BEST I FACED SUGAR RAY LEONARD

メイウェザーにとって後ろ手に手錠をかけられるのは、遺伝子レベルでも慣れたもの。サマになってます!
フロイド・メイウェザーは絶望には慣れている。
世の中なんて、人生なんて、ロクなことがないと、物心ついたころにはわかっていた。それは一種の悟りと言い切っても良いだろう。
ブッダは厳しい修行の果てに悟りを開いたが、フロイドの場合は頼んでもいないのに悟りの方からこっちにやって来たのだった。
この世界で信じることができるのは、自分だけだ。
銃撃された父親がまだ1歳の赤ん坊の自分を盾にしたことは、細胞レベルで記憶している。
少し大きくなってから父親が自分を抱き上げようとしたとき、無意識に大きな悲鳴をあげて拒んだ。
ドラッグで24時間ラリっている父親だったが、「まさかあのとき盾にしたのを覚えているのか?」と、ひどくバツの悪そうな苦笑いを浮かべていたことは、胸の中の一番奥の部屋に鍵をかけてしまっている。
母親は重度の麻薬中毒だったが、それでもまだマシだと思えた。やはり麻薬中毒だった叔母は不潔な注射針からエイズに感染して苦しみにのたうち回って死んでいた。
フロイドの生まれたミシガン州グランラピッツは、とにかく憂鬱な街だった。
気持ちよく晴れた日でも、通りのいたるところに注射器や注射針が落ちているのを目にすると気が滅入った。ハッパの匂いが充満して、夜も朝も昼もどこかで乾いた銃声が響いていた。
父親は麻薬の売人で、相手が望めば家族にでも商品を融通した。下劣で最低の男に見えたが〝副業〟ではその才能は誰からも認められていた。
フロイド・メイウェザーSr.はプロボクシングの元世界ランカーだったのだ。
叔父の2人、ロジャーはWBAジュニアライト級とWBCジュニアウエルター級の2階級制覇王者、ジェフはIBFジュニアライト級王者というボクシングの名門一家だった。
それでも、メイウェザーの一族が呪われているとしか思えなかった。
シニアはレナードに、ロジャーはフリオ・セサール・チャベスに、ジェフはオスカー・デラホーヤにKOされた。
よく考えると、とんでもない偉業なはずだ。シニアもロジャーもジェフも、敗れたとはいえ、ボクシングシーンの頂点に挑んだのだから。
当然、メディアやカジュアルなボクシングファンの記憶にも彼らは焼きついている。
しかし、メディアやファンの記憶は賞賛や尊敬とは程遠い「メイウェザーは噛ませの脇役」「勝負弱い」「打たれ弱い」という烙印だった。
フロイド・メイウェザーJr.がアトランタ五輪でメダルを獲得、プロ転向のときに「レナードの後継者になる」と宣言したとき、周囲が冷ややかな反応を示したのはメダルの色が銅だったからでも、プロでは注目度の低いジュニアライト級でデビューするからだけではなかった。
「レナードの後継者?何を言ってるんだ。お前はレナードとは真逆の勝負弱くて打たれ弱いメイウェザーの一族のくせに」。
プロデビュー戦のファイトマネーはわずか2500ドル、当時のレートで25万円。トップランクと契約した五輪メダリストとしては、桁が違うんじゃないか?というほど信じられないほどの薄給だった。
無敗の快進撃を続けても、一度も効かされることがなくても「勝負弱い」「打たれ弱い」という不当な決めつけは拭い去ることが出来なかった。
傑出のパフォーマンスで強敵を斬り落としても、上がるのは専門家やマニアの評価であるPFPランキングだけ。ファイトマネーは思うように上がらなかった。

「打たれ弱さは遺伝する」「打たれ強さは持って生まれたもの。練習ではどうにもならない」。
それが全くの偏見であることを、フロイドは過酷な練習で覆してみせたというのに。
人気階級のど真ん中、ウエルター級に打って出るには173㎝の体は小さすぎたが、そこで実力を見せつけるしか、一族が背負った十字架を降ろす方法はなかった。

