T.K.

2025/02/15 15:24

採算度外視のサウジやサブスクからの金は、なんだかなぁ…という感じです。
好カード連発のサウジはともかく、キャリアの無駄遣い連発のLeminoにはガッカリです。
井上信者と呼ばれている人達は、ここ数戦のマッチメイクに満足しているのか?Leminoは加入者数を伸ばしているのか?謎です。
今後に期待。残された時間は長く無い。

勿論井上ファンです。

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レナードもタイソンもデラホーヤもメイウェザーもパッキャオもーーー然るべき相手との激闘がありました。

レナードやメイウェザー、パッキャオは燃え上がる火中を鮮やかに潜り抜け、デラホーヤは一進一退の激闘を見せ、タイソンは全敗ながら滅びのショックを与えました。彼らの星勘定はそれぞれでも、ライバルたちとの激しい凌ぎ合いがありました。

残念ながら、井上尚弥にはそれがありません。

もちろん、、パッキャオのバレラとモラレスとマルケスなんて実力(3人ともPFP上位)、人気(3人ともメキシカン)という奇跡もいいところの巡り合わせでした。常識的には軽量級でデュランやハーンズ、ハグラー、チャベス、トリニダード、ホプキンス、ハットン、コット、カネロのようなボクシングファンなら誰でも知っているビッグネームは、そもそも存在するわけがないのです。

パッキャオの幸運や人気階級と比較すると小粒感が否定できないとはいえローマン・ゴンサレスやファン・フランシスコ・エストラダーダ、ギレルモ・リゴンドーらとのニアミスや、10年スパンでは全盛期ドネアやレオ・サンタクルス、アブネル・マレス、カール・フランプトンらとのすれ違いーーー。

彼らは全員がPFPファイターでチョコラティトは2年間も1位に君臨。やはり、全員がFighter of the Yearにノミネートされた経験を持ち、ドネアとフランプトンはこのボクサー最高の賞に輝きました。

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アドリアン・エルナンデスは階級最弱王者の評価でしたが、なぜか井上信者は階級最強と思い込んでいます…。


「強い相手としか戦わない」。考えてみると、これは実に深みのある言葉です。

強い相手としか戦わないはずなのに、デビュー戦からいきなりクリソン・オマヤオですからビックリ仰天です。

田口良一、オマール・ナルバエス、エマヌエル・ロドリゲス、スティーブン・フルトンは階級最強(田口は「未来の階級最強」)だったとはいえ、けしてインパクトのあるメンツではありません。

井上のキャリアのどこをどう見渡しても、PFPファイターは1人もいません。「元」まで緩和してもドネアだけ。そのドネアを除いて、Fighter of the Yearにはノミネートすらされたことすらない、そんな対戦相手がずらりと並んでいるのです。



ーーー最初のクラス、ジュニアフライ級でどうしてドニー・ニエテスを選ばなかったのか?ローマン・ゴンサレス全盛のフライ級をどうしてスキップしたのか?そのロマゴンを破壊したシーサケット・ソールンビサイにはどうして興味を示さなかったのか?

それでも「強い相手としか戦わない」を成立させるロジックはあります。

そもそも「強い相手」という非常に抽象的な表現を使っていますが、「階級最強としか戦わない」など具体的なことは一言もいっていません。


井上自身はそんなことを考えてもいないでしょうが、「強い相手としか戦わない」というのは「(在籍階級で勝てる相手の中で)強い相手としか戦わない」と解釈すると、ロジックは十分に成立します。

「在籍階級で」というなら、階級最弱評価だったエルナンデスはどうなるのか?これは「王者に弱いヤツはいない」という死語を持ち出せば、筋が通ります。

デビュー戦でオマヤオを選んだことについても「(世界戦では)強い相手としか戦わない」と解釈すると、オマヤオは対象外。

また、防衛戦で明らかに弱い相手が紛れ込んでいるのも「強い相手が逃げた」ので、アントニオ・ニエベスやヨアン・ボワイヨ、アラン・ディパエンらは弱い相手というよりも、陣営や信者から見れば「勇気ある挑戦者」に早変わりします。

その一方で、井上にアンダードッグの試合が一つもないのは「強いから」というだけでなく、厳しい表現を使うと「冒険的なマッチメイクは絶対にしない」一面もあります。



話を2012年のオマヤオ戦に戻すと「アマチュア7冠」と騒がれたデビュー、その注目度はよくある「アマチュア◉冠」の1人に過ぎませんでした。

契約書に「強い選手と戦う。弱い選手とは戦わない」という条件が盛り込まれたというエピソードも、そんな抽象的で曖昧な条件に契約の意味は全くありませんから、これは笑うとこです。

もちろん、そんな条件を契約書に入れたこと、このエピソードがボクシングファンに好意的に受け入れた背景には、当時の日本ボクシング界を振り回していた亀田一家の存在があります。

それまで、井岡一翔がぼんやりと担っていた「NO MORE亀田」の役割を、名指しこそしなかったものの大声をあげて明確に示したのが井上尚弥だったのです。


あの頃は大橋秀行も、井上真吾ですらも井上が何者なのかは誰もわかっていなかったのです。おそらく、井上尚弥本人も。

もし、わかっていたら?ーーー。

「亀田一家を意識」することも、足が痙攣するほど過酷な減量で「108ポンドでデビュー」させることも、井岡が持っていた「世界タイトル最短奪取記録の更新」を狙うことも…そんな瑣末なことに拘泥することのない、世界の人気階級まで睨んだグランドデザインを描いていたかもしれません。

もちろん、そんなビッグイフはあり得ません。過去に遡ることなど誰にもできないのです。そして、過去を書き換えたら、もちろん未来も変えてしまうことになるでしょう。ビッグイフが実現される良い意味だけでなく…。


「イチローが高卒即MLBへ挑戦していたら5000本安打していた」といっても、1991年ドラフトでオリックスから4位指名を受けた選手が何者なのかなんて、誰にもわかるわけがありません。

もし、人気球団の読売ジャイアンツや阪神タイガースに未来を見る超能力を持つスカウトがいて、ドラ1で指名していたら、鈴木一朗はイチローになれたでしょうか?

もし、真吾トレーナーが神の慧眼を持っていて、プロテストを受けたジュニアフェザー級でデビューさせていたら、テレンス・クロフォードもガーボンタ・デービスも無敗ではなかったかもしれません…しかし、はたしてそうでしょうか?


あの頃は大橋秀行を含めて井上が何者なのかは誰もわかっていなかったのです。おそらく、井上尚弥本人もーーーこの表現は間違っていますね。

正確には「あの頃は大橋秀行も井上真吾ですらも井上が何者になるのか誰もわかっていなかったのです。おそらく、井上尚弥本人も」です。


動物なら、大鷲の雛は必ず大鷲になります。

しかし、人間は違います。雀の雛でも大鷲になれるのが人間です。



「井上尚弥は劣化しているのか?」のテーマから大きく外れてしまいました、あしからず。