Although Oleksandr Usyk could walk through most US citeies unnoticed and unheralded,in his enbattled but defiant homeland of Ukraine the world heavy weight champion is that rarity among pugilists – a boxer who matters deeply to those living beyond the sports's usually constituency of hard core fans.

オレクサンデル・ウシクは、彼が米国の街を歩いても何者なのか誰も気づかないほどに無名ですが、ロシアの侵略に断固抵抗している彼の母国ウクライナでは特別すぎる存在で、ボクシングファンを超えて深く重大な意味を持つ世界ヘビー級チャンピオンです。
PFPキング、いやそれどころか議論する余地のない世界ヘビー級チャンピオンでも誰もその名前を知らない米国ほどではないにせよ、ウクライナでもボクシングはメジャースポーツとは言えません(現在のウクライナが「それどころではない」という意味ではありません)。
それでも、身長191㎝、220ポンドの38歳は母国では「英雄」という言葉ですら物足りない存在です。
ボクシング黄金時代の米国で文字通りに巨人だったジャック・ジョンソン、ジョー・ルイス、モハメド・アリーーー打ちのめされ、虐げられた人々に勇気を与えたこの3人の世界ヘビー級チャンピオンのように、ウシクもまた苦難に喘ぐ母国の人々を支える大きな希望になっているのです。
Oleksandr Usyk have proved an invaluable salve for a wounded nation and its people.
ヴィルヘルム・オレクサンドロ・ビチウクはウクライナ南部のミコライウ生まれ、まだ23歳ですが、この戦争のベテラン兵士が語ってくれました。
「私と私の家族にとって非常に辛い戦争だ。小さい頃にクリミアに引っ越した。そして2013年にこの戦争の始まった。ロシアがクリミアを侵略、占領したんだ。私たちはミコライウに逃げ帰った」。
2021年には志願して歩兵部隊に加わりました。
「父親も兄も母国を守るために戦っていたから、従軍することに迷いはなかった」。
そして。
2022年2月24日午前4時、ロシアがウクライナへの全面侵略を開始。「起きろ!ついに始まった!ロシアが攻めてくる!」。
中尉の大きな声で私たちは叩き起こされ、ヴィルヘルムたちは直ちに戦闘配備に付きました。
「戦闘の最前線で見たのは、悲惨なんてものじゃなかった。町が破壊された、殲滅されたってニュースはいうけど、体をバラバラにされた男性の死体や、乱暴されて大怪我を負い死んだような目で空を見つめる女性や子供たちのことは語られることはない」。
ヴィルヘルムは、マリウポリの女性や子供を安全な場所まで退避させる撤退作戦に参加、ロシア軍の榴散弾の破片が当たり重傷を負ってしまいました。
野戦病院には負傷したウクライナ兵が続々と運び込まれました。ウィルヘルムは背中に負った大きな傷が塞がらない状態で「私の傷はまだ浅い」と、戦線復帰を願い出ます。
彼が次に合流したのは最前線の突破作戦。ヴィルヘルムのようなまだ傷の癒えない負傷兵がより過酷な戦闘に送り込まれるーーそれほどウクライナ軍は追い詰められていたのです。
最前線から数メートルも進むと機銃掃射の嵐に晒され、前方にはロシアの戦車部隊が待ち構えていました。
Ukrainian soldiers! Hands up! Surrender!
塹壕まで撤退した私たちは、銃撃が止んだのを不思議な思いでいましたが、すぐにスピーカーから大音量で流れるロシア兵の声が鼓膜をつんざきました。
「お前たちは完全に包囲されている!」「ウクライナ兵ども!両手をあげて出てこい!降伏しろ!」。
指揮官は「ここで全滅するわけにはいかない」と、私たちを説得して降伏を選びました。
ヴィルヘルムに大きなトラウマを残す、1年に及ぶ捕虜生活が始まります。
「ロシア人が捕虜を国際法に則って扱うことはない。捕虜の指を折ったり、牢屋に獰猛な犬を放ったり、電気ショックを与えて笑い転げていた。エイズや梅毒などに感染させた囚人と同じ房に閉じ込められることもある」。
ヴィルヘルムは「抵抗するな」という指揮官の命令に従って、言いなりになっていました。
彼が腕に印したウクライナ国旗のタトゥーに唾をかけられてもおとなしくしていましたが、それを抉り取られそうになるとナイフを奪って叫びました。
「これを抉り取るなら、まず私の心臓を抉り取れ!」。
ヴィルヘルムは警棒でめったうちにされましたが、腕の国旗は守り抜きました。
1年後、ようやく釈放されたとき、彼の体重は75kgから47kgまで削り取られて別人のように痩せさらばえていました。
すぐに戦線復帰を申し出ましたが、長期のリハビリが必要で、運動能力にも障害が残るヴィルヘルムは心理学者となって、彼と同じように肉体と精神に重大な傷を負った兵士をカウンセリングし、支援する仕事につきました。
さらに、リナト・アフメトフが資金提供している、マリウポリ防衛軍とその家族を支援するプロジェクト「The Heart of Azovstal (アゾフスタル魂)」(※)の大使にも就任。
自分たちがどれほどれほど強大で無慈悲な相手と戦っているのかを思い知らされたウクライナの傷ついた人々にとって、自分よりもはるかに強大な敵と勇敢に戦い勝利するウシクは希望そのものです。
From the frontline to ringsaide

