ヘビー級が特別であることは、このシリーズ以外でも散々説明して来ました。

それを一言に集約すると「健康体同士の激突」ということです。

逆に、極度の脱水状態を作ることが当たり前の減量階級では「不健康なもの同士の戦い」が珍しくなく、むしろ当たり前です。

井上尚弥ら減量階級、特に軽量級の計量風景を見て「健康そう」と思う人は1人もいません。

もちろん、そんな事実を言い出すと「だぅたら相撲みたいに階級をなくせば良い」と、階級制を否定することはなります。

減量が比較的緩やかなクルーザー級からヘビー級に挑戦したイベンダー・ホリフィールドですら、最初に驚いたのは、減量による消耗が全くないヘビー級選手の強靭さでした。

そこは、重ければ良いのではなく、強ければ良いという純粋な世界。


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20世紀最初のディケイド、そのグレードはB +。19世紀末から〝半歩〟レベルアップしました。

この時代の王様はもちろん、ジャック・ジョンソン。

その名を知らない人でもドナルド・トランプ大統領が2015年5月に世紀をまたいで、ジョンソンに恩赦を発給したニュースを見たり聞いたことを覚えてるかもしれません(もう10年近くも前だしボクシングファンでなければ覚えてないか?)。

the Mann Act(マン法)によって有罪判決を受けたジョンソンは人種差別に基づく冤罪だったと認めたものでした。

これは、当時すでににボクシングが競馬を例外とした世界最大の市場を持つスポーツで、白人女性を連れ回すジョンソンが、社会の中でいかに目障りなものだったのかを示す事件でもありました。

ジョンソンが生まれた1878年は、奴隷解放宣言(1863年)から15年が経っていたとはいえ、人種差別はまだ合法、両親は(元)奴隷でした。

そして、ボクシングでも下等で穢らわしい黒人との対戦を拒否できる権利、colour line(カラーライン)が認められていました。

ジョン・L・サリバンやジェームス・J・ジェフリーズはカラーラインを理由に黒人ボクサーとの対戦を拒否しましたが「下等で穢らわしい」のが最大の理由でないことは、専門家はもちろん、ファンの多くもはっきりわかっていました。

ただ、当時は誰もそれを口にすることはありませんでした。

遠く大西洋の彼方、アフリカ大陸から船底に詰め込まれまともな食事も与えられず、衛生環境も劣悪な中での長期航海で生き残った黒人たちは、東海岸に降り立った時点で過酷にも程があるテストを潜り抜けたフィジカルモンスターたちでした。

ちなみに、半数以上の黒人が死ぬこともあった過酷な航路の終着駅がジャマイカ。その子孫たちが途轍もないフィジカルに恵まれているのは、その遺伝子を受け継いでいるから、と言われています。

さらに、その中でも働きの良い大きな男と女を掛け合わせて、より強い子供を産ませるのですから、彼らの体力・馬力は尋常ではありません。

「黒人は牛馬のように力があるが、頭も牛馬並み」と言われていましたが、どんなにボクシングIQが高くても、格闘して牛馬に勝てるわけがありません。しかも、彼らは知能が劣っていたわけではありません。

人種差別に立ち向かった黒人というと、もしかしたらジャッキー・ロビンソンを最初に思い浮かべる人がいるかもしれませんが、彼は白人支配階級の言いなりになりながら黒人の権利をを高めた偉大なアンクル・トムでした。

ロビンソンはアリについて「彼のやり方はあまりにも急進的で反抗的で、私は賛成出来ない」と否定しています。

ロビンソンとアリ、2人ともアメリカンスポーツの偉大すぎるヒーローですが、どちらが(少なくとも黒人に)アメリカを共鳴させていたかは、2人の葬儀を見れば一目瞭然です。



そういえば、アリが亡くなった2年後に父ブッシュ元大統領が亡くなりましたが、その国を挙げての喪の服しかた、地上波テレビでの独占放送時間は、アリのアメリカでの存在感を知ってたつもりの私でも衝撃的でした。

大統領なんか比じゃないのです。

仕事仲間や米国の大学の先生にそんな話をすると「当たり前じゃないか。アメリカの歴史に詳しいくせに」と呆れられ、日本通の教授は、当時の総理大臣の名前を挙げて「彼と長嶋茂雄が亡くなったとして、どちらが国民的に悲しいことだと思う?日本人には想像できないだろうけど、アリは長嶋以上の存在だ」と言い切りました。

オバマはずっと、アリのポートレートを執務室に飾っていました。黒人アスリートやミュージシャンはもちろん、政治家も一般市民も、黒人にとってモハメド・アリは勇気の英雄だったのです。



本当の意味で白人社会と戦い、権利や誇りを堂々と主張したジャック・ジョンソンと、モハメド・アリ。

これまで数えきれない文献とドキュメンタリーなどを貪り見てきた私は、日米のアメリカ史の先生にも数多くの質問を投げかけて来ましたが、いまだにまともな答えを見つけられない疑問があります。

人種差別が法律で完全肯定されていた時代に、ジョンソンやアリのようなあからさまな反乱分子がなぜ抹殺されなかったのか?

現実には白人に刃向かって暗殺された黒人は数え切れません。





20世紀初頭。そこでは確かにジャック・ジョンソンが拳を振い、プロボクシングは米国と英国を代表するメジャースポーツでした。

ジョンソンは身長184㎝、リーチ188㎝。やはり、現代の小さなヘビー級オレクサンデル・ウシク(191㎝/198㎝)よりも体格的に劣りますが、強靭なDNAを最も色濃く残す〝奴隷2世〟のフィジカルは想像を絶する潜在力を持っていたことでしょう。

もし、ジョンソンを21世紀に連れてきてボクシングをイチから習わせたら、現代のヘビー級シーンはフューリーのように判定に文句を垂れる奴が1人もいない、無惨な焼け野原になっているかもしれません。