今からちょうど10年前の、リング誌2015年4月号。
Fighter Of The Yearはセルゲイ・コバレフに譲ったものの、フロイドJr.はBest Fighter Poll(年間PFP)で満票の1位。
ヘッドラインは「WHO ELSE?(PFPキングはメイウェザー以外に考えられない)」。
好かれる人気よりも、嫌悪される〝人気〟のほうが強烈。薬よりも毒の方が人々を遥かに刺激する。
マネー(銭ゲバ)となって人気階級に乗り込んだメイウェザーは、退屈なタッチボクシングを繰り広げてブーイングを浴びながらも、ファイトマネーを爆発的に膨張させた。
品性下劣な言動を繰り返すことで、誰からも激しく嫌悪される人物をスターと呼べるとしたら、全く新しいスター像を作り上げたメイウェザーは、間違いなく「セルフプロデュースの天才」だった。

オッズと専門家予想は大きくメイウェザーに傾いていたというに、ファンの勝敗予想はなんと圧倒的に外国人のパッキャオ。
自国開催の五輪でメダル獲得、プロでも無敗の快進撃中の米国人のメイウェザーが「勧善懲悪の激突」(CNN)という構図で完全ヒールに回ったのだ。
こんな倒錯は、歴史上前代未聞の出来事で、もう2度と見ることはできないだろう。
プロレスならまだしも、真剣勝負のボクシングの世界で自らヒールの仮面を被って見せたフロイド・メイウェザー。
ヒーローになりたかったのに周囲に踊らされてヒールに貶められ、泣いて謝罪会見を開いたり、懺悔の言葉を絞り出した亀田一家とは全く対極の彼方に屹立する〝銭ゲバ〟メイウェザー。
彼は、亀田が翻弄された軽薄で暗愚なメディアやファンを、自分の思い通りに見事なまでに手玉にとって見せたのだ。
BEST DEFENSE:Floyd Mayweather Sr.
That defensive style rubbed off on his son
最も優れた防御技術を持っていたのは、フロイド・メイウェザーSr.だ。そしてそれは彼の息子が完成させた。〜シュガー・レイ・レナード
That defensive style rubbed off on his son
最も優れた防御技術を持っていたのは、フロイド・メイウェザーSr.だ。そしてそれは彼の息子が完成させた。〜シュガー・レイ・レナード

メイウェザーにとって後ろ手に手錠をかけられるのは、遺伝子レベルでも慣れたもの。サマになってます!
フロイド・メイウェザーは絶望には慣れている。
世の中なんて、人生なんて、ロクなことがないと、物心ついたころにはわかっていた。それは一種の悟りと言い切っても良いだろう。
ブッダは厳しい修行の果てに悟りを開いたが、フロイドの場合は頼んでもいないのに悟りの方からこっちにやって来たのだった。
この世界で信じることができるのは、自分だけだ。
銃撃された父親がまだ1歳の赤ん坊の自分を盾にしたことは、細胞レベルで記憶している。
少し大きくなってから父親が自分を抱き上げようとしたとき、無意識に大きな悲鳴をあげて拒んだ。
ドラッグで24時間ラリっている父親だったが、「まさかあのとき盾にしたのを覚えているのか?」と、ひどくバツの悪そうな苦笑いを浮かべていたことは、胸の中の一番奥の部屋に鍵をかけてしまっている。
母親は重度の麻薬中毒だったが、それでもまだマシだと思えた。やはり麻薬中毒だった叔母は不潔な注射針からエイズに感染して苦しみにのたうち回って死んでいた。
フロイドの生まれたミシガン州グランラピッツは、とにかく憂鬱な街だった。
気持ちよく晴れた日でも、通りのいたるところに注射器や注射針が落ちているのを目にすると気が滅入った。ハッパの匂いが充満して、夜も朝も昼もどこかで乾いた銃声が響いていた。
父親は麻薬の売人で、相手が望めば家族にでも商品を融通した。下劣で最低の男に見えたが〝副業〟ではその才能は誰からも認められていた。
フロイド・メイウェザーSr.はプロボクシングの元世界ランカーだったのだ。
叔父の2人、ロジャーはWBAジュニアライト級とWBCジュニアウエルター級の2階級制覇王者、ジェフはIBFジュニアライト級王者というボクシングの名門一家だった。
それでも、メイウェザーの一族が呪われているとしか思えなかった。
シニアはレナードに、ロジャーはフリオ・セサール・チャベスに、ジェフはオスカー・デラホーヤにKOされた。
よく考えると、とんでもない偉業なはずだ。シニアもロジャーもジェフも、敗れたとはいえ、ボクシングシーンの頂点に挑んだのだから。
当然、メディアやカジュアルなボクシングファンの記憶にも彼らは焼きついている。
しかし、メディアやファンの記憶は賞賛や尊敬とは程遠い「メイウェザーは噛ませの脇役」「勝負弱い」「打たれ弱い」という烙印だった。
フロイド・メイウェザーJr.がアトランタ五輪でメダルを獲得、プロ転向のときに「レナードの後継者になる」と宣言したとき、周囲が冷ややかな反応を示したのはメダルの色が銅だったからでも、プロでは注目度の低いジュニアライト級でデビューするからだけではなかった。
「レナードの後継者?何を言ってるんだ。お前はレナードとは真逆の勝負弱くて打たれ弱いメイウェザーの一族のくせに」。
プロデビュー戦のファイトマネーはわずか2500ドル、当時のレートで25万円。トップランクと契約した五輪メダリストとしては、桁が違うんじゃないか?というほど信じられないほどの薄給だった。
無敗の快進撃を続けても、一度も効かされることがなくても「勝負弱い」「打たれ弱い」という不当な決めつけは拭い去ることが出来なかった。
傑出のパフォーマンスで強敵を斬り落としても、上がるのは専門家やマニアの評価であるPFPランキングだけ。ファイトマネーは思うように上がらなかった。