◾️写真の右端がウィルヘルム
昨年12月、彼らに思いがけないプレゼントが贈られました。
The Heart of Azovstal projectのサポートによって、サウジアラビア・リヤドで行われた世界ヘビー級タイトルマッチを観戦したのです。
王者はもちろんオレクサンデル・ウシク。挑戦者は55ポンド(24.9kg)も重いタイソン・フューリー。
「スポーツ観戦といえばサッカー、これ以上ない喧騒の中で自分のチームを大声で応援するんだ。でも、リヤドのキングダムアリーナは静まり返って、厳かな空気は試合が始まってからも変わらなかった。とんでもない経験をしていることが理解できた」。
「そんな厳粛なアリーナでウクライナ国歌を聞いたんだ。涙が出ると思ったけど、そうじゃなかった。ウシクがこれから命懸けの戦いに向かうというのに、私たちが泣くわけにはいかなかった。リングサイドからウシクの姿がよく見えたけど、現実以上に距離が近い気がした。ウシクと一緒に私たちも戦っている気持ちになったんだ」。
While many in the West have urged Usyk to retire, arguing he has nothing left to prove in the boxing ring.
英国や米国では「もうリングの上で証明することは何一つなくなった」と、ウシクに引退を勧める声があります。
フロイド・メイウェザーやマニー・パッキャオにはかけられなかった優しい言葉に聞こえますが、彼らの本音は「英国のスター選手や米国のホープにとってウシクは強すぎる。全く人気がなく商業的な価値が低いウシクが引退したら、大きなタイトルを巡って人気選手が争うことができる」ということ。
ヴィルヘルムは「ウシクには戦い続けて欲しい。小さな彼が巨大な敵に立ち向かう姿はウクライナの誇りそのものだから」と現役続行を願っています。
▶︎▶︎▶︎(※)かつて西側諸国でも「ネオナチ」と表現されるほど悪名高かったアゾフ旅団、アゾフ大隊ですが、現在は軍規を改正しています。とはいえ、ここにホワイトウォッシュ的な目的がないとは思えません。
アゾフ旅団の前身がFCメタリスト・ハリキウのウルトラス(狂信的サポーター)で、ソ連時代からスパルタクス・モスクワと友好関係にあったというのも不思議な気がします。
日本が騒乱、戦争に巻き込まれて狂信的な
ESPNの投票結果を見るまでもなく、ウシクはほぼ満場一致のPFP1位ですが、ウクライナ以外の国、専門家以外のファンの間で、ウシクが最も正確(正当?)に評価されているのは間違いなく日本です。
それはとても誇らしいことだと思います。

クリミア併合に抵抗するビタリクリチコ。「催涙弾なんてレノックス・ルイスのパンチと比べたらたいしたことはない」。

アゾフの話につながりますが、ゼレンスキー大統領やウシクは〝そっち側〟。キーウ市長のビタリ・クリチコはそうではないんです。
NHKの「世界のドキュメンタリー キーウ市長クリチコ 戦うボクシング元世界王者」を見た方もいるでしょう。
本当なら、国家存亡の危機、メンツはもちろん、当面の主義主張は後回しでビタリに歩み寄ってタッグを組むべきなんですが、ゼレンスキーは明らかに距離を置いています。

