飛び抜けたパンチャーの顎は脆いガラスで出来ている。

一体、誰がそんなことを言ったんだ?

そいつがジョージ・フォアマンを見たことがあるならそんな台詞は思い浮かぶわけがないし、ジョージ・フォアマンを見たことがない、知らなかったと考えるには、ビッグジョージはあまりにも有名すぎる。



ヘビー級王者は一度タイトルを手放すと2度と取り戻すことは出来ない。

そんな思い込みの常識を打ち砕いて3度も王者に就いたのは、あの憎きモハメド・アリだった。アリは1971年にジョー・フレイジャーとの世紀の対決でタイトルを失い、3年後の1974年に取り戻した。78年にレオン・スピンクスに奪われると、その年のうちに11歳年下のレオンにリベンジした。

ビッグ・ジョージの返り咲きはアリよりも一つ少ない2度だ。1974年にキンシャサでタイトルを失い、ちょうど20年後の1994年にラスベガスのMGMグランドガーデン・アリーナで奪還した。こんな文字通りの離れ業は、アリにだって出来やしない。





ーーー1968年メキシコ五輪で金メダルを獲得した偉業抜きにして、ビッグ・ジョージの人生を語ることは出来ない。

国を代表して4年に一度の世界チャンピオンになることが、腐り切ったプロボクシングのアルファベットタイトルを集めるよりも遥かに価値があるというありきたりの理由だけではない。

金メダル・ファイトに勝利したフォアマンが星条旗を持ってリングの隅々でお辞儀をしていた光景を多くの人が記憶しているはずだ。

日本人の目には「謙虚な黒人ボクサー」と映ったかもしれないが、1968年がどういう時代だったのか、そしてあのメキシコ五輪でフォアマンが金メダルを獲る10日前に何が起きていたのかを知れば、星条旗を振って四方にアピールする黒人が大きな十字架を背負ってしまったことを理解できるだろう。

10日前、トミー・スミスとジョン・カーロスが金・銅を獲った男子200メートルの表彰式。2人は表彰台で拳を高く挙げるブラック・パワー・サリュートの姿勢で人種差別に抗議した。

五輪憲章に違反する政治的パフォーマンスに、2人は代表チームから除名され、選手村からも追放されてしまう。

権力側から見れば〝重大犯罪〟でも、当時燃え盛っていた公民権運動の中ではあの2人は英雄。フォアマンは黒人社会からも白人に追従する裏切り者とみなされた。




6年後のザイール・キンシャサでアリが熱狂的に支持されたのは、両者に刻印されたステレオタイプのイメージから当然の結果だった。

金メダルをかけて、誇らしい気持ちで胸をいっぱいにしながら地元テキサス州ヒューストンのライオンズアベニューを闊歩していると、知人男性が駆け寄って来るなり「ブラザー(スミスとカーロス)が俺たちのために権力に抗議したというのに、お前はどうしてあんなマネをしたんだ!」と侮蔑の目を向けながら吐き捨てた。

それでもフォアマンは後悔していない。

オリンピック村に入ったとき、私と同じ肌の選手が何人もいた。話しかけても英語が通じない。自分たちを識別するのは国旗だけだとわかった。だから国旗を用意していたんだ。

常識で考えてくれたらわかるはずだ。私が人種差別を肯定しているわけがない。

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もしフォアマンがいなければ〝モハメド・アリ〟も存在していなかった。

もしフォアマンが恐るべき強打者でなければ、キンシャサでの出来事は50年後も語り継がれる奇跡だと熱狂されることはなかった。

そして、20年もの時空を超えてフォアマンが世界チャンピオンになっていなければ…それでも1970年代のヘビー級は史上最強と謳われていただろうが、それに異を唱える者もいたはずだ。



引退後のフォアマンは圧倒的なネームバリューを生かして、起業家としても大成功を収めた。1994年に発売された「George Foreman Lean Mean Fat-Reducing Grilling Machine」は、世界中で1億台以上も売り上げたのだ。

きっとあなたの家の台所にもあるはずだ。


さようなら、ビッグジョージ。