昭和も昭和、今から50年以上も前のお話。

王貞治はベーブ・ルースやハンク・アーロンの記録を抜き、ホームランの世界記録を作りました。

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具志堅用高はジュニアフライ級の連続防衛記録を次々に更新、その数字を世界記録の13にまで伸ばしました。

半世紀以上も前に、日本列島を熱狂させた王と具志堅。

王は新設された国民栄誉賞の第1号に選ばれ、具志堅もその俎上に乗りました。

しかし、当時の政府は、具志堅への国民栄誉賞を見送ります。「ボクシングは国民の支持が薄く、特に青少年の支持が希薄」というのがその理由でした。

ーーーあの当時ですら、ボクシングのステイタスはすでに崩落していたのです。

ボクシングマガジンの読者投稿欄では「確かに王貞治と比べたら具志堅のインパクトはやや小さかったかもしれないが、(二人目の受賞者)古賀政男は国民と青少年の支持が厚かったとでもいうのだろうか?」と、至極真っ当なド正論も展開されていました。

そして、その投稿欄には「具志堅の国民栄誉賞内定のニュースを聞いたときは、これがボクシング復活のきっかけになると期待したのに」という声も。

当時は私がボクシングに興味を持ち始めていた頃。毎日のようにボクシングの試合が中継されていた時代は終わっていても、世界タイトルマッチには今とは比較にならない国際試合の緊張感があふれているように感じました。



あれから幾星霜。

距離を偽った箱庭球場に圧縮バット、飛ぶボールで作られた記録。そして何よりも米国で使い物にならなかったポンコツが大活躍していた日本プロ野球のレベル。

具志堅の世界記録も、現在と同じく欧米では層が薄くレベルが低いと見下されている軽量級で作られました。

もちろん、当時もそれを指摘する人はいました。そして、王や具志堅に熱狂していた人々も薄々気づいていましたが、昭和も昭和、1970年代にそれを言うのはナンセンスでした。

王が凄いことに何ら変わりはない。具志堅が尊敬に値するファイターであることも疑いようがない。そんな2人を〝世界記録〟で讃えようーーーそんな心の余裕がある時代でした。


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これ⬆︎は、今朝の朝日新聞スポーツ欄です。

「井上、無双の世界戦23KOへ〜元世界2階級制覇王者 亀田大毅氏に聞く」。

なにわの弁慶が初っ端から飛ばします。「プロボクサーの中で世界戦にたどり着けるのは数千、数万人に一人」。

最も多くの競技人口を抱えるライト級〜ウエルター級で、2500人前後。一つの階級に4団体の王者がいますから、それだけでも600人〜700人前後に1人。

1200人未満のバンタム級なら300人に1人、1400人程度のジュニアフェザー級でも350人に1人。

そしてこのベースになる数字には4〜6回戦レベルがほとんど、上位のボクサーでも当たり前に本業を持っているパートタイムボクサーです。

しかも、これはあくまで「王者のカウント」。「世界戦までたどり着く」という角度で挑戦者を含めると、300人は150人になります。

王者が防衛を重ねたり、当たり前に行われている決定戦、1人のボクサーが何度でも挑戦している現状を踏まえると「世界戦までたどり着く」のは述べ人数で100人に1人を大幅に割り込むでしょう。

また、1人のボクサーに何度も世界挑戦のチャンスが与えられることも珍しくありません。


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お昼休みには関係がありますが、本文とは全く関係ありません。

それにしても…。

井上に取材した形跡が全くない記事で、おそらく会話したことすらない亀田大毅に語らせる朝日新聞のセンスは皮肉ではなく非常に面白いと思います。

もう少し突っ込んで、彼らの言い分にも踏み込んだ発言を拾えたら良い記事になったはずです。

後出しの批判は簡単で、朝日の記者もいろいろ聞いていても大毅が「そんな質問に答えるならもういいです」と機嫌を損ねたので、とりつくった結果、あの記事が出来上がったのかもしれません。

また、今後を考えると井上はもちろん、亀田とも良好な関係を築きたいというのも、ジャーナリストではなく、企業の立場、本音もあります。


週末、気が向いたら、この記事の流れで、勝手に〝リライト〟してみます。