オレクサンデル・ウシクは、彼が米国の街を歩いても何者なのか誰も気づかないほどに無名ですが、ロシアの侵略に断固抵抗している彼の母国ウクライナでは特別すぎる存在で、ボクシングファンを超えて深く重大な意味を持つ世界ヘビー級チャンピオンです。
PFPキング、いやそれどころか議論する余地のない世界ヘビー級チャンピオンでも誰もその名前を知らない米国ほどではないにせよ、ウクライナでもボクシングはメジャースポーツとは言えません(現在のウクライナが「それどころではない」という意味ではありません)。
それでも、身長191㎝、220ポンドの38歳は母国では「英雄」という言葉ですら物足りない存在です。
ボクシング黄金時代の米国で文字通りに巨人だったジャック・ジョンソン、ジョー・ルイス、モハメド・アリーーー打ちのめされ、虐げられた人々に勇気を与えたこの3人の世界ヘビー級チャンピオンのように、ウシクもまた苦難に喘ぐ母国の人々を支える大きな希望になっているのです。
Oleksandr Usyk have proved an invaluable salve for a wounded nation and its people.
ヴィルヘルム・オレクサンドロ・ビチウクはウクライナ南部のミコライウ生まれ、まだ23歳ですが、この戦争のベテラン兵士が語ってくれました。
「私と私の家族にとって非常に辛い戦争だ。小さい頃にクリミアに引っ越した。そして2013年にこの戦争の始まった。ロシアがクリミアを侵略、占領したんだ。私たちはミコライウに逃げ帰った」。
2021年には志願して歩兵部隊に加わりました。
「父親も兄も母国を守るために戦っていたから、従軍することに迷いはなかった」。
そして。
2022年2月24日午前4時、ロシアがウクライナへの全面侵略を開始。「起きろ!ついに始まった!ロシアが攻めてくる!」。
中尉の大きな声で私たちは叩き起こされ、ヴィルヘルムたちは直ちに戦闘配備に付きました。
「戦闘の最前線で見たのは、悲惨なんてものじゃなかった。町が破壊された、殲滅されたってニュースはいうけど、体をバラバラにされた男性の死体や、乱暴されて大怪我を負い死んだような目で空を見つめる女性や子供たちのことは語られることはない」。
ヴィルヘルムは、マリウポリの女性や子供を安全な場所まで退避させる撤退作戦に参加、ロシア軍の榴散弾の破片が当たり重傷を負ってしまいました。
野戦病院には負傷したウクライナ兵が続々と運び込まれました。ウィルヘルムは背中に負った大きな傷が塞がらない状態で「私の傷はまだ浅い」と、戦線復帰を願い出ます。
彼が次に合流したのは最前線の突破作戦。ヴィルヘルムのようなまだ傷の癒えない負傷兵がより過酷な戦闘に送り込まれるーーそれほどウクライナ軍は追い詰められていたのです。
最前線から数メートルも進むと機銃掃射の嵐に晒され、前方にはロシアの戦車部隊が待ち構えていました。
Ukrainian soldiers! Hands up! Surrender!
塹壕まで撤退した私たちは、銃撃が止んだのを不思議な思いでいましたが、すぐにスピーカーから大音量で流れるロシア兵の声が鼓膜をつんざきました。
「お前たちは完全に包囲されている!」「ウクライナ兵ども!両手をあげて出てこい!降伏しろ!」。
指揮官は「ここで全滅するわけにはいかない」と、私たちを説得して降伏を選びました。
ヴィルヘルムに大きなトラウマを残す、1年に及ぶ捕虜生活が始まります。
「ロシア人が捕虜を国際法に則って扱うことはない。捕虜の指を折ったり、牢屋に獰猛な犬を放ったり、電気ショックを与えて笑い転げていた。エイズや梅毒などに感染させた囚人と同じ房に閉じ込められることもある」。
ヴィルヘルムは「抵抗するな」という指揮官の命令に従って、言いなりになっていました。
彼が腕に印したウクライナ国旗のタトゥーに唾をかけられてもおとなしくしていましたが、それを抉り取られそうになるとナイフを奪って叫びました。
「これを抉り取るなら、まず私の心臓を抉り取れ!」。
ヴィルヘルムは警棒でめったうちにされましたが、腕の国旗は守り抜きました。
1年後、ようやく釈放されたとき、彼の体重は75kgから47kgまで削り取られて別人のように痩せさらばえていました。
すぐに戦線復帰を申し出ましたが、長期のリハビリが必要で、運動能力にも障害が残るヴィルヘルムは心理学者となって、彼と同じように肉体と精神に重大な傷を負った兵士をカウンセリングし、支援する仕事につきました。
さらに、リナト・アフメトフが資金提供している、マリウポリ防衛軍とその家族を支援するプロジェクト「The Heart of Azovstal (アゾフスタル魂)」(※)の大使にも就任。
自分たちがどれほどれほど強大で無慈悲な相手と戦っているのかを思い知らされたウクライナの傷ついた人々にとって、自分よりもはるかに強大な敵と勇敢に戦い勝利するウシクは希望そのものです。
From the frontline to ringsaide

