2006年8月2日の夜半過ぎから1週間ほど、ベネズエラ大使館の電話はひっきりなしに鳴り続けていた。

こういう事態が起きると、何かしら抗議の電話であるケースがほとんどだが、そうではなかった。

なんと、全ての電話が励ましと応援だった。

一方、TBSには翌日までのわずか半日ほどの間に5万件以上の電話がかかってきたが、こちらはほぼ全てが抗議の内容だった。

スクリーンショット 2025-09-22 20.28.28

2006年8月2日、横浜アリーナでWBAジュニアフライ級王者決定戦が行われて、TBSが生中継した。

オープニング・ラウンド。27歳のベネズエラ人が、まだ19歳の亀田興毅から痛烈なダウンを奪ったが、試合は判定までもつれ込んだ。

多くの人はファン・ランダエタが勝ったと見たが、オフィシャルはスプリット・デジションで亀田家の長男を支持していた。

115-113/114-113/112-115。3人のジャッジのスコアを合計すると141-141のイーブン。試合内容から大きく乖離した判定ではなかった。

多くの人が亀田の負けと思い込んだのは、初回のダウンの印象が強烈だったから、それだけの理由ではない。

TBSに煽られる形で、世間の感情を逆撫でする言動を繰り返していた亀田一家への賛否は、試合前には「否」が圧倒的多数派に膨れ上がっていたのだ。

そして、元ストロー級王者との王者決定戦。

JBCがまだIBFとWBOを認可していなかった2006年8月2日の〝世界情勢〟はWBAがロベルト・バスケスの返上で空位。WBC王者が当時無敗のブライアン・ビロリア。

〝ハワイアン・パンチ〟ビロリアは軽量級の世界で「大きなカネが動く」と海外でも名前が広まっていた亀田との対戦を熱望していたが、同年8月10日の2度目の防衛戦(vsオマール・ニーニョ)に敗れて御破算に。

WBAもWBCも軽量級としては破格の認定料が期待できる興毅を王者に取り込もうとしていたが、空位の王座と安全な対戦相手を先んじて決定戦を用意したWBAが〝勝利〟。

この政治的な一連の動きはボクシングファンの反感を買い、さらに試合前に来日したWBAのヒルベルト・メンドサJr.会長は亀田史郎を謁見、ミニチュアベルトを贈呈したことで「亀田がボクシングを冒涜している」という空気が決定的になった。

そして、初回ダウンの末の判定。

ニュースも新聞も「疑惑の判定」と騒ぎ立て、口の悪いファンは「亀田がジャッジを買収した」とまで中傷した。

Boxing is not a sport, it's a show.

ボクシングはスポーツではなく、サーカスと同じ興行。


世界的な統括団体が存在せず、営利だけ追求する認定団体が跋扈、〝世界タイトルマッチ〟はローカル・コミッションが統括、ローカル・ルールが適用される。

研修も免許の更新もないジャッジが物議を醸し出すのは亀田に限った話ではない。

WBAが用意した3人のジャッジが無意識のうちに忖度した可能性はあるが、亀田がジャッジを買収することはあり得ない。

メンドサ会長が父親に特製のミニチュアベルトを渡して予祝したことも、亀田側が働きかけたのではなく、逆だ。メンドサ会長から亀田に擦り寄ったのだ。

かつて、辰吉丈一郎はシリモンコン・ナコントンパークビューを大番狂せで下したリング上で「スライマン会長のおかげ。何度も何度もチャンスをくれた」と公然と口にし、長谷川穂積の所属するジムの会長は「WBCには恩義がある」とやはりテレビカメラの前で語っている。

こんなスポーツは他にはない。

「亀田がボクシングを冒涜している」…とんでもない理屈だ。

冒涜も何もボクシング界は亀田以前から腐っていて、亀田を絶好のカネヅルと見るや認定団体の方からすり寄ってきたのだ。

TBSに利用され、WBAの歓待を公然と受け入れた亀田家にも非はあるが、一番悪いのはTBSと腐ったボクシング界。

そこに目を向けないから、ボクシングはどんどん堕落してしまった。

亀田家は知能が低く、TBSに踊らされた挙句にハシゴを外された。ファンもメディアもJBCまでもが亀田を糾弾した。

江川卓や桑田真澄…日本中から非難轟々の弓矢を射られたヒールはこれまでにもいたが、亀田が最も憎まれたヒールだろう。

ヒール…本来は憎まれても強いのがヒールの定義。弱いヒールはヒールではない。

亀田は憎まれたが、けして強くはなかった。

その意味で、亀田はヒールにすらなれなかった。


IMG_2610

さて、待ち人来たるで、ここで失礼。

続きます。