手への向き合い方を考えると一つの結論に行き着きます。
昨年、 Heavyweight Title Fights of the 1980s: A Complete History(1980年代ヘビー級タイトルマッチ 完全ガイド)を刊行したスティーブ・ハントの言葉を引用します。「キングはタイトルを完全に自分のコントロール下に置こうとして、王者と挑戦者の両方を手に入れていた。フランクは(アンソニー・ジョシュアやウシクのような)そのときを代表するチャンピオンを傘下に収めていない」。
二人のプロモーターの個性の差だけでなく、時代もあります。
キングの時代は選手を詐欺同然で拘束することが許されましたが、ウォーレンの時代はそうではないということです。
また、全盛期のキングと現在のウォーレンが同盟しても勝てない勢力がボクシング界を支配しつつあります。
サウジアラビア・総合娯楽庁の手先としてボクシングに参入したズッファ・ボクシングです。
現時点で「大物」と呼べる契約ボクサーはクルーザー級のジャイ・オペタイアくらいですが、すでにウシクやフューリーのメガファイトを単発ながら主催しているように、すでにヘビー級にも侵食しています。
ドン・キングとフランク・ウォーレン、どちらの支配度が上か?現時点のボクシングの覇権、ヘビー級をコントロールしているのは誰なのか?ーーーいますぐに答えの出る問題ではありません。
One thing is clear: Which side of the Atlantic Ocean serves as home to the best Heavyweights in the world has shifted over the last 40-odd years.
「ただし、確かなことが一つだけあるとしたら、この40年間でボクシングの覇権が太平洋を渡って英国に帰ったということです」。
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