「打たれ弱さは遺伝する」「打たれ強さは持って生まれたもの。練習ではどうにもならない」。
それが全くの偏見であることを、フロイドは過酷な練習で覆してみせたというのに。
人気階級のど真ん中、ウエルター級に打って出るには173㎝の体は小さすぎたが、そこで実力を見せつけるしか、一族が背負った十字架を降ろす方法はなかった。

今からちょうど10年前の、リング誌2015年4月号。
Fighter Of The Yearはセルゲイ・コバレフに譲ったものの、フロイドJr.はBest Fighter Poll(年間PFP)で満票の1位。
ヘッドラインは「WHO ELSE?(PFPキングはメイウェザー以外に考えられない)」。
好かれる人気よりも、嫌悪される〝人気〟のほうが強烈。薬よりも毒の方が人々を遥かに刺激する。
マネー(銭ゲバ)となって人気階級に乗り込んだメイウェザーは、退屈なタッチボクシングを繰り広げてブーイングを浴びながらも、ファイトマネーを爆発的に膨張させた。
品性下劣な言動を繰り返すことで、誰からも激しく嫌悪される人物をスターと呼べるとしたら、全く新しいスター像を作り上げたメイウェザーは、間違いなく「セルフプロデュースの天才」だった。

オッズと専門家予想は大きくメイウェザーに傾いていたというに、ファンの勝敗予想はなんと圧倒的に外国人のパッキャオ。
自国開催の五輪でメダル獲得、プロでも無敗の快進撃中の米国人のメイウェザーが「勧善懲悪の激突」(CNN)という構図で完全ヒールに回ったのだ。
こんな倒錯は、歴史上前代未聞の出来事で、もう2度と見ることはできないだろう。
プロレスならまだしも、真剣勝負のボクシングの世界で自らヒールの仮面を被って見せたフロイド・メイウェザー。
ヒーローになりたかったのに周囲に踊らされてヒールに貶められ、泣いて謝罪会見を開いたり、懺悔の言葉を絞り出した亀田一家とは全く対極の彼方に屹立する〝銭ゲバ〟メイウェザー。
彼は、亀田が翻弄された軽薄で暗愚なメディアやファンを、自分の思い通りに見事なまでに手玉にとって見せたのだ。
コメント
コメント一覧 (3)
「IB」で「IBF」と入力されてそのまま訂正しませんでした。
フシ穴の眼
が
しました
フシ穴の眼
が
しました
無冠時代のデラホーヤだけでなく名のある選手には尽く負けてる選手ってイメージでしたから。
フシ穴の眼
が
しました