一介の新聞記者の枠を超えて、日本の政治中枢まで足を踏み入れた怪人が亡くなりました。
このブログの中で政治の話をするのは場違いですから、スポーツの話です。
プロ野球界にも大きな影響力を持ち続けました。
「分をわきまえなきゃいかんよ。たかが選手が」。
スポーツファンにこの男のキャラクターを決定づけたのは、この言葉ではなかったでしょうか?
スポーツファンからすると「読売新聞はジャイアンツに支えられ、長嶋茂雄監督を更迭したときに多くのファンが抗議の意味を込めて購読を拒否、著しく部数を落としたことも知っているくせに。
「たかが」は、選手ではなく、読売新聞にこそ付けるべき言葉です。
しかし…古田敦也を面前にして吐かれた言葉とされる「たかが選手が」は、実はそうではなく、記者の囲み取材のなかで〝誘導〟されたものでした。
そして「たかが選手が」のあとにすぐ語られた「たかがといっても、立派な選手もいるけどね。オーナーと対等に話をするなんて協約上根拠は1つもない」という正論は切り取られ、「たかが選手が」という言葉だけが一人歩きしてしまいました。
1926年というとんでもない時代に生まれ、激動にも程がある戦後政治に深く潜り込み、単なる一新聞社の社主を超えた存在になった怪人が、日本のプロ野球選手を「たかが」呼ばわりして、世間から大バッシングを受けるのは、どうなんでしょうか。
立派な選手もいる、契約上はオーナーが選手の上に立つ、対等に話すなんてとんでもない、ということも、後付けでなくその場で淀み無く発言しているのです。
しかし、当の本人は一切弁解などせず、世間の集中砲火を浴びても「何もわかっとらん馬鹿者どもめが!」と吐き捨てて見せた、あのメンタルは戦後や平成や令和に生まれた私たちぬるま湯人間には考えられない強烈さです。
「老害」と聞いて誰を思い出すか?
おそらく98歳の天寿をまっとうした、この怪人が2位を大きく引き離して圧倒的な老害と認定されているのは間違いありません。
日本史上最強の老害がいなくなってしまう…。
寂しい思いをしているのは、きっと私だけではないでしょう。
このブログの中で政治の話をするのは場違いですから、スポーツの話です。
プロ野球界にも大きな影響力を持ち続けました。
「分をわきまえなきゃいかんよ。たかが選手が」。
スポーツファンにこの男のキャラクターを決定づけたのは、この言葉ではなかったでしょうか?
スポーツファンからすると「読売新聞はジャイアンツに支えられ、長嶋茂雄監督を更迭したときに多くのファンが抗議の意味を込めて購読を拒否、著しく部数を落としたことも知っているくせに。
「たかが」は、選手ではなく、読売新聞にこそ付けるべき言葉です。
しかし…古田敦也を面前にして吐かれた言葉とされる「たかが選手が」は、実はそうではなく、記者の囲み取材のなかで〝誘導〟されたものでした。
そして「たかが選手が」のあとにすぐ語られた「たかがといっても、立派な選手もいるけどね。オーナーと対等に話をするなんて協約上根拠は1つもない」という正論は切り取られ、「たかが選手が」という言葉だけが一人歩きしてしまいました。
1926年というとんでもない時代に生まれ、激動にも程がある戦後政治に深く潜り込み、単なる一新聞社の社主を超えた存在になった怪人が、日本のプロ野球選手を「たかが」呼ばわりして、世間から大バッシングを受けるのは、どうなんでしょうか。
立派な選手もいる、契約上はオーナーが選手の上に立つ、対等に話すなんてとんでもない、ということも、後付けでなくその場で淀み無く発言しているのです。
しかし、当の本人は一切弁解などせず、世間の集中砲火を浴びても「何もわかっとらん馬鹿者どもめが!」と吐き捨てて見せた、あのメンタルは戦後や平成や令和に生まれた私たちぬるま湯人間には考えられない強烈さです。
「老害」と聞いて誰を思い出すか?
おそらく98歳の天寿をまっとうした、この怪人が2位を大きく引き離して圧倒的な老害と認定されているのは間違いありません。
日本史上最強の老害がいなくなってしまう…。
寂しい思いをしているのは、きっと私だけではないでしょう。
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フシ穴の眼
が
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