2011年、彼は就寝中の妹に殴りかかった。

正気ではない兄の目を見た妹は警察に通報、彼は現行犯逮捕され収監された。

彼は自分が何をやったのかを正確に記憶できていなかった。そして、妹の兄の健康を気遣う事情聴取を終えると、警察は彼を釈放した。

その年に50歳になったばかりの男はまっすぐに歩けず、老いさらばえた老人のように衰退していた。

酒や葉っぱの匂いがしないのに、彼の呂律が回らないのはアルコールやドラッグの影響でなく、Chronic traumatic encephalopathy(CTE:慢性外傷性脳症)であることは明らかだった。

CTE。21世紀に入ってNFLが選手の健康管理に本格的に乗り出してから、よく聞く病名だ。

1928年にこの症状の原因は特定されており、当時から現在までCTEとともに使われてきたpunch drunk syndrome(ボクサー型認知症・パンチドランカー)の方がより広く知られているかもしれない。



全く愚かな話だが「ボクサー型」「パンチドランカー」と長い間、呼ばれてきたにもかかわらず、ボクシング界はこの問題に対して全く真剣に取り組まないまま100年が経とうとしている。

NFLは、ボクシング界からも積極的にデータ収集を行っているというのに。



ーーー兄の狂気に戸惑う妹の代わりに、彼を引き取ったのは息子のドノバンだった。

ドノバンが3歳のときに両親が離婚、父親のことは人づてにしか知らなかったが、父親は素晴らしいプロボクサーだったと、誰もが絶賛した。

どうして、そんなアスリートが露頭に迷うのか?

放蕩の末に散財したわけでも、酒やドラッグに溺れたわけでもないというのに。

競技で脳が損傷してしまったのは明らかで、彼が1セントの労働者災害補償も受けることができないなんて、誰がどう考えても狂った世界だ。



彼を見送った警官たちは「同姓同名だけど、本当に彼なのか?」と驚きを隠せなかった。

「あれが本当にドナルド・カリーなのか?」。

2011年だから、もう15年も前のことになる。


そして、警官たちも知っていた「彼」は、1980年代中盤に当時無敵のマービン・ハグラーを倒せると期待され、次期スーパースター候補の最右翼といわれた、ウエルター級のUndisputed champion(議論する余地のない王者)だった。

もう、いまから40年も前のことだ。



Curry is on a conveyor belt of old champions, used, abused and tossed on a scrapheap with nowhere to go.

興行主のトップランクはもちろん、WBAもWBCもIBFにも年金基金や選手組合は存在しない。ブラック企業ではない。

真っ黒けのブラック産業だ。

プロモーターや認定団体に利用されるだけ利用され、搾取されるだけ搾取され、使い物にならなくなったらスクラップのゴミの山に放り投げられるーーー彼もまたそんな非情なベルトコンベアの上に乗せられた1人の世界チャンピオンだった。

Curry's Sad But Important Story is a Tale That Needs To Be Told

いまこそドナルド・カリーの物語を伝えなければならない(ドノバン・カリー)。