1976年10月10日、山梨学院大学体育館。

試合が終わると、その男は解説席で唾を吐いた。男は試合中もずっとイライラしっぱなしだった。

試合前は「いい選手らしいね、100年に1人の天才?そりゃ俺もかなわねぇや」と笑っていたというのに、試合が始まると次第に無口になり、機嫌が悪くなっていった。

アナウンサーは「す、す、素晴らしい試合でしたよね?」と恐る恐る聞いた。

まだ27歳の男は今度は解説席の折りたたみテーブルを蹴り倒して「ジュニアフライ級?!なんじゃ、それは?俺は沖縄返還は大歓迎だけど、あいつだけは認めない。カムバックする!」と絶叫した。

「あ、あ、あなたは交通事故で大怪我して引退して。ね、ね、年齢も新チャンピオンとは6歳も違うんですよ」と思わず口走ってしまったアナウンサーは突き飛ばされ、悲鳴を上げながらひっくり返っていた。

男は「おう、明彦のボンボン、すぐに金平と試合を組め」と隣に座っていた育ちの良さそうな同年代の青年の頭を叩いた。

男が目つきの悪い視線で会場をねまわしたのは、新チャンピオンをプロモートする金平正紀を探していたからだが、解説席で暴れる男を見た金平は真っ青になって会場から早々に逃げ出していた。

男の言動に観客は大喜び、あちこちで指笛が鳴らされる中で、リング上の新チャンピオンだけは冷静に「見にきてくれてありがとうございます、ずっとテレビで見ててファンでした。もし試合ができるならノンタイトルでもやりたいです」と、頭を下げて挑戦を受け入れた。

男が颯爽とリングに上がると、「新チャンピオンに殴りかかるんじゃないか」と会場は大歓声と悲鳴で騒然となる。

しかし、男はいつの間にか上機嫌になって、新チャンピオンの右手を挙げると「おまえ、馬鹿か?ノンタイトル?そのジュニアフライのタイトルを賭けろよ。俺がそこに合わせてやる」と笑いだしたのだった。




ーーーもしも、首都高速5号池袋線・大曲カーブ(飯田橋出入口〜早稲田出口間)がもう少しだけ緩やかであったなら…。


あの男とあいつは、激突していたかもしれません。