◾️写真の右端がウィルヘルム
昨年12月、彼らに思いがけないプレゼントが贈られました。
The Heart of Azovstal projectのサポートによって、サウジアラビア・リヤドで行われた世界ヘビー級タイトルマッチを観戦したのです。
王者はもちろんオレクサンデル・ウシク。挑戦者は55ポンド(24.9kg)も重いタイソン・フューリー。
「スポーツ観戦といえばサッカー、これ以上ない喧騒の中で自分のチームを大声で応援するんだ。でも、リヤドのキングダムアリーナは静まり返って、厳かな空気は試合が始まってからも変わらなかった。とんでもない経験をしていることが理解できた」。
「そんな厳粛なアリーナでウクライナ国歌を聞いたんだ。涙が出ると思ったけど、そうじゃなかった。ウシクがこれから命懸けの戦いに向かうというのに、私たちが泣くわけにはいかなかった。リングサイドからウシクの姿がよく見えたけど、現実以上に距離が近い気がした。ウシクと一緒に私たちも戦っている気持ちになったんだ」。
While many in the West have urged Usyk to retire, arguing he has nothing left to prove in the boxing ring.
英国や米国では「もうリングの上で証明することは何一つなくなった」と、ウシクに引退を勧める声があります。
フロイド・メイウェザーやマニー・パッキャオにはかけられなかった優しい言葉に聞こえますが、彼らの本音は「英国のスター選手や米国のホープにとってウシクは強すぎる。全く人気がなく商業的な価値が低いウシクが引退したら、大きなタイトルを巡って人気選手が争うことができる」ということ。
ヴィルヘルムは「ウシクには戦い続けて欲しい。小さな彼が巨大な敵に立ち向かう姿はウクライナの誇りそのものだから」と現役続行を願っています。
▶︎▶︎▶︎(※)かつて西側諸国でも「ネオナチ」と表現されるほど悪名高かったアゾフ旅団、アゾフ大隊ですが、現在は軍規を改正しています。とはいえ、ここにホワイトウォッシュ的な目的がないとは思えません。
アゾフ旅団の前身がFCメタリスト・ハリキウのウルトラス(狂信的サポーター)で、ソ連時代からスパルタクス・モスクワと友好関係にあったというのも不思議な気がします。
日本が騒乱、戦争に巻き込まれて狂信的な
ESPNの投票結果を見るまでもなく、ウシクはほぼ満場一致のPFP1位ですが、ウクライナ以外の国、専門家以外のファンの間で、ウシクが最も正確(正当?)に評価されているのは間違いなく日本です。
それはとても誇らしいことだと思います。

クリミア併合に抵抗するビタリクリチコ。「催涙弾なんてレノックス・ルイスのパンチと比べたらたいしたことはない」。

アゾフの話につながりますが、ゼレンスキー大統領やウシクは〝そっち側〟。キーウ市長のビタリ・クリチコはそうではないんです。
NHKの「世界のドキュメンタリー キーウ市長クリチコ 戦うボクシング元世界王者」を見た方もいるでしょう。
本当なら、国家存亡の危機、メンツはもちろん、当面の主義主張は後回しでビタリに歩み寄ってタッグを組むべきなんですが、ゼレンスキーは明らかに距離を置いています。
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フシ穴の眼
が
しました